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生前発表詩篇〜詩篇

2012/04/04

夏日静閑

 
暑い日が毎日つづいた。
隣りのお嫁入前のお嬢さんの、
ピアノは毎日聞こえていた。
友達はみんな避暑地(ひしょち)に出掛け、
僕だけが町に残っていた。
撒水車(さんすいしゃ)が陽に輝いて通るほか、
日中は人通りさえ殆(ほと)んど絶えた。
たまに通る自動車の中には
用務ありげな白服の紳士が乗っていた。
みんな僕とは関係がない。
偶々(たまたま)買物に這入(はい)った店でも
怪訝(けげん)な顔をされるのだった。
こんな暑さに、おまえはまた
何条(なんじょう)買いに来たものだ?
店々の暖簾(のれん)やビラが、
あるとしもない風に揺れ、
写真屋のショウインドーには
いつもながらの女の写真。
 
              一九三七、八、五
 

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初夏の夜に

 
オヤ、蚊が鳴いてる、またもう夏か――
死んだ子供等(こどもら)は、彼(あ)の世の磧(かわら)から、此(こ)の世の僕等(ぼくら)を看守(みまも)ってるんだ。
彼の世の磧は何時(いつ)でも初夏の夜、どうしても僕はそう想(おも)えるんだ。
行こうとしたって、行かれはしないが、あんまり遠くでもなさそうじゃないか。
窓の彼方の、笹藪(ささやぶ)の此方(こちら)の、月のない初夏の宵(よい)の、空間……其処(そこ)に、
死児等(しじら)は茫然(ぼうぜん)、佇(たたず)み僕等を見てるが、何にも咎(とが)めはしない。
罪のない奴等(やつら)が、咎めもせぬから、こっちは尚更(なおさら)、辛(つら)いこった。
いっそほんとは、奴等に棒を与え、なぐって貰(もら)いたいくらいのもんだ。
それにしてもだ、奴等の中にも、十歳もいれば、三歳もいる。
奴等の間にも、競走心が、あるかどうか僕は全然知らぬが、
あるとしたらだ、何(いず)れにしてもが、やさしい奴等のことではあっても、
三歳の奴等は、十歳の奴等より、たしかに可哀想(かわいそう)と僕は思う。
なにさま暗い、あの世の磧の、ことであるから小さい奴等は、
大きい奴等の、腕の下をば、すりぬけてどうにか、遊ぶとは想うけれど、
それにしてもが、三歳の奴等は、十歳の奴等より、可哀想だ……
――オヤ、蚊が鳴いてる、またもう夏か……
 
                       (一九三七・五・一四)
 

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僕は卓子(テーブル)の上に、
ペンとインキと原稿紙のほかなんにも載(の)せないで、
毎日々々、いつまでもジッとしていた。

いや、そのほかにマッチと煙草(たばこ)と、
吸取紙(すいとりがみ)くらいは載っかっていた。
いや、時とするとビールを持って来て、
飲んでいることもあった。

戸外(そと)では蝉がミンミン鳴いた。
風は岩にあたって、ひんやりしたのがよく吹込(ふきこ)んだ。
思いなく、日なく月なく時は過ぎ、

とある朝、僕は死んでいた。
卓子(テーブル)に載っかっていたわずかの品は、
やがて女中によって瞬(またた)く間(ま)に片附(かだづ)けられた。
――さっぱりとした。さっぱりとした。
 

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道化の臨終(Etude Dadaistique)

   
   序 曲

君ら想(おも)わないか、夜毎(よごと)何処(どこ)かの海の沖に、
火を吹く龍(りゅう)がいるかもしれぬと。
君ら想わないか、曠野(こうや)の果(はて)に、
夜毎姉妹の灯ともしていると。

君等想わないか、永遠の夜(よる)の浪、
其処(そこ)に泣く無形(むぎょう)の生物(いきもの)、
其処に見開く無形の瞳、
かの、かにかくに底の底……

心をゆすり、ときめかし、
嗚咽(おえつ)・哄笑一時(こうしょういっとき)に、肝(きも)に銘(めい)じて到(いた)るもの、
清浄(しょうじょう)こよなき漆黒(しっこく)のもの、
暖(だん)を忘れぬ紺碧(こんぺき)を……
     *       *
         *
空の下(もと)には 池があった。
その池の めぐりに花は 咲きゆらぎ、
空はかおりと はるけくて、
今年も春は 土肥(つちこ)やし、
雲雀(ひばり)は空に 舞いのぼり、
小児(しょうに)が池に 落っこった。

