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ランボー

2014/02/08

ランボー<37>中原中也の「生の原型」・その2

中原中也が
ランボーが洞見したと捉えた「生の原型」とは
そのまま
中原中也が詩を作るという行為の根源を支えたものでもあり
詩作の原動力みたいなものでした。
 
ですから実際、
中原中也の詩の中に
場所を変え、形を変えて
現れます。
 
「言葉なき歌」
「いのちの声」
「ゆきてかへらぬ」
「幻影」
「曇天」
「除夜の鐘」
……と、思いつくままを例示しましたが
いま、「山羊の歌」をはじめから終わりまで読み通してみると
「名辞以前」に感じ取られた
「あれ」や「それ」や「なにか」が
それらは、言葉になりえないはずの
言葉以前のもののはずなのですが
詩の言葉になっているのを読むことができます。
 
これを
錬金術とでも言うのでしょうか
手品とでも言うのでしょうか
 
「盲目の秋」は
 
風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限の前に腕を振る。
 
とはじまり、
 
その間、小さな紅の花が見えはするが、
それもやがては潰れてしまふ。
 
とつづくのですが
この「紅の花」は
「言葉なき歌」の「あれ」、
「曇天」の「それ」、
「除夜の鐘」の「それ」と
相似する「生の原型」のように見えはじめます。
 
「夕照」の
「小児に踏まれし貝の肉」は
ほかの言葉で言い換えることのできない
名辞以前の
「いのち」そのものを指示する言葉のようですし
 
「少年時」の
「昔の巨人」は
ギロギロする目で諦めていた少年
生きていた私の
「いのちの不安」を示しているようです。
 
「山羊の歌」の他の詩から
このような意味での
「いのちの言葉=キーワード」を拾ってみると――
 
「春の日の夕暮」の「静脈管」
「都会の夏の夜」の「ラアラア唱ってゆく男どち」
「黄昏」の「草の根の匂い」
「深夜の思ひ」の「頑ぜない女の児の泣き声」、「鞄屋の女房の夕の鼻汁」
「冬の雨の夜」の「乳白の脬囊(ひょうのうたち)」、「母上の帯締め」
「帰郷」の「年増婦の低い声」、「吹き来る風」
「逝く夏の歌」の「日の照る砂地に落ちていた硝子」
「悲しき朝」の「知れざる炎」
「夏の日の歌」の「焦げて図太い向日葵」
「港市の秋」の「蝸牛の角」
「ためいき」の「ためいき」
「秋の夜空」の「昔の影祭」、「上天界の夜の宴」
「宿酔」の「千の天使がバスケットボールする」
「わが喫煙」の「白い二本の脛(あし)」
「木蔭」の「夏の昼の青々した木蔭」
「みちこ」の「牡牛」
「汚れつちまつた悲しみに……」の「狐の皮裘」
「更くる夜」の「湯屋の水汲む音」、「犬の遠吠」
「秋」の「黄色い蝶々」
「修羅街挽歌」の「風船玉」、「明け方の鶏鳴」
「雪の宵」の「ふかふか煙突」、「赤い火の粉」
「生ひ立ちの記」の「雪」
「時こそ今は……」の「花は香炉」、「泰子」
「憔悴」の「船頭」
……
 
いくらでも見つかります。
 
 
 *
 ランボオ詩集
 後記
 
 
 私が茲(ここ)に訳出したのは、メルキュル版千九百二十四年刊行の「アルチュル・ランボオ作品集」中、韻文で書かれたものの殆んど全部である。たゞ数篇を割愛したが、そのためにランボオの特質が失はれるといふやうなことはない。
 
 私は随分と苦心はしたつもりだ。世の多くの訳詩にして、正確には訳されてゐるが分りにくいといふ場合が少くないのは、語勢といふものに無頓着過ぎるからだと私は思ふ。私はだからその点でも出来るだけ注意した。
 
 出来る限り逐字訳をしながら、その逐字訳が日本語となつてゐるやうに気を付けた。
 語呂といふことも大いに尊重したが、語呂のために語義を無視するやうなことはしなかつた。
 
     ★
 
 附録とした「失はれた毒薬」は、今はそのテキストが分らない。これは大正も末の頃、或る日小林秀雄が大学の図書館か何処かから、写して来たものを私が訳したものだ。とにかく未発表詩として、その頃出たフランスの雑誌か、それともやはりその頃出たランボオに関する研究書の中から、小林が書抜いて来たのであつた、ことは覚えてゐる。――テキストを御存知の方があつたら、何卒御一報下さる様お願します。
 
     ★
 
 いつたいランボオの思想とは?――簡単に云はう。パイヤン(異教徒)の思想だ。彼はそれを確信してゐた。彼にとつて基督教とは、多分一牧歌としての価値を有つてゐた。
 
 さういふ彼にはもはや信憑すべきものとして、感性的陶酔以外には何にもなかつた筈だ。その陶酔を発想するといふこともはや殆んど問題ではなかつたらう。その陶酔は全一で、「地獄の季節」の中であんなにガンガン云つてゐることも、要するにその陶酔の全一性といふことが全ての全てで、他のことはもうとるに足りぬ、而も人類とは如
何にそのとるに足りぬことにかかづらつてゐることだらう、といふことに他ならぬ。
 
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務(つとめ)はすむといふものだ、
 
 つまり彼には感性的陶酔が、全然新しい人類史を生むべきであると見える程、忘れられてはゐるが貴重なものであると思はれた。彼の悲劇も喜劇も、恐らくは茲に発した。
 
 所で、人類は「食ふため」には感性上のことなんか犠牲にしてゐる。ランボオの思想は、だから嫌はれはしないまでも容れられはしまい。勿論夢といふものは、容れられないからといつて意義を減ずるものでもない。然しランボオの夢たるや、なんと容れられ難いものだらう!
 
 云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰(あたか)も在るには在るが行き道の分らなくなつた宝島の如きものである。
 
 もし曲りなりにも行き道があるとすれば、やつと ルレーヌ風の楽天主義があるくらゐのもので、つまりランボオの夢を、謂はばランボオよりもうんと無頓着に夢みる道なのだが、勿論、それにしてもその夢は容れられはしない。唯 ルレーヌには、謂はば夢みる生活が始まるのだが、ランボオでは、夢は夢であつて遂に生活とは甚だ別個
のことでしかなかつた。
 ランボオの一生が、恐ろしく急テムポな悲劇であつたのも、恐らくかういふ所からである。
 
     ★
 
 終りに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海の諸兄に、厚く御礼を申述べておく。
                                    〔昭和十二年八月二十一日〕
 
(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳 本文篇」より)
※ルビは( )内に示しました。改行を加えてあります。編者。
 
 

ランボー<36>中原中也の「生の原型」

「ランボオ詩集」の「後記」に
 
 言い換えれば、ランボーの洞見したものは、結局「生の原型」というべきもので、いわばあらゆる風俗あらゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないがまた表現することも出来ない、あたかも在るには在るが行き道の分からなくなった宝島のごときものである。
 
――とある「生の原型」を説明して
「あらゆる風俗あらゆる習慣以前」と言っていますが
これが「芸術論覚え書」の「名辞以前」と
オーバーラップしていることは明らかです。
 
あらゆる風俗以前。
あらゆる習慣以前。
 
名辞以前。
 
それを一度洞見した以上、
忘れられもしないが
また表現することも出来ない、
あたかも在るには在るが行き道の分からなくなった
宝島のごときものである。
 
表現することが出来ない
あることが分っていながら
どうやってそこへ行ったらよいのか
メモを残したわけでもなく
マニュアルを作ったわけでもなく
地図を描こうにも描けない
行き道の分からなくなった
 
宝島――。
 
この宝島は
中原中也の詩に
「あれ」を
なんとか捕らえよう
決して急いではならない
たしかにここで待っていなければならない
(言葉なき歌)
 
しかし、「それ」が何かは分らない、
ついぞ分ったためしはない。
それが二つあるとは思えない、
ただ一つではあるとは思う。
しかしそれが何かは分らない、
ついぞ分ったためしはない。
それに行き着く一か八かの方途さえ、
悉皆分ったためしはない。
(いのちの声)
 
「名状しがたい何物か」が、
たえず僕をば促進し、
目的もない僕ながら、
希望は胸に高鳴っていた。
(ゆきてかへらぬ)
 
……などと
所を変え、品を変え
度々、現れることになります。
 
あれ
それ
何物か
……
 
「幻影」の「それ」も
「曇天」の「それ=黒旗」も
「除夜の鐘」の「それ」なども
もしかすると
「宝島」の別の表現かもしれません。
 
「芸術論覚え書」は
昭和9年に制作(推定)された
未発表の散文です。
 
この頃
「宮沢賢治全集」(文圃堂)が出版開始になり
中原中也は
宮沢賢治の紹介文を書く機会(必要)がありました。
 
ここでまた
中原中也訳「ランボオ詩集」巻末の
後記を原文のまま読んでおきます。
 
 
 *
 ランボオ詩集
 後記
 
 
 私が茲(ここ)に訳出したのは、メルキュル版千九百二十四年刊行の「アルチュル・ランボオ作品集」中、韻文で書かれたものの殆んど全部である。たゞ数篇を割愛したが、そのためにランボオの特質が失はれるといふやうなことはない。
 
 私は随分と苦心はしたつもりだ。世の多くの訳詩にして、正確には訳されてゐるが分りにくいといふ場合が少くないのは、語勢といふものに無頓着過ぎるからだと私は思ふ。私はだからその点でも出来るだけ注意した。
 
 出来る限り逐字訳をしながら、その逐字訳が日本語となつてゐるやうに気を付けた。
 語呂といふことも大いに尊重したが、語呂のために語義を無視するやうなことはしなかつた。
 
     ★
 
 附録とした「失はれた毒薬」は、今はそのテキストが分らない。これは大正も末の頃、或る日小林秀雄が大学の図書館か何処かから、写して来たものを私が訳したものだ。とにかく未発表詩として、その頃出たフランスの雑誌か、それともやはりその頃出たランボオに関する研究書の中から、小林が書抜いて来たのであつた、ことは覚えてゐる。――テキストを御存知の方があつたら、何卒御一報下さる様お願します。
 
     ★
 
 いつたいランボオの思想とは?――簡単に云はう。パイヤン(異教徒)の思想だ。彼はそれを確信してゐた。彼にとつて基督教とは、多分一牧歌としての価値を有つてゐた。
 
 さういふ彼にはもはや信憑すべきものとして、感性的陶酔以外には何にもなかつた筈だ。その陶酔を発想するといふこともはや殆んど問題ではなかつたらう。その陶酔は全一で、「地獄の季節」の中であんなにガンガン云つてゐることも、要するにその陶酔の全一性といふことが全ての全てで、他のことはもうとるに足りぬ、而も人類とは如
何にそのとるに足りぬことにかかづらつてゐることだらう、といふことに他ならぬ。
 
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務(つとめ)はすむといふものだ、
 
 つまり彼には感性的陶酔が、全然新しい人類史を生むべきであると見える程、忘れられてはゐるが貴重なものであると思はれた。彼の悲劇も喜劇も、恐らくは茲に発した。
 
 所で、人類は「食ふため」には感性上のことなんか犠牲にしてゐる。ランボオの思想は、だから嫌はれはしないまでも容れられはしまい。勿論夢といふものは、容れられないからといつて意義を減ずるものでもない。然しランボオの夢たるや、なんと容れられ難いものだらう!
 
