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ランボー詩集〜初期詩編

2014/02/04

 
神よ、牧場が寒い時、
さびれすがれた村々に
御告(みつげ)の鐘も鳴りやんで
見渡すかぎり花もない時、
高い空から降(お)ろして下さい
あのなつかしい烏たち。
 
厳(いか)しい叫びの奇妙な部隊よ、
木枯は、君等の巣(ねぐら)を襲撃し!
君等黄ばんだ河添いに、
古い十字架立ってる路に、
溝に窪地に、
飛び散れよ、あざ嗤(わら)え!
 
幾千となくフランスの野に
昨日の死者が眠れる其処に、
冬よ、ゆっくりとどまるがよい、
通行人(とおるひと)等がしんみりせんため!
君等義務(つとめ)の叫び手となれ、
おおわが喪服の鳥たちよ!
 
だが、ああ御空(みそら)の聖人たちよ、夕暮迫る檣(マスト)のような
檞(かし)の高みにいる御身たち、
五月の頬白見逃してやれよ
あれら森の深みに繋がれ、
出ること叶わず草地に縛られ、
しようこともない輩(ともがら)のため!

 

 

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四行詩

 
星は汝が耳の核心に薔薇色に涕(な)き、
無限は汝(な)が頸(うなじ)より腰にかけてぞ真白に巡る、
海は朱(あけ)き汝(なれ)が乳房を褐色(かちいろ)の真珠とはなし、
して人は黒き血ながす至高の汝(なれ)が脇腹の上……

 

 

 

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母 音

 
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは赤、母音たち、
おまえたちの穏密な誕生をいつの日か私は語ろう。
A、眩ゆいような蠅たちの毛むくじゃらの黒い胸衣(むなぎ)は
むごたらしい悪臭の周囲を飛びまわる、暗い入江。
 
E、蒸気や天幕(テント)のはたためき、誇りかに
槍の形をした氷塊、真白の諸王、繖形花顫動(さんけいかせんどう)、
I、緋色の布、飛散(とびち)った血、怒りやまた
熱烈な悔悛に於けるみごとな笑い。
 
U、循環期、鮮緑の海の聖なる身慄い、
動物散在する牧養地の静けさ、錬金術が
学者の額に刻み付けた皺の静けさ。
 
O、至上な喇叭(らっぱ)の異様にも突裂(つんざ)く叫び、
人の世と天使の世界を貫く沈黙。
ーーその目紫の光を放つ、物の終末!

 

 

 

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虱捜す女

 
嬰児の額が、赤い憤気(むずき)に充ちて来て、
なんとなく、夢の真白の群がりを乞うているとき、
美しい二人の処女(おとめ)は、その臥床辺(ふしどべ)に現れる、
細指の、その爪は白銀の色をしている。
 
花々の乱れに青い風あたる大きな窓辺に、
二人はその子を坐らせる、そして
露滴(しず)くふさふさのその子の髪に
無気味なほども美しい細い指をばさまよわす。
 
さて子供(かれ)は聴く気ずかわしげな薔薇色のしめやかな蜜の匂いの
するような二人の息(いき)が、うたうのを、
唇にうかぶ唾液か接唇(くちづけ)を求める慾か
ともすればそのうたは杜切れたりする。
 
子供(かれ)は感じる処女(おとめ)らの黒い睫毛(まつげ)がにおやかな雰気(けはい)の中で
まばたくを、また敏捷(すばしこ)いやさ指が、
鈍色(にびいろ)の懶怠(たゆみ)の裡(うち)に、あでやかな爪の間で
虱を潰す音を聞く。
 
たちまちに懶怠(たゆみ)の酒は子供の脳にのぼりくる、
有頂天になりもやせんハモニカの溜息か。
子供は感ずる、ゆるやかな愛撫につれて、
絶え間なく泣きたい気持が絶え間なく消長するのを。

 

 

 