小児は池に仰向(あおむ)けに、
池の縁(ふち)をば 枕にて、
あわあわあわと 吃驚(びっくり)し、
空もみないで 泣きだした。

僕の心は 残酷(ざんこく)な、
僕の心は 優婉(ゆうえん)な、
僕の心は 優婉な、
僕の心は 残酷な、
涙も流さず 僕は泣き、
空に旋毛(つむじ)を 見せながら、
紫色に 泣きまする。

僕には何も 云(い)われない。
発言不能の 境界に、
僕は日も夜も 肘(ひじ)ついて、
僕は砂粒(すなつぶ)に 照る日影だの、
風に揺られる 雑草を、
ジッと瞶(みつ)めて おりました。

どうぞ皆さん僕という、
はてなくやさしい 痴呆症(ちほうしょう)、
抑揚(よくよう)の神の 母無(おやな)し子、
岬の浜の 不死身貝(ふじみがい)、
そのほか色々 名はあれど、
命題・反対命題の、
能(あた)うかぎりの 止揚場(しようじょう)、
天(あめ)が下(した)なる 「衛生無害」、
昔ながらの薔薇(ばら)の花、
ばかげたものでも ござりましょうが、
大目(おおめ)にあずかる 為体(ていたらく)。

かく申しまする 所以(ゆえん)のものは、
泣くも笑うも 朝露(あさつゆ)の命、
星のうちなる 星の星……
砂のうちなる 砂の砂……
どうやら舌は 縺(もつ)れまするが、
浮くも沈むも 波間の瓢(ひさご)、
格別何も いりませぬ故(ゆえ)、
笛のうちなる 笛の笛、
――次第(しだい)に舌は 縺れてまいる――
至上至福(しじょうしふく)の 臨終(いまわ)の時を、
いやいや なんといおうかい、
一番お世話になりながら、
一番忘れていられるもの……
あの あれを……といって、
それでは誰方(どなた)も お分りがない……
では 忘恩(ぼうおん)悔(く)ゆる涙とか?
ええまあ それでもござりまするが……
では――
えイ、じれったや
これやこの、ゆくもかえるも
別れては、消ゆる移(うつ)り香(か)、
追いまわし、くたびれて、
秋の夜更(よふけ)に 目が覚めて、
天井板の 木理(もくめ)みて、
あなやと叫び 呆然(ぼうぜん)と……
さて われに返りはするものの、
野辺(のべ)の草葉に 盗賊の、
疲れて眠る その腰に、
隠元豆(いんげんまめ)の 刀あり、
これやこの 切れるぞえ、
と 戸の面(おもて)、丹下左膳(たんげさぜん)がこっち向き、
――狂った心としたことが、
何を云い出すことじゃやら……
さわさりながら さらばとて、
正気の構えを とりもどし、
人よ汝(いまし)が「永遠」を、
恋することのなかりせば、
シネマみたとてドッコイショのショ、
ダンスしたとてドッコイショのショ。
なぞと云ったら 笑われて、
ささも聴いては 貰(もら)えない、
さればわれ、明日は死ぬ身の、
今茲(ここ)に 不得要領……
かにかくに 書付(かきつ)けましたる、
ほんのこれ、心の片端(はしくれ)、
不備の点 恕(ゆる)され給(たま)いて、
希(ねが)わくは お道化(どけ)お道化て、
ながらえし 小者(こもの)にはあれ、
冥福(めいふく)の 多かれかしと、
神にはも 祈らせ給え。
 
               (一九三四・六・二)
  

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梅雨と弟

 
毎日々々雨が降ります
去年の今頃梅の実を持って遊んだ弟は
去年の秋に亡くなって
今年の梅雨(つゆ)にはいませんのです

お母さまが おっしゃいました
また今年も梅酒をこさおうね
そしたらまた来年の夏も飲物(のみもの)があるからね
あたしはお答えしませんでした
弟のことを思い出していましたので

去年梅酒をこしらう時には
あたしがお手伝いしていますと
弟が来て梅を放(ほ)ったり随分(ずいぶん)と邪魔をしました
あたしはにらんでやりましたが
あんなことをしなければよかったと
今ではそれを悔んでおります……
 