 云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰(あたか)も在るには在るが行き道の分らなくなつた宝島の如きものである。
 
 もし曲りなりにも行き道があるとすれば、やつと ルレーヌ風の楽天主義があるくらゐのもので、つまりランボオの夢を、謂はばランボオよりもうんと無頓着に夢みる道なのだが、勿論、それにしてもその夢は容れられはしない。唯 ルレーヌには、謂はば夢みる生活が始まるのだが、ランボオでは、夢は夢であつて遂に生活とは甚だ別個
のことでしかなかつた。
 ランボオの一生が、恐ろしく急テムポな悲劇であつたのも、恐らくかういふ所からである。
 
     ★
 
 終りに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海の諸兄に、厚く御礼を申述べておく。
                        〔昭和十二年八月二十一日〕
 
(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳 本文篇」より)
※ルビは( )内に示しました。改行を加えてあります。編者。
 
 
 
 

ランボー<35>中原中也「芸術論覚え書」を読む・その6

 <承前5>
 
 *芸術論覚え書(現代新聞表記)
 
一、精神というものは、その根拠を自然の暗黒の中心部に持っている。
 近代人の中の極めてまったく愚劣な、屁理屈屋どもが完全に人為的なものを作りたいと企図したりする。彼は彼を生んだものが自分でないことも忘れているようなものだ。
 
 ところで精神が客観性をもつわけは、精神がその根拠を自然の中に持つからである。
 だから思考上の紛糾というものは精神自体の中にその原因があるのではない。精神の表現過程の中に、偶然的雑物が飛び込むことにその原因はあるのだ。
 
 色々な解釈があるのではない。数々の解釈が、多少ともそれぞれの偶然性に支配されるというだけのことだ。
 
一、芸術というものが、生まれるものであって、こしらえようというものではないということは、いかにも芸術の説明にはなっていないようであるけれど、芸術家である人にはこう聞けば安心のいくことである点に留意してもらいたい。
 
 こうして、芸術論がしばしば余りに空言に終わることが多いわけは、芸術家でない人に芸術的創作を可能にさせてしまう意向を、知ってか知らないでか、隠してしまっていることによるのである。
 
 芸術というものは、幾度も言う通り、名辞以前の現識領域の、豊富性に依拠する。すなわち、それは人為的に増減できるものではない。
 
 このようにして芸術家は宿命的悲劇に晒されている。彼は、面白くないことにはいくらせっせと働こうとも徒労である。これは辛いことと言える。
 しかも、この辛さの由来する所にこそ、精神の客観性は依拠するのである。
 
一、 一切は、不定だ。不定で在り方は、一定だ。
 
一、芸術家よ、君が君の興味以外のことには煩わされないように。
 こういうことが、芸術家以外の人に、虫のいいことと聞こえるならば、言わなければなるまい、「自分の興味以外に煩わされないで生きることは、それに煩わされて生きることよりもよっぽど困難なのが一般である。虫のいいのは君のほうだ」。
 
 名辞以前、つまりこれから名辞を造り出さねばならないことは、すでに在る名辞によって生きることよりは、少なくとも2倍の苦しみを要するのである。
 
一、しかし名辞以前とはいえ、私は印象派の信条と混同されたくはない。すなわち、あの瞬間的描写という意向と。――名辞以前だといって、光と影だけがあるのではない。むしろ名辞以前にこそ、全体性はあるのである。
 
一、芸術家にとって、先生はいないといっていい。あればそれは伝統である。先生はいうまでもなく、目指す方向ではない。それは介添えしてくれるものだ。このことを混同するために、しばしば混乱が生じる。例えば、かつて私が人々が伝統から学ぶことをあまりに等閑(なおざり)にしていることを訴えるとすぐに、ある人たちは私を伝統主義者のように思った。が、私は、伝統主義者であるのでも、また、ないのでもない。私は、伝統から学べるかぎり学びたいに過ぎない。
(もっとも、このような誤解は、近頃珍しいことではない。熟読ということがどういうことかに思い至らない連中がいかに多いものかと思う。)
 
※「現代新聞表記」とは、原作の歴史的仮名遣い、歴史的表記を現代の新聞や雑誌の表記基準に拠って書き改めたもので、現代仮名遣い、現代送り仮名、常用漢字の使用、非常用漢字の書き換え、文語の口語化、接続詞や副詞のひらがな化、句読点の適宜追加・削除――などを行い、中学校2年生くらいの言語力で読めるように、平易で分かりやすい文章に整理し直したものです。
 
 
 *
 芸術論覚え書(原作)
 
一、精神といふものは、その根拠を自然の暗黒心域の中に持つてゐる。
 近代人中の極(ご)くもう愚劣な、へ理屈屋共が全然人造的なものを作りたいと企図したりする。彼は彼を生んだものが自分でないことも忘れてゐるやうなものだ。
 ところで精神が客観性を有するわけは、精神がその根拠を自然の中に有するからのことだ。
 而して思考上の紛糾といふものは精神自体の中にその原因を有するのではない。精神の表現過程の中に偶然的雑物が飛込むことにその原因はあるのだ。
 色々の解釈があるのではない。数々の解釈が多少とも夫々(それぞれ)の偶然性に支配されるといふだけのことだ。
 
一、芸術といふものが、生れるものであつて、拵(こしら)へようといふがものではないといふことは、如何にも芸術の説明にはなつてゐないやうであるけれど、芸術家であるひとにはかう聞けば安心のつくことである点に留意されたい。
 而して、芸術論が屢々余りに空言に終ること多い理由は、芸術家でない人に芸術的制作を可能ならしめんとする意向を知つてか知らないでか秘(ひそ)めてゐることそれである。
 芸術といふものは、幾度もいふ通り名辞以前の現識領域の、豊富性に依拠する。乃(すなわ)ちそれは人為的に増減出来るものではない。
 かくて芸術家は宿命的悲劇に晒(さら)されてゐる。彼は、面白くないことにはいくらせつせと働かうとも徒労である。これは辛いことと云へる。
 而も、この辛さの由来する所にこそ精神の客観性は依拠するのである。
 
一、一切は、不定だ。不定で在り方は、一定だ。
 
一、芸術家よ、君が君の興味以外のことに煩(わづら)はされざらんことを。
 かくいふことが、芸術家以外の人に、虫のいいことと聞えるならば云はねばなるまい、「自分の興味以外に煩はされずして生きることは、それに煩はされて生きることよりもよつぽど困難なのが一般である。虫のいいのは君の方だ」。
 名辞以前、つまりこれから名辞を造り出さねばならぬことは、既(すで)に在る名辞によつて生きることよりは、少くとも二倍の苦しみを要するのである。
 
一、然し名辞以前とは云へ、私は印象派の信条と混同されたくない。即ちかの瞬間的描写といふ意向と。――名辞以前だとて、光と影だけがあるのではない。寧ろ名辞以前にこそ全体性はあるのである。
 
一、芸術家にとつて先生はゐないといつていい。あればそれは伝統である。先生は云ふまでもなく、目指す方(かた)ではない。それは介添(かいぞへ)してくれるものだ。このことを混同するために屢々混乱が生ずる。例へば、嘗(かつ)て私が人々が伝統から学ぶことを余りに等閑にしてゐることを唱へるや、或る人達は私を伝統主義者の如くに思つた。が、私は伝統から学べる限り学びたいのに過ぎない。
(尤も、右の如き誤解は、当今では珍しいことではない。蓋(けだ)し熟読といふことはどういふことかも思ひ到らぬ連中といふものは多いものである)
 
(角川書店「新編中原中也全集 第4巻 評論・小説 本文篇」より)
 傍点は省略、一部表記出来ない記号があります。編者。
 
 
 

ランボー<34>中原中也「芸術論覚え書」を読む・その5

 <承前4>
 
 *芸術論覚え書(現代新聞表記)
 
一、なぜ、わが国の現在は芸術が発展しないか。――何事も最初にプランがあって次にその実施がある。プランは精神的作業で、実施は肉体的作業である。このことは時代としてみても、(比較的の話だが)プランの時代と実施の時代がある。今はいずれかといえば、実施の時代である。実施の時代には、低級な事が跋扈しやすい。つまり、名辞以前の世界が見過ごされがちである。こんな時には、芸術的素質のある者は必要以上に辛いのである。そんな時には芸術が発展しにくい。――今やようやく実施ははばを利かしてきつつある。すなわち前の時代のプランはようやく陳腐なものに感じられつつある。そんな時、人はいわゆる指導原理を欲するようになる。しかし、芸術に指導原理などというものはない! それどころか、芸術は指導原理を気にしないでいられる域に住んでいれば住んでいるほど始められる生命能力である。指導原理だとか何だとかと声を涸らしていることが、みんな空言であったと分かる日がいずれ来るのである。だが振り返って考えてみれば、そういうことが流行している今でも、そういうことを口にしている人は、現実感をもって言っているはずはない。もともと木に竹をつなげるとでも思っていられるほどの馬鹿でなければ、芸術に指導原理だなんてことを言えるものではない。しかも彼らを黙らせるには、たぶん良い作品の誕生が盛んになってくること以外に方法はない。面白いものが現前しはじめれば、ようやく実感は立ち返ってくるものだ。それから彼らだって、まったくの空言は吐かないようなものだ。
 
一、なぜ、わが国に批評精神は発達しないか。――名辞以後の世界が、名辞以前の世界よりもはなはだしく多いからである。万葉以後、わが国は平面的である。名辞以後、名辞と名辞の交渉の範囲にだけ大部分の生活があり、名辞の内包、すなわちやがて新しい名辞となるものが著しく貧弱である。したがって実質よりも名義がいつものさばる。その上、批評精神というものは名義についてではなく、実質について活動するものだから、批評精神というものが発達しようがない。(たまたま批評が盛んなようでも、言ってみればそれは評定根性である)。
 