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酔いどれ船

 
私は不感な河を下って行ったのだが、
何時しか私の曳船人等は、私を離れているのであった、
みれば罵り喚く赤肌人(あかはだびと)等が、彼等を的(まと)にと引ッ捕え、
色とりどりの棒杭に裸かのままで釘附けていた。
 
私は一行の者、フラマンの小麦や英綿(えいめん)の荷役には
とんと頓着していなかった
曳船人等とその騒ぎとが、私を去ってしまってからは
河は私の思うまま下らせてくれるのであった。
 
私は浪の狂える中を、さる冬のこと
子供の脳より聾乎(ぼつ)として漂ったことがあったっけが!
怒濤を繞(めぐ)らす半島と雖(いえど)も
その時程の動乱を蒙(う)けたためしはないのであった。
 
嵐は私の海上に於ける警戒ぶりを讃歎した。
浮子(うき)よりももっと軽々(かろがろ)私は浪間に躍っていた
犠牲者達を永遠にまろばすという浪の間に
幾夜ともなく船尾(とも)の灯(ひ)に目の疲れるのも気に懸けず。
 
子供が食べる酸い林檎よりもしんみりと、
緑の水はわが樅の船体に滲むことだろう
又安酒(やすざけ)や嘔吐の汚点(しみ)は、舵も錨も失せた私に
無暗矢鱈に降りかかった。
 
その時からだ、私は海の歌に浴した。
星を鏤(ちりば)め乳汁のような海の、
生々(なまなま)しくも吃水線は蒼ぐもる、緑の空に見入ってあれば、
折から一人の水死人、思い深げに下ってゆく。
 
其処に忽ち蒼然色(あおーいいろ)は染め出され、おどろしく
またゆるゆると陽のかぎろいのその下(もと)を、
アルコールよりもなお強く、竪琴よりも渺茫(ぼうぼう)と、
愛執のにがい茶色も漂った!
 
私は知っている稲妻に裂かれる空を竜巻を
打返す浪を潮流を。私は夕べを知っている、
群れ立つ鳩にのぼせたような曙光(あけぼの)を、
又人々が見たような気のするものを現に見た。
 
不可思議の畏怖(おそれ)に染(し)みた落日が
紫の長い凝結(こごり)を照らすのは
古代の劇の俳優か、
大浪は遠くにはためき逆巻いている。
 
私は夢みた、眩いばかり雪降り積った緑の夜を
接唇(くちづけ)は海の上にゆらりゆらりと立昇り、
未聞の生気は循環し
歌うがような燐光は青に黄色にあざやいだ。
 
私は従った、幾月も幾月も、ヒステリックな
牛小舎に似た大浪が暗礁を突撃するのに、
もしもかの光り耀(かがよ)うマリアの御足(みあし)が
お望みとあらば太洋に猿轡(さるぐつわ)かませ給(たま)うも儘(まま)なのを気が付かないで。
 
船は衝突(あた)った、世に不可思議なフロリダ州
人の肌膚(はだえ)の豹の目は叢(むら)なす花にいりまじり、
手綱の如く張りつめた虹は遥かの沖の方
海緑色の畜群に、いりまじる。
 
私は見た、沼かと紛(まご)う巨大な魚梁(やな)が沸き返るのを
其処にレヴィヤタンの一族は草に絡まり腐りゆき、
凪(なぎ)の中心(もなか)に海水は流れいそそぎ
遠方(おちかた)は淵を目がけて滝となる!
 
氷河、白銀の太陽、真珠の波、燠(おき)の空、
褐色の入江の底にぞっとする破船の残骸、
其処に大きな蛇は虫にくわれて
くねくねの木々の枝よりどす黒い臭気をあげては堕ちていた!
 
