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未発表詩篇〜療養日記・千葉寺雑記

2012/04/11

雨が降るぞえ

       ――病棟挽歌
 
  
雨が、降るぞえ、雨が、降る。
今宵は、雨が、降るぞえ、な。
俺はこうして、病院に、
しがねえ、暮しをしては、いる。

雨が、降るぞえ、雨が、降る。
今宵は、雨が、降るぞえ、な。
たんたら、らららら、らららら、ら、
今宵は、雨が、降るぞえ、な。

人の、声さえ、もうしない、
まっくらくらの、冬の、宵。
隣りの、牛も、もう寝たか、
ちっとも、藁(わら)のさ、音もせぬ。

と、何号かの病室で、
硝子戸(ガラスど)、開ける、音が、する。
空気を、換えると、いうじゃんか、
それとも、庭でも、見るじゃんか。

いや、そんなこと、分るけえ。
いずれ、侘(わび)しい、患者の、こと、
ただ、気まぐれと、いわば気まぐれ、
庭でも、見ると、いわばいうまで。

たんたら、らららら、雨が、降る。
たんたら、らららら、雨が、降る。
牛も、寝たよな、病院の、宵、
たんたら、らららら、雨が、降る。

               (了)
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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泣くな心

 
私は十七で都会の中に出て来た。
私は何も出来ないわけではなかった。
しかし私に出来るたった一つの仕事は、
あまり低俗向ではなかった。

誰しも後戻りしようと願う者はあるまい、
そこで運を天に任せて、益々(ますます)自分で出来るだけのことをした。
そうして十数年の歳月が過ぎた。
母はただ独りで郷(くに)で気を揉んでいた。

私はそれを気の毒だと思った。
しかしそれをどうすることも出来なかった。
私自身もそれで気を揉む時もあった。
そのために友達を会ってても急に気がその方に移ることもあった。

そのうちどうもあいつはくさいと思われた時もあった。
あとでは何時(いつ)でも諒解(りょうかい)して貰(もら)えたが。
しかしそのうち気を揉むことは遂に私のくせとなった。
由来憂鬱な男となった。

由来褒められるとしても作品ばかり。
人間はどうも交際(つきあ)いにくいと思われたことも偶(たま)にはあった。
それは誤解だとばかり私は弁解之(これ)つとめた。
そうして猶更(なおさら)嫌われる場合もあった。

そうこうするうちに子供を亡くした。
私はかにかくにがっかりとした。
その挙句が此度の神経衰弱、
何とも面目ないことでございます。

今もう治療奏効して大体何もかも分り、
さてこそ今度はほがらかに本業に立返りたいと思っても、
余後の養生のためなのか、
まだ退院のお許しが出ず、

日々訓練作業で心身の鍛練をしておれど、
もともと実生活人のための訓練作業なれば、
まがりまりにも詩人である小生には、
えてしてひょっとこ踊りの材料となるばかり。

それ芸術というものは、謂(い)わば人が働く時にはそれを眺め、
人が休む時になってはじめて仕事のはじまるもの、
人が働く時にその働く真似をしていたのでは、
とんだ喜劇にしかなりはせぬ、しかしながら、

これも何かの約束かと、
出来る限りは努めてもおれど、
そんな具合に努めることは、
本業のためにはどんなものだか。

たった少しの自分に出来ることを、
減らすことともなるではあるまいかと
時には杞憂(きゆう)も起るなれど、
院長に話すは恐縮であるし

万事は前世の約束なのかと、
老婆の言葉の味も味わい、
こうして未だに患者生活、
「泣くな心よ、怖るな心」か。
 
 
 
追記、詩は要するに生活側より云えば観念的現実なれば、実生活的現実には非(あらざ)れど、聊(いささ)か弁解を加え置かんこと何れにせよよきことと思えば、左に一言附加え申す。
この詩でみれば、小生院長を怖れいるかの如く見ゆるかも知れねど、病院迄余を伴いたる母を怖れるなり。而(しか)も母を悪く思うどころにはあらねど、母のいたってさばけぬ了見が人様に物申す時、兎角(とかく)事実を尨大(ぼうだい)にすることを怖るなり。これは幼稚園以来のことにて、幼稚園の先生に会いにゆきて「少しうちの子をひどくして下され」なぞ申すなり。格別小生が悪いのでもなんでもないなり、ただだよい上にもよくしようとの母の理想派的気性より出ずるなり。何のことはない、急に幼稚園の先生がこわい顔したりする日ありけり。考えてみれば前日あたり母が幼稚園に来たのなり。
 母を悪く申すではなけれど、謂わば母のあまりに母らし過ぎたるは及ばざるが如しとか、母の愛も過ぎては、害生ずる時もあり得るなるか。
 

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(短歌五首)

 
ゆうべゆうべ我が家恋しくおもゆなり
 草葉ゆすりて木枯の吹く

小田の水沈む夕陽にきららめく
 きららめきつつ沈みゆくなり

沈みゆく夕陽いとしも海の果て
 かがやきまさり沈みゆくかも

町々は夕陽を浴びて金の色
 きさらぎ二月冷たい金なり

母君よ涙のごいて見給えな
 われはもはやも病い癒えたり
 

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道修山夜曲

 
星の降るよな夜(よる)でした
松の林のその中に、
僕は蹲(しゃが)んでおりました。

星の明りに照らされて、
折(おり)しも通るあの汽車は
今夜何処(どこ)までゆくのやら。

松には今夜風もなく、
土はジットリ湿ってる。
遠く近くの笹の葉も、
しずもりかえっているばかり。

星の降るよな夜でした、
松の林のその中に
僕は蹲んでおりました。

     (一九三七・二・二)
 

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(丘の上サあがって、丘の上サあがって)

 
丘の上サあがって、丘の上サあがって、
 千葉の街サ見たば、千葉の街サ見たばヨ、
県庁の屋根の上に、県庁の屋根の上にヨ、
 緑のお碗が一つ、ふせてあった。
そのお碗にヨ、その緑のお碗に、
 雨サ降ったば、雨サ降ったばヨ、
つやがー出る、つやがー出る

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