 つまり、物質的傾向のあるところには批評精神はない。東洋が神秘的だなどというのはあまりに無邪気な言い分に過ぎない。「物質的」に「精神的」は抑えられているので、精神は隙間からちょっぴり呟くから神秘的に見えたりするけれど、もともと東洋で精神は未だ優遇されたことはない。
 
一、生命が豊富であるとは、物事の実現が豊富であるということとむしろ反対であると解釈したほうがよい。なぜなら、実現された事物はもはや物であって生命ではない。生命の豊富とは、これから新規に実現する可能の豊富であり、それはいわば現識のことである。現識の豊富ということがとかく見過ごされがちなところに、日本の世間の希薄性が存在する。いずれにしても現識の豊富なことは、世間ことに日本の世間では鈍重とだけ見られやすい。
 
 安っぽくてピカピカした物の方が通りがよいということは、このようにして、人生が幸福であることではない。価値意識の乏しい所は、混雑が支配することになる。混雑は結局、価値に乏しい人々をも幸福にはしない。
 
一、幸福は事物の中にはない。事物を見たり扱ったりする人の精神の中にある。精神が尊重されないということは、やがて事物も尊重されないことになる。精神の尊重をロマンチックだといって笑う心ほどロマンチックなものはない。これを心理的に見ても、物だけで結構などと言っている時、人は言葉に響きを持っているようなことはない。それは自然法則とともに事実である。
 
一、芸術作品というものは、断じて人と合議の上で出来るものではない。社会と合議の上で出来るものでもない。
 
一、精神的不感症が、歴史だけが面白いのではないか、などと思ってみることがあるものだ。だが歴史とは、個人精神の成果の連続的雰囲気である。個人の精神が面白ければそれは歴史も面白いだろう。しかし、歴史は面白いが個人は面白くないなどということはあり得ない。
 
※「現代新聞表記版」とは、原作の歴史的仮名遣い、歴史的表記を現代の新聞や雑誌の表記基準に拠って書き改めたもので、現代仮名遣い、現代送り仮名、常用漢字の使用、非常用漢字の書き換え、文語の口語化、接続詞や副詞のひらがな化、句読点の適宜追加・削除――などを行い、中学校2年生くらいの言語力で読めるように、平易で分かりやすい文章に整理し直したものです。
 
 
 *
 芸術論覚え書(原作)
 
一、何故我が国現在は芸術が発展しないか。――何事にまれ最初プランがあつて次にその実施がある。プランは精神的作業で、実施は肉体的作業である。このことは時代としてみても(比較的の話だが)プランの時代と実施の時代がある。今は何(いづ)れかと云へば実施の時代である。実施の時代にはえて低級の事が跋扈(ばっこ)する。つまり名辞以前の世界が閑却されがちである。こんな時には芸術的素質の所有者は必要以上に辛(つら)いのである。そんな時には芸術が発展しにくい。――今や漸(やうや)く実施はウダつて来つつある。即ち前代プランが漸く陳腐に感じられつつある。そんな時人は謂ふ所の指導原理もがなといふことになる。然し芸術に指導原理などといふものはない! それどころか芸術に指導原理を気にならない堺(さかひ)に住すれば住する程開始される一つの生命能力である。指導原理だの、何だのと声を涸(か)らしてゐることが、みんな空言であつたと分る日が来るのである。だが振返つて考へてみれば、さういふことを口にしてゐる人は、現実感を以て云つてゐる筈はない。もともと木に竹を接(つ)げると思つてゐられる程の馬鹿でなければ、芸術に指導原理だのといふことを云へるものではない。而も彼等を黙させるに到るものは、多分良い作品の誕生が盛んになつて来ることのほかにはない。面白い物が現前しはじめると、漸く実感は立ち返るものだ。それから彼等だとて全然の空言は吐かぬやうなものだ。
 
一、何故我が国に批評精神は発達しないか。――名辞以後の世界が名辞以前の世界より甚だしく多いからである。万葉以後、我が国は平面的である。名辞以後、名辞と名辞の交渉の範囲にだけ大部分の生活があり、名辞の内包、即ちやがて新しき名辞とならんものが著(いちじる)しく貧弱である。従つて実質よりも名義が何時ものさばる。而(しか)して批評精神というふものは名義に就いてではなく実質に就いて活動するものだから、批評精神といふものが発達しようはない。(偶々批評が盛んなやうでも、少し意地悪く云つてみるならばそれは評定根性である)。
 
 つまり、物質的傾向のある所には批評精神はない。東洋が神秘的だなぞといふのはあまりに無邪気な言辞に過ぎぬ。「物質的」に「精神的」は圧(おさ)へられてゐるので、精神はスキマからチョッピリ呟(つぶや)くから神秘的に見えたりするけれど、もともと東洋で精神は未だ優遇されたことはない。
 
一、生命が豊富であるとは、物事の実現が豊富であるといふことと寧ろ反対であると解する方がよい。何故なら実現された事物はもはや物であつて生命ではない。生命の豊富とはこれから新規に実現する可能の豊富でありそれは謂(い)はば現識の豊富のことである。現識の豊富よいふことがとかく閑却され勝な所に日本の世間の希薄性が存する。とまれ現識の豊富なことは世間では、殊に日本の世間では鈍重とのみ見られ易い。
 
 安ピカ物の方が通りがよいといふことはかにかくに人生が幸福であることではない。価値意識の乏しい所は混雑が支配することとなる。混雑は結局価値乏しい人々をも幸福にはしない。
 
一、幸福は事物の中にはない。事物を観(み)たり扱つたりする人の精神の中にある。精神が尊重されないといふことはやがて事物も尊重されないことになる。精神尊重をロマンチックだとて嗤(わら)う心ほどロマンチックなものはない。之を心理的に見ても、物だけで結構なぞといつてる時人は言葉に響きを持つてゐようことはない。それは自然法則と共に事実である。
 
一、芸術作品といふものは、断じて人と合議の上で出来るものではない。社会と合議の上で出来るものでもない。
 
一、精神的不感症が、歴史だけが面白いのではないかなぞと思つてみることがあるものだ。だが歴史とは個人精神の成果の連続的雰囲気(ふんゐき)である。個人の精神が面白ければそれは歴史も面白かろう。然し、歴史は面白いが個人は恩白くないなぞといふことはあり得ない。
 
(角川書店「新編中原中也全集 第4巻 評論・小説 本文篇」より)
 傍点は省略、一部表記出来ない記号があります。
 「堺」と「境」は同義ですが、原作は両方が使用されています。編者。
 
 
 
 

ランボー<33>中原中也「芸術論覚え書」を読む・その4

 <承前3>
 
 *芸術論覚え書(現代新聞表記)
 
一、1作品中でのデータ(細部)とデータは、理想的に言えば絶対に類推的に結合されていてはならない。何故ならば、類推というものは、先に言うように「面白いから面白い領域」にもともとあるものではないから、例えば詩では語が語を生み、行が行を生まなければならない。すなわち、類推はそれが十分に行われない場合の補助手段である。繰り返せば、類推とは、名辞と名辞との間にとり行われる一つの作用の名前である。すなわち生活側に属する作用である。
 
一、作品の客観性は、人為的に獲得出来るものではない。それは、名辞以前の世界、すなわち「面白いから面白い領域」でその面白さが明確であることと同時に存在するところのものである。こうして作品の客観性は作品の動機の中に必然として約束されてあるものであるから、科学知識の有無などに直接関連のあるものではない。
 
一、根本的にはただ一つの態度しかない。すなわち作者が「面白いから面白い」ことをそのまま現したいという態度である。そのために、外観的に言って様々な手法というものがあるが、それであってもそれは近頃、一般に考えられているほど数多くあるのは邪道である。それらの多くは欧州大戦の疲弊が一時的に案出したものに過ぎず、芸術本来の要求に発したよりも芸術的スランプの救済要求に発したものと考えるべき理由がある、もっともこれは手短に言って理想論的見解でありすぎるかも知れない。
 
一、ロマンチシスムとレアリスムとは対立するわけはない。概観すると、批評精神のなおざりにされた時代はとかくロマンチックと言われる傾向が比較的顕著であった。こんな具合だから、ロマンチシスムといいレアリスムというのは作品の色合い、傾向などの主要な属性の指示に過ぎない。
 
一、しばしば言われる意味で、芸術には「思想が必要」などというのは意義がない。「面白いから面白い」ことはすでに意向的なことである。その上、思想を持ち込むなどとは野蛮人がありったけの首飾りを着けるようなものだ。イリュージョンと共にない何事も、芸術には無用である。
 
一、問題が紛糾するのはいつも、ちょうど芸術の格好をした芸術というものが存在するからである。例えば、語呂がよいだけの韻文などというものがある。早く言えば語呂合わせだ。ところで、語呂合わせの大家が語呂のちょっと拙い芸術の大家に言うのだ、「君は語感をおろそかにしている」などと。
 
さて、語感は非常に大切だ。言ってみれば、ポンプにバルブは非常に大切だ。ところで、その柄が折れていたら、ポンプは汲めない。それは、作品観賞に際して、抽象的視点(例えば「語感」のような)を与えて、その点よりみるということは意義がない。――彼女の鼻は美しい。口は醜い。睫毛は美しい。額は醜い。それから頬は……耳は何々。さてそれで彼女はいったい美人なのかどんなのか分かりはしないと同様に、「この時の脚韻駆使は何々。頭韻駆使は何々。」措辞法は何々などと言っても批評とはならない。そんな批評もたまにはあってもいいがそんな批評しか出来ない詩人や批評家がいるからご注意。
 
一、一つの作品が生まれたということは、今まで箒(ほうき)しか存在しなかった所に手拭いが出来たというように、新たに一物象が存在するようになったということであり、従来あったものの改良品が出たというようなこと以上のことである。こう言うのは、世人がいよいよ芸術作品を、箒なら箒、手拭いなら手拭いというテーマがあって、それのさまざまな解説(インタープリテーション)があれこれの作品は、テーマの発展であっても、テーマの解説ではない。これは、小説でも詩でもその他絵画、音楽などでも同様である。厳密に言えば、テーマとその発展も同時的存在である。
 