子供等に見せたかったよ、碧波(あおなみ)に浮いている鯛、
其の他金色の魚、歌う魚、
漚の花は私の漂流を祝福し、
えもいえぬ風は折々私を煽(おだ)てた。
 
時として地極と地帯に飽き果てた殉教者・海は
その歔欷(すすりなき)でもって私をあやし、
黄色い吸口のある仄暗い花をばかざした
その時私は膝つく女のようであった
 
半島はわが船近く揺らぎつつ金褐の目の
怪鳥の糞と争いを振り落とす、
かくてまた漂いゆけば、わが細綱を横切って
水死人の幾人か後方(しりへ)にと流れて行った……
 
私としてからが浦々の乱れた髪に踏み迷い
鳥も棲まわぬ気圏(そら)までも颶風(ぐふう)によって投げられたらば
海防艦(モニトル)もハンザの船も
水に酔った私の屍骸(むくろ)を救ってくれはしないであろう、
 
思いのままに、煙吹き、紫色の霧立てて、
私は、詩人等に美味しいジャミや、
太陽の蘇苔(こけ)や青空の鼻涕(はな)を呉れる
壁のように赤らんだ空の中をずんずん進んだ、
 
電気と閃く星を著け、
黒い海馬に衛(まも)られて、狂える小舟は走っていた、
七月が、丸太ン棒で打つかとばかり
燃える漏斗のかたちした紺青の空を揺るがせた時、
 
私は慄えていた、五十里の彼方にて
ベヘモと渦潮(うず)の発情の気色(けはい)がすると、
ああ永遠に、青き不動を紡ぐ海よ、
昔ながらの欄干に倚(よ)る欧羅巴(ヨーロッパ)が私は恋しいよ。
 
私は見た! 天にある群島を! その島々の
狂おしいまでのその空は漂流(ただよ)う者に開放されてた、
底知れぬこんな夜々には眠っているのか、もう居ないのか
おお、百万の金の鳥、当来の精力よ!
 
だが、惟(おも)えば私は哭(な)き過ぎた。曙は胸抉(えぐ)り、
月はおどろしく陽はにがかった。
どぎつい愛は心蕩(とろ)かす失神で私をひどく緊(し)めつけた。
おお! 龍骨も砕けるがよい、私は海に没してしまおう!
 
よし今私が欧羅巴の水を望むとしても、それははや
黒い冷たい林の中の瀦水(いけみず)で、其処に風薫る夕まぐれ
子供は蹲(しゃが)んで悲しみで一杯になって、放つのだ
五月の蝶かといたいけな笹小舟。
 
ああ浪よ、ひとたびおまえの倦怠にたゆたっては、
綿船(わたぶね)の水脈(みお)ひく跡を奪いもならず、
旗と炎の驕慢を横切(よぎ)りもならず、
船橋の、恐ろしい眼の下をかいくぐることも、出来ないこった。

 

 

 

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最初の聖体拝受

 
そりゃあもう愚劣なものだ、村の教会なぞというものは
其処に可笑(おか)しな村童の十四五人、柱に垢をつけながら
神聖なお説教がぽつりぽつりと話されるのを聴いている、
まこと奇妙な墨染の衣、その下では靴音がごそごそとしている。
ああそれなのに太陽は木々の葉越しに輝いている、
不揃いな焼絵玻璃(やきえがらす)の古ぼけた色を透して輝いている。
 
石は何時でも母なる大地を呼吸している。
さかりがついて荘重に身顫いをする野原の中には
泥に塗(まみ)れた小石の堆積(やま)なぞ見受けるもので、
重ったるい麦畑の近く、赫土の小径の中には
焼きのまわった小さな木々が立っていて、よくみれば青い実をつけ、
黒々とした桑の樹の瘤(こぶ)や、怒気満々たる薔薇の木の瘤、
 
百年目毎に、例の美事な納屋々々は
水色か、クリーム色の野呂で以て塗換えられる。
ノートル・ダムや藁まみれの聖人像の近傍に
たとえ異様な聖物はごろごろし過ぎていようとも、
蠅は旅籠屋や牛小舎に結構な匂いを漂わし
日の当った床からは蝋を鱈腹詰め込むのだ。
 
