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火の粉の「現在」/「雪の宵」その4

詩の冒頭と末尾にルフランを作った詩を
これまで読んできた「山羊の歌」に探してみると、

「宿酔」
「盲目の秋」の「Ⅰ」
「木蔭」

――が見つかります。

それほど多くはないことに気づいてむしろ驚きますが
冒頭と末尾にルフランを置くことの危うさを
詩人は意識していたのでしょう。

繰り返すということは
「前進」を止めるということであり
詩が「遡行(そこう)」のモードに入ることです。

それは詩が現在から遠ざかり
強度を失う一つの契機となりかねません。

詩人は
そのことを人一倍意識していたはずでした。

雪の宵

        青いソフトに降る雪は
        過ぎしその手か囁きか  白 秋

ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁(ささや)きか
  
  ふかふか煙突(えんとつ)煙吐(けむは)いて、
  赤い火の粉(こ)も刎(は)ね上る。

今夜み空はまっ暗で、
暗い空から降る雪は……

  ほんに別れたあのおんな、
  いまごろどうしているのやら。

ほんにわかれたあのおんな、
いまに帰ってくるのやら

  徐(しず)かに私は酒のんで
  悔(くい)と悔とに身もそぞろ。

しずかにしずかに酒のんで
いとしおもいにそそらるる……

  ホテルの屋根に降る雪は
  過ぎしその手か、囁きか

ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「雪の宵」のルフランが
「宿酔」
「盲目の秋」の「Ⅰ」
「木蔭」
――のルフランと異なるところは
ルフランする行(連)が
単一の事象を歌っていなくて
二つのことを歌っている点にあります。

ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁(ささや)きか
  
ふかふか煙突(えんとつ)煙吐(けむは)いて、
赤い火の粉(こ)も刎(は)ね上る。

――は
前半2行(前連)に「降る雪」の情景
後半2行(後連)に「火の粉」の跳ね上がる情景を歌っています。

仮に、
このどちらかの2行だけをルフランとすると
この詩はどうなるかを考えてみれば
すぐに見えてくることがあるはずです。

「雪が降る」情景がループするか
「火の粉が跳ねる」情景がループするか、です。

「降る雪」が喚起(かんき)する「過去」を思い出として歌いながら
「火の粉が跳ねる」情景が喚起する「現在」の心境が
こうしてどちらも歌われたのです。

雪がしんしんと降り
煙突からもくもくと立ちのぼる煙の中に火の粉が爆ぜている――。

雪が降り
火の粉が爆ぜる――。

この繰り返し(ルフラン)は
二つの対立するもの・矛盾するものの「たたかい」であるかのようです。

詩(人)は
「火の粉」が爆ぜるのをこころの中で喝采(かっさい)しています。

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