 
※「現代新聞表記」とは、原作の歴史的仮名遣い、歴史的表記を現代の新聞や雑誌の表記基準に拠って書き改めたもので、現代仮名遣い、現代送り仮名、常用漢字の使用、非常用漢字の書き換え、文語の口語化、接続詞や副詞のひらがな化、句読点の適宜追加・削除――などを行い、中学校2年生くらいの言語力で読めるように、平易で分かりやすい文章に整理し直したものです。
 
 
 *
 芸術論覚え書(原作)
 
一、 一作品中に於けるデータ(細部)とデータは、理想的に云へば、絶対に類推的に結合されてゐてはならぬ。何故なれば類推なるものは、先に云ふ「面白いから面白い境」にもともとあるものではないから、例へば詩に於ては語が語を生み、行が行を生まなければならぬ。乃(すなは)ち類推はそれが十分に行はれない場合の補助手段である。繰返せば類推とは名辞と名辞との間に取り行はれる一つの作用の名前である。即ち生活側に属する作用である。
 
一、作品の客観性は、人為的に獲得出来るものではない。それは名辞以前の世界、即ち「面白いから面白い境」でその面白さが明確であることと同時に存在する所のものである。かくて作品の客観性は作品の動機の中に必然約束されてあるものであるから、科学知識の有無などに直接関連のあるものではない。
 
一、根本的には唯一つの態度しかない。即ち作者が「面白いから面白い」ことを如実に現したいといふ態度である。そのために、外観的に云つて様々な手法といふものがあるが、それとてもそれは近時一般に考へられてゐる程多くあるのは邪道である。それらの多くは欧州大戦の疲弊が一時的に案出したものに過ぎず、芸術本来の要求に発したよりも芸術的スランプの救済要求に発したものと考ふべき理由がある。尤もこれは手短かに云つて理想論的見解でありすぎるかも知れない。
 
一、ロマンチシスムとレアリスムと対立するわけはない。概観するに批評精神の等閑された時代はえてロマンチックと謂はれる傾向が比較的顕著であつた。こんな具合だから、ロマンチシスムといひレアリスムといふは作品の色合、傾向等の主要属性の指示に過ぎぬ。
 
一、屢々謂はれる意味で芸術には「思想が必要」などとは意義をなさぬ。「面白いから面白い」ことは既に意向的なことである。その上思想を持込むなぞは野蛮人がありつたけの頸飾りを着けるがやうなものだ。イリューージョンと共にない所の何事も芸術には無用である。
 
一、問題が紛糾するのは何時も、宛然(ゑんぜん)芸術の恰好せる非芸術といふものが存在するからである。例へば語呂がよいだけの韻文なぞといふものがある。早く云へば語呂合せだ。所で語呂合せの大家が語呂の一寸拙(まづ)い芸術の大家に云ふのだ、「君は語感をおろそかにする」なぞ。
 
 扨(さて)語感は、非常に大切だ。云つてみれば、ポンプに於てバルブは非常に大切だ。所でその柄(え)が折れてゐたら、ポンプは汲(く)めぬ。それは、作品観賞に際して抽象的視点(例へば「語感」の如き)を与へて、その点よりみるといふことは意義がない。――彼女の鼻は美しい。口は醜い。睫毛(まつげ)は美しい。額は醜い。それから頬(ほほ)は……生え際(ぎは)は……耳は云々。されそれで彼女はいつたい美人なのかどんなのか分りはしないと同様に、「此の詩の脚韻駆使は云々。頭韻駆使は云々。」措辞(そじ)法は云々なぞといふとも批評とはならぬ。そんな批評も偶(たま)にはあれだがそんな批評しか出来ない詩人や批評家がゐるから御注意。
 
一、一つの作品が生れたといふことは、今迄箒(はうき)しか存在しなかつた所に手拭が出来たといふやうに、新たに一物象が存在したことであり、従来あつたものの改良品が出たといふやうなこと以上である。斯(か)くいふは世人屢々芸術作品を以て、箒なら箒、手拭なら手拭といふ一定のテーマがあつて、それの種々なる解説(インタプリテイション)が彼是(かれこれ)の作品は、テーマの発展であるとも、テーマの解説ではない。これは、小説に於ても詩に於てもその他絵画、音楽等に於ても同様である。厳密に云へば、テーマとその発展も同時的存在である。
 
(角川書店「新編中原中也全集 第4巻 評論・小説 本文篇」より)
※傍点は省略、一部表記出来ない記号があります。編者。
 
 
 
 
 
 

ランボー<32>中原中也「芸術論覚え書」を読む・その3

 <承前2>
 
 *芸術論覚え書(現代新聞表記)
 
一、 芸術は、認識ではない。認識とは、元来、現識過剰に耐えられなくなって発生したとも考えられるもので、その認識を整理するのが、学問である。故に、芸術は学問ではなおさらない。
 
 芸術家が、学問に行くことは、むしろ利益ではない。
 しかし学問を厭(いと)うことが、何も芸術家の誉(ほま)れでもない。学問などは、人が芸術家であれば、耳学問で十分間に合うようになっている。認識対象が、実質的に掴めていれば、それに名辞や整頓を与えた学問などは、たとえば本で言えば目次を見たりインデックスを見たりするだけで分かる。たまには学びたくなるのも人情だから学ぶのもよろしいが、本の表題だけで、大体その本が分からないくらいなら、芸術などやらないほうがましである。(もっとも、表題の付け方の拙(まづ)い本は別の話だ。)
 
一、比喩的に言えば、太初には「消費」と「供給」は同時的存在だったが、人類はおそらく「食わねばならない」とか「身を防がねばならない」という消極方面のことに先ず走ったので「消費」の方は取り残された。もともと人類史は「背に腹は換えられない」歴史で、取り残された「消費」を回想(リメイン)させるのは芸術である。それで芸術と生活とは、絶対に互いに平行的関係にあるもので、何かのための芸術というようなものはない。
 
 芸術というのは名辞以前の世界の作業で、生活とは諸名辞間の交渉である。そこで、生活で敏活な人が芸術で敏活とはいかないし、芸術で敏活な人が生活では頓馬(とんま)であることもあり得る。いわば芸術とは「樵夫(きこり)山を見ず」のその樵夫であって、しかも山のことを語れば何かと面白く語れることであり、「あれが『山(名辞)』であの山はこの山よりどうだ」などということが、いわば生活である。まして「この山は防風上はあの山より一層重大な役目を果たす」などというのは明きらかに生活のことである。そこでたとえば、いわゆる問題劇を書いたイプセンだって、自身も言った通り、たしかに「人生(ライフ)のために書いたのではない」のであって、たまたま人生で問題になりがちな素材を用いたに過ぎない。すなわちその素材の上で夢みるという純粋消費作用を営んだに過ぎない。
 
一、生命の豊かさ熾烈(しれつ)さだけが芸術にとって重要なので、感情の豊かさ熾烈さが重要なのではない。むしろ感情の熾烈は、作品を小主観的にするに過ぎない。詩について言えば、幻影(イメージ)も語義も、感情を発生させる性質のものではないのに、感情はそれらを無益に引きずり回し、イメージをも語義をも結局、不分明にしてしまう。生命の豊かさそのものとは、つまるところ小児が手と知らないまま自分の手を見て興じているようなものであり、つまり物が物それだけで面白いから面白い状態に見られるといったもので、芸術とは、面白いから面白いという領域のことで、こうして一般生活の上で人々が触れない世界のことで、いわば実質内部の興趣の発展によって生じるものであり、そうして生活だけをして芸術をしないことはまずまず全然可能だが、芸術をして生活をしないわけには行かないから、芸術はいよいよ忙しい立場にあり、芸術が一人の芸術家の内で衰退していくのは常にその忙しさの形式をとることからである。
 
さて、芸術家は名辞以前の世界に呼吸していればよいとして、「生活」は絶えず彼に向かって「怠(なま)け者」よという声を放つと考えることができるが、その声が耳に入らないほど名辞以前の世界で彼独特の心的作業が営まれつつあるその濃度に比例して、やがて生じる作品は客観的存在物となるのである。しかも名辞以前の「面白いから面白い」領域のことは、その面白さを人は人為的に増減することは困難だからここに宿命性があると言える。もっともそのノートの論旨を心得ていれば心得ていないよりは幾分宿命をいい方に転向させることができるというものであろう。
 
一、技巧論というものはほとんど不可能である。何故なら、技巧とは一々の場合に当たって作者自身の関心内にあることで、ことに芸術の場合には名辞以前の世界での作業であり、技巧論、すなわち論となったときから名辞以後の世界に属するところから、技巧論というものはせいぜい制作意向の抽象表情を捉えてそれの属性を述べること以上には本来出ることは出来ないからだ。つまり、便宜的にしか述べることが出来ない。しかも述べられたことから利益を得るのは、述べた人自身がそれと非常に相似的芸術家に役立つだけである。
 
※「現代新聞表記」とは、原作の歴史的仮名遣い、歴史的表記を現代の新聞や雑誌の表記基準に拠って書き改めたもので、現代仮名遣い、現代送り仮名、常用漢字の使用、非常用漢字の書き換え、文語の口語化、接続詞や副詞のひらがな化、句読点の適宜追加・削除――などを行い、中学校2年生くらいの言語力で読めるように、平易で分かりやすい文章に整理し直したものです。
 
 
 *
 芸術論覚え書(原作)
 
一、芸術は、認識ではない。認識とは、元来、現識過剰に堪へられなくなつて発生したとも考へられるもので、その認識を整理するのが、学問である。故に、芸術は、学問では猶更(なほさら)ない。
 芸術家が、学問にゆくことは、寧(むし)ろ利益ではない。
 然し学問を厭(いと)ふことが、何も芸術家の誉れでもない。学問なぞは、人が芸術家であれば、耳学問で十分間に合ふやうになつてゐる。認識対象が、実質的に摑(つか)めてゐれば、それに名辞や整頓(せいとん)を与へた学問なぞは、例へば本で云へば目次をみたりインデックスを見たりするだけで分る。偶(たま)には学びたくなるのも人情だから学ぶもよろしいが、本の表題だけで、大体その本が分らない位なら、芸術なぞやらぬがまあよい。(尤も、表題の付け方の拙い本は別の話だ。)
 
一、比喩(ひゆ)的に云へば、太初には「消費」と「供給」は同時的存在だつたが、人類は恐らく「食はねばならぬ」とか「身を防がねばならぬ」といふ消極方面のことに先ず走つたので「消費」の方は取り残された。由来人類史は「背に腹は換へられぬ」歴史で、取残された「消費」を回想(リメイン)させるのは芸術である。それで芸術と生活とは、絶対に互ひに平行的関係にあるもので、何かのための芸術といふやうなものはない。
 
