若 死 N君に
ー伊東静雄ー
大川の面(おもて)にするどい皺(しわ)がよっている。
昨夜の氷は解けはじめた。
アロイジオという名と終油(しょうゆ)とを授かって、
かれは天國へ行ったのだそうだ。
大川に張っていた氷が解けはじめた。
鉄橋のうえを汽車が通る。
さっきの郵便でかれの形見がとどいた、
寝転んでおれは舞踏ということを考えていた時。
しん底冷え切った朱色の小匣(こばこ)の、
真珠の花の螺鈿(らでん)。
若死をするほどの者は、
自分のことだけしか考えないのだ。
おれはこの小匣を何処(どこ)に蔵(しま)ったものか。
気疎(けうと)いアロイジオになってしまって……。
鉄橋の方を見ていると。
のろのろとまた汽車がやって来た。
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