子供は家に尽さなければならないことで、つまりその
凡々たる世話事や人を愚鈍にする底の仕事に励まにゃならぬのだ。
彼等は皮膚がむずむずするのを忘れて戸外(そと)に出る、
皮膚にはキリストの司祭様が今し効験顕著(あらたか)な手をば按(お)かれたのだ。
彼等は司祭様には東屋の蔭濃き屋根を提供する
すると彼等は日焼けした額をば陽に晒させて貰えるというわけだ。
 
最初(はじめて)の黒衣よ、どらやきの美しく見ゆる日よ、
ナポレオンの形をしたのや小判の形をしたの
或いは飾り立てられてジョゼフとマルトが
恋しさ余って舌(べろ)を出した絵のあるものや
ーー科学の御代にも似合(ふさ)わしかろうこれらの意匠ーー
これら僅かのものこそが最初の聖体拝受の思い出として彼等の胸に残るもの。
 
娘達は何時でもはしゃいで教会に行く、
若い衆達から猥(わい)なこと囁かれるのをよいことに
若い衆達はミサの後、それとも愉快な日暮時、よく密会をするのです。
屯営部隊のハイカラ者なる彼等ときては、カフェーで
勢力のある家々のこと、あしざまに云い散らし、
新しい作業服着て、恐ろしい歌を怒鳴るという始末。
 
扨、主任司祭様には子供達のため絵図を御撰定遊ばした。
主任司祭様の菜園に、かの日暮時、空気が遠くの方から
そこはかとなく舞踏曲に充ちてくる時、
主任司祭様には、神様の御禁戒にも拘らず
足の指がはしゃぎだすのやふくらはぎがふくらむのをお感じになる……
ーー夜が来ると、黒い海賊船が金の御空に現れ出ます。
 
  Ⅱ    
 
司祭様は郊外や豊かな町々の信者達の間から
名も知れぬ一人の少女を撰り出しなされた
その少女の眼は悲しげで、額は黄色い色をしていた。
その両親は親切な門番か何かのようです。
《聖体拝受のその日に、伝導師の中でもお偉い神様は
この少女の額に聖水を、雪と降らしめ給うであろう。》
 
  Ⅲ
 
最初の聖体拝受の前日に、少女は病気になりました。
上等の教会の葬式の日の喧噪(けんそう)よりも甚だしく
はじめまず悪寒が来ました、ーー寝床は味気なくもなかった、
並(なみ)ならぬ悪寒は繰返し襲って来ました、《私は死にます……》
 
恋の有頂天が少女の愚かな姉妹達を襲った時のように、
少女は打萎れ両手を胸に置いたまま、熱心に
諸天使や諸所のエス様や聖母様を勘定しはじめました、
そして静かに、なんとも云えぬ喜びにうっとりするのでありました。
 
神様!……ーー羅典(ラテン)の末期にありましては、
緑の波形(なみがた)ある空が朱(あけ)色の、
天の御胸(みむね)の血に染(し)みた人々の額を潤おしました、
雪のような大きな麻布は、太陽の上に落ちかかりました!ーー
 
現在の貞潔のため、将来の貞潔のために
少女はあなたの『容赦(みゆるし)』の爽々(すがすが)しさにむしゃぶりついたのでございますが、
水中の百合よりもジャムよりももっと
あなたの容赦(みゆるし)は冷たいものでございました、おおシオンの女王様よ!
 
  Ⅳ
 
それからというもの聖母ははや書物(ほん)の中の聖母でしかなかった、
神秘な熱も時折衰えるのであった……
退屈(アンニュイ)や、どぎつい極彩色や年老いた森が飾り立てる
御容姿(みすがた)の数々も貧弱に見え出してくるのであった、
 
どことなく穢(けが)らわしい貴重な品の数々も
貞純にして水色の少女の夢を破るのであった、
又脱ぎ捨てられた聖衣の数々、
エス様が裸体をお包みなされたという下著をみては吃驚(びっくり)するのでありました。
 