 芸術といふのは名辞以前の世界の作業で、生活とは諸名辞間の交渉である。そこで生活で敏活な人が芸術で敏活とはいかないし、芸術で敏活な人が生活では頓馬(とんま)であることもあり得る。謂(い)はば芸術とは「樵夫(きこり)山を見ず」のその樵夫にして、而も山のことを語れば何かと面白く語れることにて、「あれが『山(名)』であの山はこの山よりどうだ」なぞといふことが謂はば生活である。ましては「この山は防風上はかの山より一層重大な役目をなす」なぞといふのはいよいよ以て生活である。そこで例へば謂ふ所の問題劇を書いたイプセンだつて、自身も云つた通り慥(たし)かに「人生(ライフ)のために書いたのではない」のであつて、偶々人生で問題になり勝な素材を用ゐたに過ぎぬ。即ちその素材の上で夢みるといふ純粋消費作用を営んだに過ぎぬ。
 
一、生命の豊かさ熾烈(しれつ)さだけが芸術にとつて重要なので感情の豊かさ熾烈さが重要なのではない。寧ろ感情の熾烈は作品を小主観的にするに過ぎない。詩に就いて云へば幻影(イメッジ)も語義も感情を生発せしめる性質のものではないところにもつてきて感情はそれらを無益に引き摺(ず)り廻し、イメッジをも語義をも結局不分明にしてしまふ。生命の豊かさそのものとは、畢竟(ひつきやう)小児が手と知らずして己が手を見て興ずるが如きものであり、つまり物が物それだけで面白いから面白い状態に見られる所のもので、芸術とは、面白いから面白い境(さかひ)のことで、かくて一般生活の上で人々が触れぬ世界のことで、謂はば実質内部の興趣の発展によつて生ずるものであり、而して生活だけをして芸術をしないことはまづまづ全然可能だが、芸術をして生活をしないわけには行かぬから、芸術は屡々忙しい立場に在り、芸術が一人の芸術家の裡(うち)で衰褪してゆくのは常にその忙しさ形式を採つてのことである。
 
 扨(さて)、芸術家は名辞以前の世界に呼吸してゐればよいとして、「生活」は絶えず彼に向つて「怠(なま)け者」よといふ声を放つと考へることが出来るが、その声が耳に入らない程名辞以前の世界で彼独特の心的作業が営まれつゝあるその濃度に比例してやがて生ずる作品は客観的存在物たるを得る。而も名辞以前の「面白いから面白い」境(さかひ)のことは、その面白さを人は人為的に増減することは困難だから茲(ここ)に宿命性が在ると云へる。尤も該(がい)ノートの論旨を心得てゐれば心得てゐないよりは幾分宿命をいい方に転向させることが出来るといふものであらう。
 
一、技巧論といふものは殆ど不可能である。何故なら技巧とは一々の場合に当つて作者自身の関心内にあることで、殊に芸術の場合には名辞以前の世界での作業であり、技巧論即ち論となるや名辞以前の世界に属する所から、技巧論といふものはせいぜい制作意向の抽象表情を捉(とら)へてそれの属性を述べること以上には本来出ることが出来ない。つまり便宜的にしか述べることが出来ない。而も述べられたことから益するのは述べた人自身がそれと非常に相似的芸術家に役立つだけである。
 
(角川書店「新編中原中也全集 第4巻 評論・小説 本文篇」より)
※傍点は省略、一部表記出来ない記号があります。編者。
 
 
 
 
 
 
 
 

ランボー<31>中原中也「芸術論覚え書」を読む・その2

 <承前>
 
 *芸術論覚え書(現代新聞表記)
 
一、芸術を衰退させるものは、固定観念である。いってみれば、人が皆、芸術家にならなかったということは、たいがいの人は何等かの固定観念を生の当初に持ったからである。固定観念が、条件反射的にあるうちはまだよいが、無条件反射とまでなると芸術は枯渇する。
 
 芸術家にとって世界は、すなわち彼の世界意識は、善いものでも悪いものでも、その他いかなるモディフィケーションをも許容できるものではない。彼にとって、「手」とは「手」であり、「顔」とは「顔」であり、A=Aであるだけの世界の中に、彼の想像力は活動しているのである。したがって、「面白い故に面白い」ことだけが芸術家に芸術の素材を提供する。あたかも、「これは為になる、故に大切である」ことが、生活家に生活の素材を提供するように。
 
一、しかも、生活だけするということはできるが、芸術だけするということは芸術家も人間である限りできない。こうして、そこに、紛糾は、およそかつて誰も思ってみなかったほど発生しているのであるが、そのことを文献はほとんど語っていないというのも過言ではない。こうしてここでは「多勢に無勢」という法則だけが支配し、芸術はいつもたしなめられるが、しかも生活側が芸術をたしなめようとすることこそ、人類が芸術的要求を持っているということであり、芸術的要求の生活側での変態的現象である、と言える。何故ならば、無勢であるために多勢にとって覗き見ることがむずかしいものをたしなめることは、また、芸術側が面白い故に面白いものだけを関心するのに相似し平行している。
 
 こうして古来、真摯な芸術家が、いわば伝説的怪物のような印象を残して逝ったことは示唆的である。
 
一、芸術家には、認識は不要だなどとよく言われる。しかし、認識しようと観察しようと結構だ。ただ応用科学が何かの目的の下に認識したり観察したりするように、認識したり観察したりするのは無駄だ。認識が面白い限りで認識され、観察が面白い限りで観察されるのは結構なことだ。
 
 それというのも、芸術とはいってみれば人類の倦怠を治療する役を持っているといえばいえる。それは自然の面白さを拡張する一つの能力で、だとすれば断じて興味以外のものを目的とすることが許されない。何を目的としようと勝手ではある。しかも興味以外の目的がある限りで、芸術能力は減殺されることは自然法則である。何故ならば、芸術の存在理由は芸術自身の内にあること、ちょうど塩っ辛いものが塩っ辛く、砂糖が甘いというようなものであり、恍惚は恍惚であっても、恍惚は直接、他に伝達できるものではなく、恍惚の内部がよく感取され、すなわち他の恍惚内部との相関関係でわずかに暗示、表現することができるに過ぎないから。
 
一、美とは、宿命である。しかも、宿命であると分かれば、人力で幾分、美を人為的に保存し、増大させることができる。すなわち、芸術家が、生活家の義務を強いられないような環境を作ることによって。
 故に、芸術家は、芸術家同士で遊ぶがよい。それ以外の対座は、こちらからは希望してかからないこと。
 君の挨拶が滑稽だといって笑われたらよい。そんな時はただ赤面していればよい。その赤面を回避しようとした途端に、君は君の芸術を絞めにかかっているのだ。
 
 生活がまづいということではない。
 社交性と芸術とは、何の関係もない。芸術家がとかく淋しがりやであるので関係があるように見えるだけのものだ。しかも、芸術家は、もし社交が面白ければ社交すればよい。
 
一、芸術とは、物と物との比較以前の世界のことだ。笑いが生じる以前の興味だ。笑いは、興味の自然的作品だ。生活は、その作品を読むとか読まないとか、聞くとか聞かないとかの世界だ。故に、芸術とは興味が、笑いという自然的作品よりも、作品という人力の息吹きのかかったものを作り出すためには、興味そのものの内部に、生活人よりも格段と広い世界を持たねばならない。故に、生活を、ことに虚栄を、顧慮する限りで衰退する形の、呆然と見とれている世界のことである。
 
 故に、芸術家である芸術家が、芸術作用を営みつつある時間内に、芸術家は他の人に敵対的ではなく、天使に近い。
 
 生活人はしばしばこの天使状態を、何かと訝る。訝っても自分にほとんどない要素であるためについに推察できず、疑心暗鬼を生じ、芸術家を憎むに至る。これは無理もないことであるから仕方がない。
 
 しかもこれを生活人に十分解らせることは困難である。自分に持っていないものは分かりはしない。もし分かったとしても、それが生活人自身にとって何にもならないことから、分からないよりももっと悪い結果を起こすだけのものである。だから、そういう時には、よく言われるように「芸術家は子供っぽいものですよ」と言っておけばよい。もっとも、このことは、芸術家が、非常に顕著に芸術的である場合にのみ起こる。
 
※「現代新聞表記」とは、原作の歴史的仮名遣い、歴史的表記を現代の新聞や雑誌の表記基準に拠って書き改めたもので、現代仮名遣い、現代送り仮名、常用漢字の使用、非常用漢字の書き換え、文語の口語化、接続詞や副詞のひらがな化、句読点の適宜追加・削除――などを行い、中学校2年生くらいの言語力で読めるように、平易で分かりやすい文章に整理し直したものです。
 
 
 *
 芸術論覚え書(原作)
 
一、芸術を衰褪(すいたい)させるものは固定観念である。云つて見れば人が皆芸術家にならなかつたといふことは大概のひとは何等かの固定観念を生の当初に持つたからである。固定観念が条件反射的にあるうちはまだよいが無条件反射とまでなるや芸術は涸渇(こかつ)する。
 芸術家にとつて世界は、即(すなは)ち彼の世界意識は、善いものでも悪いものであも、其の他如何なるモディフィケーションをも許容出来るものではない。彼にとつて「手」とは「手」であり、「顔」とは「顔」であり、A=Aであるだけの世界の中に彼の想像力は活動してゐるのである。従つて「面白い故に面白い」ことだけが芸術家に芸術の
素材を提供する。恰(あたか)も「これは為になる、故に大切である」ことが生活家に生活の素材を提供する如く。
 
一、而も生活だけするといふことは出来るが、芸術だけするといふことは芸術家も人間である限り出来ぬ。かくて、其処(そこ)に、紛糾は、凡そ未だ嘗(かつ)て誰も思ってもみなかった程発生してゐるのであるが、そのことを文献は殆ど語つてゐないといふも過言ではない。かくて此処では「多勢に無勢」なる法則だけが支配し、芸術は何時も窘(たしな)められるが、而も生活側が芸術を窘めようとすることこそ人類が芸術的要求を有する所以のものであり、芸術的要求の生活側に於ける変態的現象であると云へる。何故ならば、無勢であるために多勢にとつて覗(のぞ)き見ること難きものを窘めることはまた、芸術側が面白い故に面白いものだけを関心するのに相似し平行してゐる。
 かくて古来真摯(しんし)な芸術家が、謂(い)はゞ伝説的怪物の如き印象を遺して逝(い)つたことは示唆(しさ)的である。
 
