山村暮鳥
山村 暮鳥(やまむら ぼちょう、1884年(明治17年)1月10日 - 1924年(大正13年)12月8日)は、明治・大正期の詩人、児童文学者である。本名、土田八九十(つちだ はくじゅう)、旧姓は志村。群馬県西群馬郡棟高村(現在の高崎市)に生まれる。人見東明から「静かな山村の夕暮れの空に飛んでいく鳥」という意味をこめて「山村暮鳥」の筆名をもらう。自然のあらゆるものに神を見いだす彼独特の神学は、しばしば熱狂的な信徒を怒らせ、異端として追放された事も数多くあったという。萩原朔太郎は「彼自身の見たる如き、ちがった意味での基督教を信じていたにちがいない」と、追悼文『山村暮鳥のこと』で述べている。(ウィキペディアより抜粋)
わたしはたねをにぎっていた
風 景
時 雨
手ぶくろ
田園にて
渚
春
冬の木木
雨の歌
雪虫の唄
昔語り
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