それなのになおも彼女は願う、遣瀬なさの限りにいて、
歔欷(すすりなき)に窪んだ枕に伏せて、而も彼女は
至高のお慈悲のみ光の消えざらんよう願うのであった
扨涎(よだれ)が出ました……ーー夕闇は部屋に中庭に充ちてくる。
 
少女はもうどうしようもない。身を動かし腰を伸ばして、
手で青いカーテンを開く、
涼しい空気を少しばかり敷布や
自分のお腹(なか)や熱い胸に入れようとして。
 
  Ⅴ     
 
夜中目覚めて、窓はいやに白っぽかった
灯火(ひかり)をうけたカーテンの青い睡気のその前に。
日曜日のあどけなさの幻影が彼女を捉える
今の今迄真紅(まっか)な夢を見ていたっけが、彼女は鼻血を出しました。
 
身の潔白を心に感じ身のか弱さを心に感じ
神様の温情(みなさけ)をこころゆくまで味わおうとて、
心臓が、激昂(たかぶ)ったりまた鎮まったりする、夜を彼女は望んでいました。
そのやさしい空の色をば心に想いみながらも、
 
夜(よる)、触知しがたい聖なる母は、すべての若気を
灰色の沈黙(しじま)に浸してしまいます、
彼女は心が血を流し、声も立て得ぬ憤激が
捌(は)け口見付ける強烈な夜(よる)を望んでいたのです。
 
扨夜(よる)は、彼女を犠牲(にえ)としまた配偶となし、
その星は、燭火(あかり)手に持ち、見てました、
白い幽霊とも見える仕事着が干されてあった中庭に
彼女が下り立ち、黒い妖怪(おばけ)の屋根々々を取払うのを。
 
  Ⅵ     
 
彼女は彼女の聖い夜(よる)をば厠(かわや)の中で過ごしました。
燭火(あかり)の所、屋根の穴とも云いつべき所に向けて
白い気体は流れていました、青銅色の果(み)をつけた野葡萄の木は
隣家(となり)の中庭(にわ)のこっちをばこっそり通り抜けるのでした。
 
天窗は、ほのぼの明(あか)る火影(あかり)の核心
窓々の、硝子に空がひっそりと鍍金している中庭の中
敷石は、アルカリ水の匂いして
黒い睡気で一杯の壁の影をば甘んじて受けているのでありました……
 
  Ⅶ     
 
誰か恋のやつれや浅ましい恨みを口にするものぞ
また、潔い人をも汚すというかの憎悪(にくしみ)が
もたらす所為を云うものぞ、おお穢らわしい狂人等、
折も折かの癩が、こんなやさしい肉体を啖(くら)わんとするその時に……
 
  Ⅷ     
 
さて彼女に、ヒステリックな錯乱がまたも起って来ますというと
彼女は目(ま)のあたり見るのです、幸福な悲愁の思いに浸りつつ、
恋人が真っ白い無数のマリアを夢みているのを、
愛の一夜の明け方に、いとも悲痛な面持(おももち)で。
 
《御存じ? 妾(あたし)が貴方を亡くさせたのです。妾は貴方のお口を心を、
人の持ってるすべてのもの、ええ、貴方のお持ちのすべてのものを
奪ったのでした。その妾は病気です、妾は寝かせて欲しいのです
夜(よ)の水で水飼われるという、死者達の間に、私は寝かせて欲しいのです
 
《妾は稚(わか)かったのです、キリスト様は妾の息吹をお汚しなすった、
その時妾は憎悪(にくしみ)が、咽喉(のど)までこみあげましたのです!
貴方は妾の羊毛と、深い髪毛に接唇(くちづけ)ました、
妾はなさるがままになっていた……ああ、行って下さい、その方がよろしいのです、
 
《男の方々(かたがた)は! 愛情こまやかな女というものが
汚い恐怖(おそれ)を感(おぼ)える時は、どんなにはじしめられ、
どんなにいためられるものであるかにお気付きならない
又貴方への熱中のすべてが不品行(あやまち)であることにお気付きならない!
 
