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眼にて云う

ー宮沢賢治ー

だめでしょう

とまりませんな

がぶがぶ湧いているですからな

ゆうべからねむらず血も出つづけなもんですから

そこらは青くしんしんとして

どうも間もなく死にそうです

けれどもなんといい風でしょう

もう清明が近いので

あんなに青ぞらからもりあがって湧くように

きれいな風が来るですな

もみじの嫩芽(わかめ)と毛のような花に

秋草のような波をたて

焼痕のある藺草(いぐさ)のむしろも青いです

あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが

黒いフロックコートを召して

こんなに本気にいろいろ手あてもしていただけば

これで死んでもまずは文句もありません

血がでているにかかわらず

こんなにのんきで苦しくないのは

魂魄(こんばく)なかばからだをはなれたのですかな

ただどうも血のために

それを云えないがひどいです

あなたの方からみたらずいぶんさんたんたるけしきでしょうが

わたくしから見えるのは

やっぱりきれいな青ぞらと
すきとおった風ばかりです。

(宮沢賢治「疾中」青空文庫より。現代仮名遣いに改めました。)

<ぜひ読んでおきたい! 心に残る短い詩>

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