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詩集「山羊の歌」〜羊の歌

2012/03/28

いのちの声

 
          もろもろの業、太陽のもとにては蒼ざめたるかな。
                            ――ソロモン
 
僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果(あきは)てた。
あの幸福な、お調子者のジャズにもすっかり倦果てた。
僕は雨上りの曇った空の下の鉄橋のように生きている。
僕に押寄せているものは、何時(いつ)でもそれは寂漠(せきばく)だ。

僕はその寂漠の中にすっかり沈静(ちんせい)しているわけでもない。
僕は何かを求めている、絶えず何かを求めている。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔(じ)れている。
そのためにははや、食慾(しょくよく)も性慾もあってなきが如(ごと)くでさえある。

しかし、それが何かは分らない、ついぞ分ったためしはない。
それが二つあるとは思えない、ただ一つであるとは思う。
しかしそれが何かは分らない、ついぞ分ったためしはない。
それに行き著(つ)く一か八(ばち)かの方途(ほうと)さえ、悉皆(すっかり)分ったためしはない。

時に自分を揶揄(からか)うように、僕は自分に訊(き)いてみるのだ、
それは女か? 甘(うま)いものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない!
それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいうのであろうか?

   Ⅱ

否何(いないず)れとさえそれはいうことの出来ぬもの!
手短かに、時に説明したくなるとはいうものの、
説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我(わ)が生は生(い)くるに値(あたい)するものと信ずる
それよ現実! 汚れなき幸福! あらわるものはあらわるままによいということ!

人は皆、知ると知らぬに拘(かかわ)らず、そのことを希望しており、
勝敗に心覚(さと)き程(ほど)は知るによしないものであれ、
それは誰も知る、放心の快感に似て、誰もが望み
誰もがこの世にある限り、完全には望み得ないもの!

併(しか)し幸福というものが、このように無私(むし)の境のものであり、
かの慧敏(けいびん)なる商人の、称(しょう)して阿呆(あほう)というものであろう底(てい)のものとすれば、
めしをくわねば生きてゆかれぬ現身(うつしみ)の世は、
不公平なものであるよといわねばならぬ

だが、それが此(こ)の世というものなんで、
其処(そこ)に我等(われら)は生きており、それは任意の不公平ではなく、
それに因(よっ)て我等自身も構成されたる原理であれば、
然(しか)らば、この世に極端(きょくたん)はないとて、一先(ひとま)ず休心するもよかろう。

   Ⅲ

されば要は、熱情の問題である。
汝(なんじ)、心の底より立腹(りっぷく)せば
怒れよ!

さあれ、怒ることこそ
汝(な)が最後なる目標の前にであれ、
この言(こと)ゆめゆめおろそかにする勿(なか)れ。

そは、熱情はひととき持続し、やがて熄(や)むなるに、
その社会的効果は存続し、
汝(な)が次なる行為への転調の障(さまた)げとなるなれば。

   Ⅳ

ゆうがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事(ばんじ)に於(おい)て文句はないのだ。
 

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憔 悴

 
       Pour tout homme, il vient une èpoque
     
       où l'homme languit. ―Proverbe.

       Il faut d'abord avoir soif……
 
                      
                 ――Cathèrine de Mèdicis.

私はも早、善(よ)い意志をもっては目覚めなかった
起きれば愁(うれ)わしい 平常(いつも)のおもい
私は、悪い意志をもってゆめみた……
(私は其処(そこ)に安住したのでもないが、
其処を抜け出すことも叶(かな)わなかった)
そして、夜が来ると私は思うのだった、
此(こ)の世は、海のようなものであると。

私はすこししけている宵(よい)の海をおもった
其処を、やつれた顔の船頭(せんどう)は
おぼつかない手で漕(こ)ぎながら
獲物があるかあるまいことか
水の面(おもて)を、にらめながらに過ぎてゆく