一、芸術家には、認識は不要だなぞとよく云はれる。然し認識しようと観察しようと結構だ。たゞ応用科学が何かの目的の下に認識したり観察したりする様に、認識したり観察したりするのは無駄だ。認識が面白い限りに於て認識され、観察が面白い限りに於て観察されるのは結構なことだ。
 
それよ、芸術とは云つてみれば人類の倦怠(けんたい)を医する役を持つてゐるといへばいへる。それは自然の面白さを拡張する一つの能力で、されば断じて興味以外のものを目的とすることが許されぬ。何を目的としようと勝手ではある。而も興味以外の目的がある限りに於て、芸術能力は減殺されることは自然法則である。何故ならば、芸術の存在理由は芸術自身の裡(うち)にあること、恰(あたか)も塩ッからいものが塩ッからく、砂糖が、甘いが如きものであり、恍惚は恍惚であれ、恍惚は直接他(ひと)に伝達出来るものではなく、恍惚の内部がよく感取され、即ち他の恍惚内部との相関関係に於て僅かに暗示、表現することが出来るに過ぎないから。
 
一、美とは、宿命である。而も、宿命であると分れば、人力で幾分美を人為的に保存し、増大せしめることが出来る。即ち、芸術家が、生活家の義務を強(し)ひられざるやうな環境を作ることによつて。
 故に、芸術家は、芸術家同士遊ぶがよい。それ以外の対座は、こちらからは希望してかからないこと。
 
君の挨拶(あいさつ)が滑稽(こっけい)だといつて笑はれるがよい。そんな時は唯赤面してればよい。その赤面を廻避しようとするや、君は君の芸術を絞めにかかつてゐるのだ。
 
生活が拙(まづ)いといふことではない。
 社交性と芸術とは、何の関係もない。芸術家がえて淋しがりやであるので関係があるやうに見えたりするだけのものだ。而も、芸術家はもし社交が面白ければ社交するがよい。
 
一、芸術とは、物と物との比較以前の世界内のことだ。笑ひが生ずる以前の興味だ。笑ひは、興味の自然的作品だ。生活は、その作品を読むとか読まぬとか、聞くとか聞かぬとかの世界だ。故に、芸術とは興味が、笑ひといふ自然的作品よりも、作品といふ人力の息吹きのかかつたものを作り出すためには、興味そのものの内部に、生活人よりも格段と広い世界を有さねばならぬ。故に、生活を、殊には虚栄を、顧慮する限りに於て衰褪する底の、呆然見とれてゐる世界のことである。
 故に、芸術家たる芸術家が、芸術作用を営みつつある時間内にある限りに於て、芸術家は他(ひと)に敵対的えでゃなく、天使に近い。
 生活人は屡々(しばしば)芸術家の此の天使状態を、何かと訝る。訝かつても自分に殆どない要素である故遂に推察出来ず、疑心暗鬼を生じ、芸術家を憎むに到る。これは無理からぬことでありから仕方がない。
 而もこれを生活人に十分解らせることは困難である。自分に持つてゐないものは分りはせぬ。もし分つたとしても、それが生活人自身にとつて何にもならぬことから、分らないよりもつと悪い結果を起すだけのものである。だからさういふ時には、よく云はれるやうに「芸術家は子供つぽいものですよ」と云つておけばよい。尤も、このことは、芸術家が、非常に顕著に芸術的である場合にのみ起る。
 
 
(角川書店「新編中原中也全集 第4巻 評論・小説 本文篇」より)
 
 
 
 
 
 
 

ランボー<30>中原中也「芸術論覚え書」を読む・その1

中原中也が昭和9年(1934年)に書いた
「芸術論覚え書」を
もう少し丁寧に読んでおきましょう。
 
ここには
原文とその現代新聞表記版を掲出します。
 
ここでいう「現代新聞表記」とは、
原作の歴史的仮名遣い、
歴史的表記を現代の新聞や雑誌の表記基準に拠って書き改めたもので、
現代仮名遣い、
現代送り仮名、
常用漢字の使用、
非常用漢字の書き換え、
文語の口語化、
接続詞や副詞のひらがな化、
句読点の適宜追加・削除――などを行い、
中学校2年生くらいの言語力で読めるように、
平易で分かりやすい文章に整理し直したものです。
 
原文は、かなりの長文ですから
何回かに分けて読みます。
 
 
 *
 芸術論覚え書(現代新聞表記)
 
一、「これが手だ」と、「手」という名辞を口にする前に感じている手、その手が深く感じられていればよい。
 
一、名辞が早く脳裏に浮かぶということは、少なくとも芸術家にとっては不幸だ。名辞が早く浮かぶということは、やはり「かせがねばならない」という、人間の二次的意識に属する。「かせがねばならない」という意識は芸術と永遠に交わらない。つまり、互いに弾きあうところのことだ。
 
一、そんなわけから、努力が直接詩人を豊富にするとは言えない。しかも、直接豊富にしないから、詩人は努力するべきでないとも言えない。が、「かせがねばならない」という意識にはじまる努力は、むしろ害であろう。
 
一、知れよ、面白いから笑うのであって、笑うから面白いのではない。面白いところでは、人はむしろニガムシをつぶしたような表情をする。やがてにっこりするのだが、ニガムシをつぶしているところが芸術世界で、笑うところはもう生活世界だといえる。
 
一、人が、もし無限に面白かったら、笑う暇はない。ひとまず限界に達するので人は笑うのだ。面白さが限界に達することが遅ければ遅いだけ、芸術家は豊富である。笑うという、いはば面白さの名辞に当たる現象が、早ければ早いだけ人は生活人側に属する。名辞の方が世間に通じよく、気が利いてみえればみえるだけ、芸術家は危機にある。かくてどんな点でも間抜けと見えない芸術家があったら、断じて妙なことだ。
 もっとも、注意すべきは、詩人Aと詩人Bと比べた場合に、Bの方が間抜けだからAよりも一層詩人だとは言えない。何故なら、Bの方はAの方より名辞以前の世界も少なければ、また名辞以後の世界も少ないのかも知れない。これを一人一人について言えば、10の名辞以前に対して9の名辞を与え持っている時と、8の名辞以前に対して8の名辞を持っている時では、無論後の場合の方が間が抜けてはいないが、しかも前の場合の方が豊富であるということになる。
 
(以下次号)
 
 *
 芸術論覚え書(原作)
 
一、「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感じられてゐればよい。
 
一、名辞が早く脳裡(なうり)に浮ぶといふことは尠(すくな)くも芸術家にとつては不幸だ。名辞が早く浮ぶといふことは、やはり「かせがねばならぬ」といふ、人間の二次的意識に属する。「かせがねばならぬ」といふ意識は芸術と永遠に交らない、つまり互ひに弾(はじ)き合ふ所のことだ。
 
一、そんなわけから努力が直接詩人を豊富にするとは云へない。而(しか)も直接豊富にしないから詩人は努力すべきでないとも云へぬ。が、「かせがねばならぬ」といふ意識に初まる努力は寧(むし)ろ害であらう。
 
一、知れよ、面白いから笑ふので、笑ふので面白いのではない。面白い所では人は寧ろニガムシつぶしたやうな表情をする。やがてにつこりするのだが、ニガムシつぶしてゐる所が芸術世界で、笑ふ所はもう生活世界だと云へる。
 
一、人がもし無限に面白かつたら笑ふ暇はない。面白さが、一と先づ限界に達するので人は笑ふのだ。面白さが限界に達すること遅ければ遅いだけ芸術家は豊富である。笑ふといふ謂(い)はば面白さの名辞に当る現象が早ければ早いだけ人は生活人側に属する。名辞の方が世間に通じよく、気が利(き)いてみえればみえるだけ、芸術家は危期に在る。かくてどんな点でも間抜けと見えない芸術家があつたら断じて妙なことだ。
 尤(もっと)も、注意すべきは、詩人Aと詩人Bと比べた場合に、Bの方が間抜だからAよりも一層詩人だとはいへぬ。何故ならBの方はAの方より名辞以前の世界も少なければ又名辞以後の世界も少ないのかも知れぬ。之を一人々々に就いて云へば、10の名辞以前に対して8の名辞を持つてゐる時では無論後の場合の方が間が抜けてはゐないが而も前の場合の方が豊富であるといふことになる。
 
(角川書店「新編中原中也全集 第4巻 評論・小説 本文篇」より)
 
 
 

ランボー<29>「ランボーという事件」の達成・その5

「幻影」のピエロが伝えたがっているもの――。
それは伝えようとしても伝わらず
音もしないので
何かを言っているのですが
意味を受け取ることができないものです。
私の頭の中で
月光を浴びて
永遠のパントマイムを続けているだけです。
 
「言葉なき歌」の「あれ」は
遠い遠〜いところにありますが
そこへ行くことができなくて
ずっと「ここ」で待っていなくてはなりません。
駆け出してそこへ行こうとしてはならず
待っていれば
フィトルの音のように太くて繊弱な
喘ぎも平静になるときがあって
あそこまで行けることもあるに違いないのだが
今は茜の空にたなびいているだけです。
 
「幻影」も「言葉なき歌」も
「在りし日の歌」中の「永訣の秋」に収められた詩篇です。
最晩年の作品です。
 
いっぽう
「いのちの声」は「山羊の歌」の最終歌です。
最終歌といっても
「いのちの声」が制作されたのは
昭和7年(1932年)ですし
「山羊の歌」が刊行されたのは
昭和9年(1934年)ですから
「在りし日の歌」の清書稿完成(昭和12年)までわずかです。
 
そして
「ランボオ詩集」の「後記」に記される「生の原型」と
かなりの部分がクロスする「芸術論覚え書」が書かれるのは
昭和9年です。
 
「芸術論覚え書」には
 
一、「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感
じられてゐればよい。
 
――と、はじまる中原中也一流の
「名辞以前」の世界が展開されています。
 
「感じる」とここにあるのは
「いのちの声」の最終行
 
ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。
 
――と、同じことの別の表現です。
 
「ランボオ詩集」の「後記」の
「生の原型」や「宝島」は
「芸術論覚え書」や
ほかに書かれた詩論、詩人論で
かなりの部分で近似する考えが表明されており
詩のいくつかでも実作されているものなのです。
 
(つづく)
 
 
 ◇
 
 幻影
 
私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しや)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。
 
ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。
 
手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう——
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。
 
しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。
 
 ◇
 
 言葉なき歌
 
あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処(ここ)で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼(あを)く
葱(ねぎ)の根のやうに仄(ほの)かに淡(あは)い
 
決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女(むすめ)の眼(め)のやうに遥かを見遣(みや)つてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい
 
それにしてもあれはとほいい彼方(かなた)で夕陽にけぶつてゐた
号笛(フイトル)の音(ね)のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない
 
さうすればそのうち喘(あへ)ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜(あかね)の空にたなびいてゐた
 
 ◇
 
 いのちの声
 
もろもろの業(わざ)、太陽のもとにては蒼ざめたるかな。
                         ――ソロモン
 
僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすっかり倦果てた。
僕は雨上がりの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。
僕に押し寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。
 
僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。
僕は何かを求めている、絶えず何かを求めてゐる。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔(じ)れてゐる。
そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。
 
しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。
しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それに行き著(つ)く一か八かの方途さへ、悉皆(すつかり)分つたためしはない。
 
時に自分を揶揄(からか)ふやうに、僕は自分に訊(き)いてみるのだ、
それは女か? 甘(うま)いものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない!
それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいふのであらうか?
 