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渓 流

 
渓流(たにがわ)で冷やされたビールは、
青春のように悲しかった。
峰(みね)を仰(あお)いで僕は、
泣き入るように飲んだ。

ビショビショに濡(ぬ)れて、とれそうになっているレッテルも、
青春のように悲しかった。
しかしみんなは、「実にいい」とばかり云(い)った。
僕も実は、そう云ったのだが。

湿った苔(こけ)も泡立つ水も、
日蔭も岩も悲しかった。
やがてみんなは飲む手をやめた。
ビールはまだ、渓流(たにがわ)の中で冷やされていた。

水を透かして瓶(びん)の肌(はだ)えをみていると、
僕はもう、此(こ)の上歩きたいなぞとは思わなかった。
独り失敬(しっけい)して、宿(やど)に行って、
女中(ねえさん)と話をした。

                (一九三七・七・一五)
 

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子守唄よ

 
母親はひと晩じゅう、子守唄(こもりうた)をうたう
母親はひと晩じゅう、子守唄をうたう
然(しか)しその声は、どうなるのだろう?
たしかにその声は、海越えてゆくだろう?
暗い海を、船もいる夜の海を
そして、その声を聴届(ききとど)けるのは誰だろう?
それは誰か、いるにはいると思うけれど
しかしその声は、途中で消えはしないだろうか?
たとえ浪は荒くはなくともたとえ風はひどくはなくとも
その声は、途中で消えはしないだろうか?

母親はひと晩じゅう、子守唄をうたう
母親はひと晩じゅう、子守唄をうたう
淋しい人の世の中に、それを聴くのは誰だろう?
淋しい人の世の中に、それを聴くのは誰だろう?
 

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雨の朝

 
⦅麦湯(むぎゆ)は麦を、よく焦(こ)がした方がいいよ。⦆
⦅毎日々々、よく降りますですねえ。⦆
⦅インキはインキを、使ったらあと、栓(せん)をしとかなきゃいけない。⦆
⦅ハイ、皆さん大きい声で、一々(いんいち)が一……⦆
         上草履(うわぞうり)は冷え、
         バケツは雀の声を追想し、
         雨は沛然(はいぜん)と降っている。
⦅ハイ、皆さん御一緒に、一二(いんに)が二……⦆
       校庭は煙雨(けぶ)っている。
       ――どうして学校というものはこんなに静かなんだろう?
       ――家(うち)ではお饅(まん)じゅうが蒸(ふ)かせただろうか?
       ああ、今頃もう、家ではお饅じゅうが蒸かせただろうか?
 

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2012/04/03

ひからびた心

 
ひからびたおれの心は
そこに小鳥がきて啼(な)き
其処(そこ)に小鳥が巣を作り
卵を生むに適していた

ひからびたおれの心は
小さなものの心の動きと
握(にぎ)ればつぶれてしまいそうなものの動きを
掌(てのひら)に感じている必要があった

ひからびたおれの心は
贅沢(ぜいたく)にもそのようなものを要求し
贅沢にもそのようなものを所持したために
小さきものにはまことすまないと思うのであった

ひからびたおれの心は
それゆえに何はさて謙譲(けんじょう)であり
小さきものをいとおしみいとおしみ
むしろその暴戻(ぼうれい)を快(こころよ)いこととするのであった

そして私はえたいの知れない悲しみの日を味(あじわ)ったのだが
小さきものはやがて大きくなり
自分の幼時を忘れてしまい
大きなものは次第(しだい)に老いて

やがて死にゆくものであるから
季節は移りかわりゆくから
ひからびたおれの心は
ひからびた上にもひからびていって

ひからびてひからびてひからびてひからびて
――いっそ干割(ひわ)れてしまえたら
無の中へ飛び行って
そこで案外安楽(あんらく)に暮せらるのかも知れぬと思った
 

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道修山夜曲

 
星の降るよな夜(よる)でした
松の林のその中に、
僕は蹲(しゃが)んでおりました。

星の明りに照らされて
折(おり)しも通るあの汽車は、
今夜何処(どこ)までゆくのやら。

松には今夜風もなく
土はジットリ湿ってる。
遠く近くの笹の葉も
しずもりかえっているばかり。

星の降るよな夜でした、
松の林のその中に
僕は蹲んでおりました。
 
   ――一九三七、二、二――
 

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