《だって妾の最初の聖体拝受は取行われました。
妾は貴方の接唇(くちづけ)を、お受けすることは出来ません、
妾の心と、貴方がお抱きの妾のからだは
エス様の腐った接唇でうようよしてます!》
 
  Ⅸ     
 
かくて敗れた魂と悲しみ悶える魂は
キリストよ、汝が呪詛の滔々と流れ流れるを感ずるのです、
ーー男等は、汝が不可侵の『憎悪』の上に停滞(とどま)っていた、
死の準備のためにとて、真正な情熱を逃れることにより、
 
キリストよ! 汝永遠の精力の掠奪者、
父なる神は二千年もの間、汝が蒼白さに捧げしめ給うたというわけか
恥と頭痛で地に縛られて、
動顛したる、女等のいと悲しげな額をば。

 

 

 

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やさしい姉妹

 
若者、その眼は輝き、その皮膚は褐色(かちいろ)、
裸かにしてもみまおしきその体躯(からだ)
月の下にて崇めらる、ペルシャの国の、
或る知られざる神の持つ、銅(あかがね)に縁(ふち)どられたる額して、
 
慓悍(ひょうかん)なれども童貞の悲観的なるやさしさをもち
おのが秀れた執心に誇りを感じ、
若々し海かはた、ダイアモンドの地層の上に
きららめく真夏の夜々の涙かや、
 
此の若者、現世(うつしよ)の醜悪の前に、
心の底よりゾッとして、いたく苛立ち、
癒しがたなき傷手を負いてそれよりは、
やさしき妹(いも)のありもせばやと、思いはじめぬ。
 
さあれ、女よ、臓腑の塊り、憐憫の情持てるもの、
汝、女にあればとて、吾(あ)の謂うやさしき妹(いも)にはあらじ!
黒き眼眸(まなざし)、茶色めく影睡る腹持たざれば、
軽やかの指、ふくよかの胸持たざれば。
 
目覚ます術(すべ)なき大いなる眸子(ひとみ)をもてる盲目(めくら)の女よ、
わが如何なる抱擁もついに汝(なれ)には訝かしさのみ、
我等に附纏(いつきまと)うのはいつでも汝(おまえ)、乳房の運び手、
我等おまえを接唇(くちづけ)る、穏やかに人魅する情熱(パシオン)よ。
 
汝(な)が憎しみ、汝(な)が失神、汝が絶望を、
即ち甞ていためられたるかの獣性を、
月々に流されるかの血液の過剰の如く、
汝(なれ)は我等に返報(むく)ゆなり、おお汝、悪意なき夜よ。
 
     ★
 
一度(ひとたび)女がかの恐惶(きょうこう)、愛の神、
生の呼び声、行為の歌に駆り立てられるや、
緑の美神(ミューズ)と正義の神は顕れて
そが厳めしき制縛もて彼を引裂くのであった!
 
絶えず絶えず壮観と、静謐(せいひつ)に渇する彼は、
かの執念の姉妹(あねいもと)には見棄てられ、
やさしさ籠めて愚痴を呟き、巧者にも
花咲く自然に血の出る額を彼は与えるのであった。
 
だが冷厳の錬金術、神学的な研鑚は
傷付いた彼、この倨傲なる学徒には不向きであった。
狂暴な孤独はかくて彼の上をのそりのそりと歩き廻った。
かかる時、まこと爽かに、いつかは彼も験(な)めるべき
 
死の忌わしさの影だになく、真理の夜々の空にみる
かの夢とかの壮麗な逍遥は、彼の想いに現れて、
その魂に病む四肢に、呼び覚まされるは
神秘な死、それよやさしき妹(いも)なるよ!

 

 

 

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ジャンヌ・マリーの手

 
ジャンヌ・マリーは丈夫な手してる、
だが夏負けして仄かに暗く、
蒼白いこと死人の手のよう。
ーージュアナの手とも云うべきだ?
 
