ー立原道造ー
逝(ゆ)いた私の時たちが
私の心を金(きん)にした 傷つかぬよう傷は早く愎るようにと
昨日と明日との間には
ふかい紺青の溝がひかれて過ぎている
投げて捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだった
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
何もがすべて消えてしまった! 筋書どおりに
それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
月の光にてらされた岬々の村々を
暑い 涸いた野を
おぼえていたら! 私はもう一度かえりたい
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
私が待ち それを しずかに諦めた――)
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