   Ⅱ

昔 私は思っていたものだった
恋愛詩なぞ愚劣(ぐれつ)なものだと

今私は恋愛詩を詠(よ)み
甲斐(かい)あることに思うのだ

だがまだ今でもともすると
恋愛詩よりもましな詩境にはいりたい

その心が間違っているかいないか知らないが
とにかくそういう心が残っており

それは時々私をいらだて
とんだ希望を起(おこ)させる

昔私は思っていたものだった
恋愛詩なぞ愚劣なものだと

けれどもいまでは恋愛を
ゆめみるほかに能がない

   Ⅲ

それが私の堕落かどうか
どうして私に知れようものか

腕にたるんだ私の怠惰(たいだ)
今日も日が照る 空は青いよ

ひょっとしたなら昔から
おれの手に負えたのはこの怠惰だけだったかもしれぬ

真面目(まじめ)な希望も その怠惰の中から
憧憬(しょうけい)したのにすぎなかったかもしれぬ

ああ それにしてもそれにしても
ゆめみるだけの 男になろうとはおもわなかった!

   Ⅳ

しかし此の世の善だの悪だの
容易に人間に分りはせぬ

人間に分らない無数の理由が
あれをもこれをも支配しているのだ

山蔭(さんいん)の清水のように忍耐ぶかく
つぐんでいれば愉(たの)しいだけだ

汽車からみえる 山も 草も
空も 川も みんなみんな

やがては全体の調和に溶けて
空に昇って 虹となるのだろうとおもう……

   Ⅴ

さてどうすれば利(り)するだろうか、とか
どうすれば哂(わら)われないですむだろうか、とかと

要するに人を相手の思惑(おもわく)に
明けくれすぐす、世の人々よ、

僕はあなたがたの心も尤(もっと)もと感じ
一生懸命郷(ごう)に従ってもみたのだが

今日また自分に帰るのだ
ひっぱったゴムを手離したように

そうしてこの怠惰の窗(まど)の中から
扇(おうぎ)のかたちに食指をひろげ

青空を喫(す)う 閑(ひま)を嚥(の)む
蛙(かえる)さながら水に泛(うか)んで

夜(よる)は夜とて星をみる
ああ 空の奥、空の奥。

   Ⅵ

しかし またこうした僕の状態がつづき、
僕とても何か人のするようなことをしなければならないと思い、
自分の生存をしんきくさく感じ、
ともすると百貨店のお買上品届け人にさえ驚嘆(きょうたん)する。

そして理窟(りくつ)はいつでもはっきりしているのに
気持の底ではゴミゴミゴミゴミ懐疑(かいぎ)の小屑(おくず)が一杯です。
それがばかげているにしても、その二っつが
僕の中にあり、僕から抜けぬことはたしかなのです。

と、聞えてくる音楽には心惹(ひ)かれ、
ちょっとは生き生きしもするのですが、
その時その二っつは僕の中に死んで、

ああ 空の歌、海の歌、
僕は美の、核心を知っているとおもうのですが
それにしても辛いことです、怠惰を逭(のが)れるすべがない!
 

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羊の歌

        安原喜弘に

   Ⅰ 祈 り

死の時には私が仰向(あおむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかったことのために、
罰されて、死は来たるものと思うゆえ。

ああ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

   Ⅱ

思惑(おもわく)よ、汝(なんじ) 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚(せいそ)のほかを希(ねが)わず。

交際よ、汝陰鬱(いんうつ)なる汚濁(おじょく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!

われはや孤寂(こじゃく)に耐えんとす、
わが腕は既(すで)に無用の有(もの)に似たり。

汝、疑いとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるままに暫(しば)しは動かぬ眼よ、
ああ、己(おのれ)の外(ほか)をあまりに信ずる心よ、

それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興(きょう)ぜず

   Ⅲ

     我が生は恐ろしい嵐のようであった、
     其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。

                    ボードレール

九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるように
またそれは、凭(よ)っかかられるもののように
彼女は頸(くび)をかしげるのでした
私と話している時に。

私は炬燵(こたつ)にあたっていました
彼女は畳に坐っていました
冬の日の、珍(めずら)しくよい天気の午前
私の室には、陽がいっぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは)陽に透(す)きました。

私を信頼しきって、安心しきって
かの女の心は密柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって
鹿のように縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(じゅくどくがんみ)しました。

   Ⅳ

さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて
思いなき、思いを思う 単調の
つまし心の連弾(れんだん)よ……

汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば
旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思いなき、おもいを思うわが胸は
閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)
酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐えもする
さびしさこそはせつなけれ、みずからは
それともしらず、ことように、たまさかに
ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……


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