この双つの手は褐の乳脂を
快楽(けらく)の池に汲んだのだろうか?
この双つの手は月きららめく
澄めらの水に浸ったものか?
 
太古の空を飲むだのだろうか?
可愛いお膝にちょんと置かれて。
この手で葉巻を巻いただろうか、
それともダイヤを商(あきな)ったのか?
 
マリアの像の熱き御足に
金の花をば萎ませたろうか?
西洋莨菪(はしりどころ)の黒い血は
掌(てのひら)の中で覚めたり睡(ね)たり。
 
双翅類をば猟(か)り集め
まだ明けやらぬ晨(あした)のけはいを
花々の密の槽へと飛ばすのか?
それとも毒の注射師か?
 
如何なる夢が捉えたのだろう?
展伸(ひろ)げられたるこの手をば、
亜細亜のかカンガワールのか
それともシオンの不思議な夢か?
 
ーー密柑を売りはしなかった、
神々の足の上にて、日に焼けたりもしなかった。
この手はぶざまな赤ン坊たちの
襁褓(むつき)を洗ったことはない。
 
この手は背骨(せぼね)の矯正者、
決して悪くはしないのだ、
機械なぞより正確で、
馬よりも猶強いのだ!
 
猛火とうごめき
戦(おのの)き慄い、この手の肉は
マルセイエーズを歌うけれども
エレーゾンなぞ歌はない!
 
あらくれどもの狼藉(ろうぜき)は
厳冬の如くこの手に応(こた)え、
この手の甲こそ気高い暴徒が
接唇(くちづけ)をしたその場所だ!
 
或時この手が蒼ざめた、
蜂起した巴里(パリ)市中の
霰弾砲(さんだんほう)の唐銅(からかね)の上に
托された愛の太陽の前で!
 
神々しい手よ、甞てしらじらしたことのない
我等の脣(くち)を顫わせる手よ、
時としておまえは拳(こぶし)の形して、その拳(こぶし)に
一連(ひとつら)の、指環もがなと叫ぶのだ!
 
又時としてその指々の血を取って、
おまえがさっぱりしたい時、
天使のような手よ、それこそは
我等の心に、異常な驚き捲き起すのだ。
 
※ 第6連の「カンガワール」の「ワ」は、原作では濁点が付いています。

 

 

 

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盗まれた心

 
私の悲しい心は船尾に行って涎(よだれ)を垂らす、
私の心は安い煙草にむかついている。
そしてスープの吐瀉(げろ)を出す、
私の悲しい心は船尾に行って涎を垂らす。
一緒になってげらげら笑う
世間の駄洒落に打ちのめされて、
私の悲しい心は船尾に行って涎を垂らす、
私の心は安い煙草にむかついている!
 
諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した!
舵の処(とこ)には壁画が見える
諷刺詩流儀の雑兵気質の。
おお、玄妙不可思議の波浪よ、
私の心を浚(さら)い清めよ、
諷刺詩流儀の雑兵気質の
奴等の駄洒落が私を汚した。
 
奴等の噛煙草(たばこ)が尽きたとなったら、
どうすりゃいいのだ? 盗まれた心よ。
それこそ妙な具合であろうよ、
奴等の煙草が尽きたとなったら。
私のお腹(なか)が跳び上るだろう、
それで心は奪回(かえ)せるにしても。
奴等の噛煙草(たばこ)が尽きたとなったら、
どうすりゃいいのだ? 盗まれた心よ。

 

 

 

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七才の詩人

 
母親は、宿題帖を閉じると、
満足して、誇らしげに立去るのであった、
その碧い眼に、その秀でた額に、息子が
嫌悪の情を浮べているのも知らないで。

ひねもす彼は、服従でうんざりしていた
聡明な彼、だがあのいやな顔面痙搐患っており、
その目鼻立ちの何処となく、ひどい偽嬌を見せていた。
壁紙が、黴びった廊下の暗がりを

