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無声慟哭

ー宮沢賢治ー

こんなにみんなにみまもられながら

おまえはまだここでくるしまなければならないか

ああ巨(おお)きな信のちからからことさらにはなれ

また純粋やちいさな徳性のかずをうしない

わたくしが青ぐらい修羅をあるいているとき

おまへはじぶんにさだめられたみちを

ひとりさびしく往こうとするか

信仰を一つにするたったひとりのみちづれのわたくしが

あかるくつめたい精進(しょうじん)のみちからかなしくつかれていて

毒草や蛍光菌のくらい野原をただようとき

おまえはひとりどこへ行こうとするのだ

  (*おら おかないふうしてらべ)

何といふあきらめたやうな悲痛なわらいようをしながら

またわたくしのどんなちいさな表情も

けっして見遁(みのが)さないようにしながら

おまえはけなげに母に訊(き)くのだ

  (うんにゃ ずいぶん立派だじゃい

   きょうはほんとに立派だじゃい)

ほんとうにそうだ

髪だっていっそうくろいし

まるでこどもの苹果の頬だ

どうかきれいな頬をして

あたらしく天にうまれてくれ

  《*それでもからだくさえがべ?》

  《うんにや いつかう》

ほんとうにそんなことはない

かえってここはなつののはらの

ちいさな白い花の匂でいっぱいだから

ただわたくしはそれをいま言えないのだ

   (わたくしは修羅をあるいているのだから)

わたくしのかなしそうな眼をしているのは

わたくしのふたつのこころをみつめているためだ

ああそんなに

かなしく眼をそらしてはいけない

 

 

(注)

*おら おかないふうしてらべ

 :あたしこわいふうをしてるでしょう

 

*それでもからだくさえがべ?

:*それでもわるいにおいでしょう

 

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