松の針
ー宮沢賢治ー
さつきのみぞれをとってきた
あのきれいな松のえだだよ
おお おまえはまるでとびつくように
そのみどりの葉にあつい頬(ほほ)をあてる
そんな植物性の青い針のなかに
はげしく頬を刺させることは
むさぼるようにさえすることは
どんなにわたくしたちをおどろかすことか
そんなにまでもおまえは林へ行きたかったのだ
おまえがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえているとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがえながら森をあるいていた
《*ああいい さっぱりした
まるで林のながさ来たよだ》
鳥のように栗鼠(りす)のように
おまえは林をしたっていた
どんなにわたくしがうらやましかったろう
ああきょうのうちにとおくへさろうとするいもうとよ
ほんとうにおまえはひとりでいこうとするか
わたくしにいっしょに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにそう言ってくれ
おまへの頬の けれども
なんというきょうのうつくしさよ
わたくしは緑のかやのうえにも
この新鮮な松のえだをおこう
いまに雫もおちるだろうし
そら
さわやかな
terpentine(ターペンティン)の匂もするだろう
(注)
*ああいい さっぱりした
まるで林のながさ来たよだ
:ああいい さっぱりした
まるで林のなかに来たようだ
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