  Ⅱ
 
否何(いづ)れとさへそれはいふことの出来ぬもの!
手短かに、時に説明したくなるとはいふものの、
説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生は生くるに値するものと信ずる
それよ現実! 汚れなき幸福! あらはるものはあらはるまゝによいといふこと!
 
人は皆、知ると知らぬに拘(かかは)らず、そのことを希望しており、
勝敗に心覚(さと)き程は知るによしないものであれ、
それは誰も知る、放心の快感に似て、誰もが望み
誰もがこの世にある限り、完全には望み得ないもの!
 
併(しか)し幸福というものが、このやうに無私の境(さかひ)のものであり、
かの慧敏(けいびん)なる商人の、称して阿呆(あほう)といふものであらう底のものとすれば、
めしをくはねば生きてゆかれぬ現身(うつしみ)の世は、
不公平なものであるよといはねばならぬ
 
だが、それが此(こ)の世といふものなんで、
其処(そこ)に我等は生きてをり、それは任意の不公平ではなく、
それに因(よつ)て我等自身も構成されたる原理であれば、
然(しか)らば、この世に極端はないとて、一先ず休心するもよからう。
 
  Ⅲ
 
されば要は、熱情の問題である。
汝、心の底より立腹せば
怒れよ!
 
さあれ、怒ることこそ
汝(な)が最後なる目標の前にであれ、
この言(こと)ゆめゆめおろそかにする勿(なか)れ。
 
そは、熱情はひととき持続し、やがて熄(や)むなるに、
その社会的効果は存続し、
汝(な)が次なる行為への転調の障(さまた)げとなるなれば。
 
  Ⅳ
 
ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。
 
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
 
(つづく)
 
 *
 後記
 
(現代新聞表記版)
 
 私がここに訳出したのは、メルキュール版1924年刊行の「アルチュール・ランボー
作品集」中、韻文で書かれたもののほとんど全部である。ただ数篇を割愛したが、そ
のためにランボーの特質が失なわれるというようなことはない。
 私はずいぶんと苦心はしたつもりだ。世の多くの訳詩にして、正確には訳されている
が分かりにくいという場合が少なくないのは、語勢というものに無頓着すぎるからだと
私は思う。私はだからその点でも出来るだけ注意した。
 出来る限り逐字訳をしながら、その逐字訳が日本語となっているように気をつけた。
 語呂ということも大いに尊重したが、語呂のために語義を無視するようなことはしな
かった。
 
     ★
 
 付録とした「失われた毒薬」は、今はそのテキストが分からない。これは大正も末の
頃、ある日小林秀雄が大学の図書館かどこかから、写してきたものを私が訳したもの
だ。とにかく未発表詩として、その頃出たフランスの雑誌か、それともやはりその頃出
たランボーに関する研究書の中から、小林が書き抜いてきたのであった、ことは覚え
ている。――テキストをご存知の方があったら、なにとぞ御一報くださるようお願いし
ます。
 
     ★
 
 いったいランボーの思想とは?――簡単に言おう。パイヤン(異教徒)の思想だ。彼
はそれを確信していた。彼にとって基督教とは、たぶん一牧歌としての価値をもって
いた。
 そういう彼にはもはや信憑すべきものとして、感性的陶酔以外には何にもなかった
はずだ。その陶酔を発想するということも、はやほとんど問題ではなかったろう。その
陶酔は全一で、「地獄の季節」の中であんなにガンガン言っていることも、要するにそ
の陶酔の全一性ということが全ての全てで、他のことはもうとるに足りぬ、しかも人類
とはいかにそのとるに足りぬことにかかづらっていることだろう、ということに他なら
ぬ。
 
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまえと燃えていりゃあ
義務(つとめ)はすむというものだ、
 
 つまり彼には感性的陶酔が、全然新しい人類史を生むべきであると見えるほど、忘
れられてはいるが貴重なものであると思われた。彼の悲劇も喜劇も、おそらくはここに
発した。
 ところで、人類は「食うため」には感性上のことなんか犠牲にしている。ランボーの思
想は、だから嫌われはしないまでも容れられはしまい。もちろん夢というものは、容れ
られないからといって意義を減じるものでもない。しかしランボーの夢たるや、なんと
容れられ難いものだろう!
 言い換えれば、ランボーの洞見したものは、結局「生の原型」というべきもので、い
わばあらゆる風俗あらゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、
忘れられもしないがまた表現することも出来ない、あたかも在るには在るが行き道の
分からなくなった宝島のごときものである。
 もし曲がりなりにも行き道があるとすれば、やっとべルレーヌ風の楽天主義があるく
らいのもので、つまりランボーの夢を、いわばランボーよりもうんと無頓着に夢みる道
なのだが、もちろん、それにしてもその夢は容れられはしない。ただべルレーヌには、
いわば夢みる生活が始まるのだが、ランボーでは、夢は夢であって遂に生活とは甚
だ別個のことでしかなかった。
 ランボーの一生が、恐ろしく急テンポな悲劇であったのも、おそらくこういう所からで
ある。
 
     ★
 
 終わりに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海の諸兄
に、厚くお礼を申し述べておく。
〔昭和12年8月21日〕
 
(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳 本文篇」より)
 
※「現代新聞表記」に改めてあります。「現代新聞表記」とは、現代かな遣い、常用漢
字、現代送りがなを使用し、常用漢字にない漢字(表外字)はひらがなに、副詞・接続
詞なども原則的にひらがなを使用、さらに読点を適宜追加するなどして、読みやすくし
たものです。
※ルビは( )内に示しました。編者。
 
 
 *
 後記
(原文)
 
 私が茲(ここ)に訳出したのは、メルキュル版千九百二十四年刊行の「アル
チュル・ランボオ作品集」中、韻文で書かれたものの殆んど全部である。たゞ
数篇を割愛したが、そのためにランボオの特質が失はれるといふやうなこと
はない。
 私は随分と苦心はしたつもりだ。世の多くの訳詩にして、正確には訳され
てゐるが分りにくいといふ場合が少くないのは、語勢といふものに無頓着過
ぎるからだと私は思ふ。私はだからその点でも出来るだけ注意した。
 出来る限り逐字訳をしながら、その逐字訳が日本語となつてゐるやうに気
を付けた。
 語呂といふことも大いに尊重したが、語呂のために語義を無視するやうな
ことはしなかつた。
 
     ★
 
 附録とした「失はれた毒薬」は、今はそのテキストが分らない。これは大正
も末の頃、或る日小林秀雄が大学の図書館か何処かから、写して来たもの
を私が訳したものだ。とにかく未発表詩として、その頃出たフランスの雑誌
か、それともやはりその頃出たランボオに関する研究書の中から、小林が
書抜いて来たのであつた、ことは覚えてゐる。――テキストを御存知の方が
あつたら、何卒御一報下さる様お願します。
 
     ★
 
 いつたいランボオの思想とは?――簡単に云はう。パイヤン(異教徒)の
思想だ。彼はそれを確信してゐた。彼にとつて基督教とは、多分一牧歌とし
ての価値を有つてゐた。
 さういふ彼にはもはや信憑すべきものとして、感性的陶酔以外には何にも
なかつた筈だ。その陶酔を発想するといふこともはや殆んど問題ではなか
つたらう。その陶酔は全一で、「地獄の季節」の中であんなにガンガン云つ
てゐることも、要するにその陶酔の全一性といふことが全ての全てで、他の
ことはもうとるに足りぬ、而も人類とは如何にそのとるに足りぬことにかかづ
らつてゐることだらう、といふことに他ならぬ。
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務(つとめ)はすむといふものだ、
 
 つまり彼には感性的陶酔が、全然新しい人類史を生むべきであると見える
程、忘れられてはゐるが貴重なものであると思はれた。彼の悲劇も喜劇も、
恐らくは茲に発した。
 所で、人類は「食ふため」には感性上のことなんか犠牲にしてゐる。ランボ
オの思想は、だから嫌はれはしないまでも容れられはしまい。勿論夢といふ
ものは、容れられないからといつて意義を減ずるものでもない。然しランボ
オの夢たるや、なんと容れられ難いものだらう!
 云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、
謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した
以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰(あたか)も在るに
は在るが行き道の分らなくなつた宝島の如きものである。
 もし曲りなりにも行き道があるとすれば、やつと ルレーヌ風の楽天主義
があるくらゐのもので、つまりランボオの夢を、謂はばランボオよりもうんと
無頓着に夢みる道なのだが、勿論、それにしてもその夢は容れられはしな
い。唯 ルレーヌには、謂はば夢みる生活が始まるのだが、ランボオでは、
夢は夢であつて遂に生活とは甚だ別個のことでしかなかつた。
 ランボオの一生が、恐ろしく急テムポな悲劇であつたのも、恐らくかういふ
所からである。
 
     ★
 
 終りに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海
の諸兄に、厚く御礼を申述べておく。
〔昭和十二年八月二十一日〕
 
(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳 本文篇」より)
※ルビは( )内に示しました。編者。
 
 
 

ランボー<28>「ランボーという事件」の達成・その4

大正13年(1924年)に
京都に遊んでいた富永太郎から
「仏国詩人等の存在を学」んで以来10余年
昭和12年(1937年)8月21日は
中原中也が亡くなる2か月前のことですから
「ランボオ詩集」の「後記」は
最終的なランボー観です。
 
