喪服の蝶
ー三好達治ー
ただ一つ喪服の蝶が
松の林をかけぬけて
ひらりと海へ出ていった
風の傾斜にさからって
つまづきながら よろけながら
我らが酒に酔うように
まっ赤な雲に酔っ払って
おおかたきっとそうだろう
ずんずん沖へ出ていった
出ていった 遠く 遠く
また高く 喪服の袖が
見えずなる
いずれは消える夢だから
夏の終わりは秋だから
まっ赤な雲は色あせて
さみしい海の上だった
かくて彼女はかえるまい
岬の鼻をうしろ手に
何を目あてというのだろう
ずんずん沖へ出ていった
出ていった
遠く遠く
また高く
おおかたきっとそうだろう
(我らもそれに学びたい)
この風景の外へまで
喪服をすてにいったのだ
三好達治詩集 (ハルキ文庫)
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