通る時には、股のつけ根に拳(こぶし)をあてがい
舌をば出した、眼(めんめ)をつぶって点々(ぼちぼち)も視た。
夕闇に向って戸口は開いていた、ランプの明りに
見れば彼、敷居の上に喘いでいる、
屋根から落ちる天窗(てんまど)の明りのその下で。
夏には彼、へとへとになり、ぼんやりし、
厠(かわや)の涼気のその中に、御執心にも蟄居(ちつきょ)した。
彼は其処にて思念した、落付いて、鼻をスースーいわせつつ。

様々な昼間の匂いに洗われて、小園が、
家の背後(うしろ)で、冬の陽光(ひかり)を浴びる時、彼は
壁の根元に打倒れ、泥灰石に塗(まみ)れつつ
魚の切身にそっくりな、眼(め)を細くして、
汚れた壁に匍(は)い付いた、葡萄葉(ぶどうば)の、さやさやさやぐを聴いていた。
いたわしや! 彼の仲間ときた日には、
帽子もかぶらず色褪せた眼(め)をした哀れな奴ばかり、
市場とばかりじじむさい匂いを放(あ)げる着物の下に
泥に汚れて黄や黒の、痩せた指をば押し匿し、
言葉を交すその時は、白痴のようにやさしい奴等。
この情けない有様を、偶々(たまたま)見付けた母親は
慄え上って怒気含む、すると此の子のやさしさは
その母親の驚愕に、とまれかくまれ身を投げる。
母親だって嘘つきな、碧い眼(め)をしているではないか!

七才にして、彼は砂漠の生活の物語(ロマン)を書いた。
大沙漠、其処で自由は伸び上り、
森も陽も大草原も、岸も其処では燿(かがや)いた!
彼は絵本に助けを借りた、彼は絵本を一心に見た、
其処にはスペイン人、イタリヤ人が、笑っているのが見られるのだった。
更紗(サラサ)模様の着物著た、お転婆の茶目の娘が来るならば、
——その娘は八才で、隣りの職人の子なのだが、
此の野放しの娘奴(め)が、その背に編髪(おさげ)を打ゆすり、
片隅で跳ね返り、彼にとびかかり、
彼を下敷にするというと、彼は股(もも)に噛み付いた、
その娘、ズロース穿いてたことはなく、
扨、拳固でやられ、踵(かかと)で蹴られた彼は今、
娘の肌の感触を、自分の部屋まで持ち帰る。

どんよりとした十二月の、日曜日を彼は嫌いであった、
そんな日は、髪に油を付けまして、桃花心木(アカジユ)の円卓に着き、
縁がキャベツの色をした、バイブルを、彼は読むのでありました。
数々の夢が毎晩寝室で、彼の呼吸を締めつけた。
彼は神様を好きでなかった、鹿ノ子の色の黄昏(たそがれ)に場末の町に、
仕事着を着た人々の影、くり出して来るのを彼は見ていた
扨其処には東西屋がいて、太鼓を三つ叩いては、
まわりに集る群集を、どっと笑わせ唸らせる。
彼は夢みた、やさしの牧場、其処に耀(かがよ)う大浪は、
清らの香(かおり)は、金毛は、静かにうごくかとみれば
フッ飛んでゆくのでありました。

彼はとりわけ、ほのかに暗いものを愛した、
鎧戸(よろいど)閉めて、ガランとした部屋の中、
天井高く、湿気に傷む寒々とした部屋の中にて、
心を凝らし気を凝らし彼が物語(ロマン)を読む時は、
けだるげな石黄色の空や又湿った森林、
霊妙の林に開く肉の花々、
心に充ちて——眩暈(めくるめき)、転落、潰乱、はた遺恨!——
かかる間も下の方では、街の躁音(さやぎ)のこやみなく
粗布(あらぬの)重ねその上に独りごろんと寝ころべば
粗布(あらぬの)は、満々たる帆ともおもわれて!……
 

 

 

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