そこに記されたのが
ランボー=パイヤン思想であり
ランボー詩=「生の原型」論であり
ランボー=「宝島」の発見でした。
 
分かりやすく「喩(ゆ)」で言われたこの「宝島」とは
 
それを一度見抜いてしまっては
忘れられもしないがまた表現することも出来ない
 
在るには在るが行き道の
分からなくなった宝島のごときものである。
 
――と換言されています。
 
ここのところで
中原中也が作った詩を
三つばかり想起してしまうのは
唐突なことでしょうか。
 
とりあえずその三つの詩を
ここに引いてみます。
 
 ◇
 
 幻影
 
私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しや)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。
 
ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。
 
手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう——
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。
 
しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。
 
 ◇
 
 言葉なき歌
 
あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処(ここ)で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼(あを)く
葱(ねぎ)の根のやうに仄(ほの)かに淡(あは)い
 
決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女(むすめ)の眼(め)のやうに遥かを見遣(みや)つてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい
 
それにしてもあれはとほいい彼方(かなた)で夕陽にけぶつてゐた
号笛(フイトル)の音(ね)のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない
 
さうすればそのうち喘(あへ)ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜(あかね)の空にたなびいてゐた
 
 ◇
 
 いのちの声
 
もろもろの業(わざ)、太陽のもとにては蒼ざめたるかな。
                         ――ソロモン
 
僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすっかり倦果てた。
僕は雨上がりの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。
僕に押し寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。
 
僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。
僕は何かを求めている、絶えず何かを求めてゐる。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔(じ)れてゐる。
そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。
 
しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。
しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それに行き著(つ)く一か八かの方途さへ、悉皆(すつかり)分つたためしはない。
 
時に自分を揶揄(からか)ふやうに、僕は自分に訊(き)いてみるのだ、
それは女か? 甘(うま)いものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない!
それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいふのであらうか?
 
  Ⅱ
 
否何(いづ)れとさへそれはいふことの出来ぬもの!
手短かに、時に説明したくなるとはいふものの、
説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生は生くるに値するものと信ずる
それよ現実! 汚れなき幸福! あらはるものはあらはるまゝによいといふこと!
 
人は皆、知ると知らぬに拘(かかは)らず、そのことを希望しており、
勝敗に心覚(さと)き程は知るによしないものであれ、
それは誰も知る、放心の快感に似て、誰もが望み
誰もがこの世にある限り、完全には望み得ないもの!
 
併(しか)し幸福というものが、このやうに無私の境(さかひ)のものであり、
かの慧敏(けいびん)なる商人の、称して阿呆(あほう)といふものであらう底のものとすれば、
めしをくはねば生きてゆかれぬ現身(うつしみ)の世は、
不公平なものであるよといはねばならぬ
 
だが、それが此(こ)の世といふものなんで、
其処(そこ)に我等は生きてをり、それは任意の不公平ではなく、
それに因(よつ)て我等自身も構成されたる原理であれば、
然(しか)らば、この世に極端はないとて、一先ず休心するもよからう。
 
  Ⅲ
 
されば要は、熱情の問題である。
汝、心の底より立腹せば
怒れよ!
 
さあれ、怒ることこそ
汝(な)が最後なる目標の前にであれ、
この言(こと)ゆめゆめおろそかにする勿(なか)れ。
 
そは、熱情はひととき持続し、やがて熄(や)むなるに、
その社会的効果は存続し、
汝(な)が次なる行為への転調の障(さまた)げとなるなれば。
 
  Ⅳ
 
ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。
 
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
 
(つづく)
 
 
 
 *
 後記
 
(現代新聞表記版)
 
 私がここに訳出したのは、メルキュール版1924年刊行の「アルチュール・ランボー作品集」中、韻文で書かれたもののほとんど全部である。ただ数篇を割愛したが、そのためにランボーの特質が失なわれるというようなことはない。
 私はずいぶんと苦心はしたつもりだ。世の多くの訳詩にして、正確には訳されているが分かりにくいという場合が少なくないのは、語勢というものに無頓着すぎるからだと私は思う。私はだからその点でも出来るだけ注意した。
 出来る限り逐字訳をしながら、その逐字訳が日本語となっているように気をつけた。
 語呂ということも大いに尊重したが、語呂のために語義を無視するようなことはしなかった。
 
     ★
 
 付録とした「失われた毒薬」は、今はそのテキストが分からない。これは大正も末の頃、ある日小林秀雄が大学の図書館かどこかから、写してきたものを私が訳したものだ。とにかく未発表詩として、その頃出たフランスの雑誌か、それともやはりその頃出たランボーに関する研究書の中から、小林が書き抜いてきたのであった、ことは覚えている。――テキストをご存知の方があったら、なにとぞ御一報くださるようお願いします。
 
     ★
 
 いったいランボーの思想とは?――簡単に言おう。パイヤン(異教徒)の思想だ。彼はそれを確信していた。彼にとって基督教とは、たぶん一牧歌としての価値をもっていた。
 そういう彼にはもはや信憑すべきものとして、感性的陶酔以外には何にもなかったはずだ。その陶酔を発想するということも、はやほとんど問題ではなかったろう。その陶酔は全一で、「地獄の季節」の中であんなにガンガン言っていることも、要するにその陶酔の全一性ということが全ての全てで、他のことはもうとるに足りぬ、しかも人類とはいかにそのとるに足りぬことにかかづらっていることだろう、ということに他ならない。
 
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまえと燃えていりゃあ
義務(つとめ)はすむというものだ、
 
 つまり彼には感性的陶酔が、全然新しい人類史を生むべきであると見えるほど、忘れられてはいるが貴重なものであると思われた。彼の悲劇も喜劇も、おそらくはここに発した。
 ところで、人類は「食うため」には感性上のことなんか犠牲にしている。ランボーの思想は、だから嫌われはしないまでも容れられはしまい。もちろん夢というものは、容れられないからといって意義を減じるものでもない。しかしランボーの夢たるや、なんと容れられ難いものだろう!
 言い換えれば、ランボーの洞見したものは、結局「生の原型」というべきもので、いわばあらゆる風俗あらゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないがまた表現することも出来ない、あたかも在るには在るが行き道の分からなくなった宝島のごときものである。
 もし曲がりなりにも行き道があるとすれば、やっとべルレーヌ風の楽天主義があるくらいのもので、つまりランボーの夢を、いわばランボーよりもうんと無頓着に夢みる道なのだが、もちろん、それにしてもその夢は容れられはしない。ただべルレーヌには、いわば夢みる生活が始まるのだが、ランボーでは、夢は夢であって遂に生活とは甚だ別個のことでしかなかった。
 ランボーの一生が、恐ろしく急テンポな悲劇であったのも、おそらくこういう所からである。
 
     ★
 
 終わりに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海の諸兄に、厚くお礼を申し述べておく。
                                       〔昭和12年8月21日〕
 
(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳 本文篇」より)
 
※「現代新聞表記」に改めてあります。「現代新聞表記」とは、現代かな遣い、常用漢字、現代送りがなを使用し、文語を口語に、常用漢字にない漢字(表外字)はひらがなに、副詞・接続詞なども原則的にひらがなを使用、さらに読点を適宜追加するなどして、読みやすくしたものです。
※ルビは( )内に示しました。編者。
 
 
 *
 後記
(原文)
 
 私が茲(ここ)に訳出したのは、メルキュル版千九百二十四年刊行の「アルチュル・ランボオ作品集」中、韻文で書かれたものの殆んど全部である。たゞ数篇を割愛したが、そのためにランボオの特質が失はれるといふやうなことはない。
 私は随分と苦心はしたつもりだ。世の多くの訳詩にして、正確には訳されてゐるが分りにくいといふ場合が少くないのは、語勢といふものに無頓着過ぎるからだと私は思ふ。私はだからその点でも出来るだけ注意した。
 出来る限り逐字訳をしながら、その逐字訳が日本語となつてゐるやうに気を付けた。
 語呂といふことも大いに尊重したが、語呂のために語義を無視するやうなことはしなかつた。
 
     ★
 
 附録とした「失はれた毒薬」は、今はそのテキストが分らない。これは大正も末の頃、或る日小林秀雄が大学の図書館か何処かから、写して来たものを私が訳したものだ。とにかく未発表詩として、その頃出たフランスの雑誌
か、それともやはりその頃出たランボオに関する研究書の中から、小林が書抜いて来たのであつた、ことは覚えてゐる。――テキストを御存知の方があつたら、何卒御一報下さる様お願します。
 
     ★
 
 いつたいランボオの思想とは?――簡単に云はう。パイヤン(異教徒)の思想だ。彼はそれを確信してゐた。彼にとつて基督教とは、多分一牧歌としての価値を有つてゐた。
 さういふ彼にはもはや信憑すべきものとして、感性的陶酔以外には何にもなかつた筈だ。その陶酔を発想するといふこともはや殆んど問題ではなかつたらう。その陶酔は全一で、「地獄の季節」の中であんなにガンガン云つ
てゐることも、要するにその陶酔の全一性といふことが全ての全てで、他のことはもうとるに足りぬ、而も人類とは如何にそのとるに足りぬことにかかづらつてゐることだらう、といふことに他ならぬ。
 
繻子の色した深紅の燠よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務(つとめ)はすむといふものだ、
 
 つまり彼には感性的陶酔が、全然新しい人類史を生むべきであると見える程、忘れられてはゐるが貴重なものであると思はれた。彼の悲劇も喜劇も、恐らくは茲に発した。
 所で、人類は「食ふため」には感性上のことなんか犠牲にしてゐる。ランボオの思想は、だから嫌はれはしないまでも容れられはしまい。勿論夢といふものは、容れられないからといつて意義を減ずるものでもない。然しランボオの夢たるや、なんと容れられ難いものだらう!
 云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰(あたか)も在るには在るが行き道の分らなくなつた宝島の如きものである。
 もし曲りなりにも行き道があるとすれば、やつと ルレーヌ風の楽天主義があるくらゐのもので、つまりランボオの夢を、謂はばランボオよりもうんと無頓着に夢みる道なのだが、勿論、それにしてもその夢は容れられはしない。唯 ルレーヌには、謂はば夢みる生活が始まるのだが、ランボオでは、夢は夢であつて遂に生活とは甚だ別個のことでしかなかつた。
 ランボオの一生が、恐ろしく急テムポな悲劇であつたのも、恐らくかういふ所からである。
 
     ★
 
 終りに、訳出のその折々に、教示を乞うた小林秀雄、中島健蔵、今日出海の諸兄に、厚く御礼を申述べておく。
                                  〔昭和十二年八月二十一日〕
 
(角川書店「新編中原中也全集 第3巻 翻訳 本文篇」より)
※ルビは( )内に示しました。編者。
 
 
 

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