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渓 流

ー中原中也ー

渓流(たにがわ)で冷やされたビールは、
青春のように悲しかった。
峰(みね)を仰(あお)いで僕は、
泣き入るように飲んだ。

ビショビショに濡(ぬ)れて、とれそうになっているレッテルも、
青春のように悲しかった。
しかしみんなは、「実にいい」とばかり云(い)った。
僕も実は、そう云ったのだが。

湿った苔(こけ)も泡立つ水も、
日蔭も岩も悲しかった。
やがてみんなは飲む手をやめた。
ビールはまだ、渓流(たにがわ)の中で冷やされていた。

水を透かして瓶(びん)の肌(はだ)えをみていると、
僕はもう、此(こ)の上歩きたいなぞとは思わなかった。
独り失敬(しっけい)して、宿(やど)に行って、
女中(ねえさん)と話をした。

                (一九三七・七・一五)

<ぜひ読んでおきたい! 心に残る短い詩>

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