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ループする悲しみ/「汚れっちまった悲しみに……」

「山羊の歌」の「みちこ」の章は
「みちこ」の次に「汚れっちまった悲しみに……」を置き
次に「無題」を置きます。

美しい女性の肉体を賛美した「みちこ」は
大海原の向こうの「空」にみちこが息絶えたのを
われ(=詩人)が目撃して終わりました。

「汚れっちまった悲しみに……」は
その余韻をかき消すような衝撃を与えるでしょう。

汚れっちまった悲しみに……
 
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる

汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる

汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む

汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

ガーーンとやられてしまう感覚。

七五調のメロディーが
小雪の降る街の夜の底へと読者を誘(いざな)って
ループする悲しみの世界へ引きずり込みます。

初めてこの詩に触れた者は
わけが分からないまま
強い衝撃の中にあります。

この衝撃は何でしょうか?

詩人はいま這いつくばって
片方の頬を地べたに擦(こす)りつけ
片方の頬を小雪が降りつけています――。

その態勢で歌っているような
呻(うめ)き声のようでいて
哄笑の混じるような。

夜の帳(とばり)のおりてゆく
たそがれ時の地面の底から発せられたような声が
七五で繰り返されるのです。

汚れた悲しみとは、悲しみが汚れていることか?
それとも、汚れてしまって悲しいのか?

狐の革裘?
キツネノカワゴロモ?

倦怠(けだい)のうちに
死を夢む?

……。

疑問に思いながらも
ルフラン(繰り返し)に従っているうちに
だんだん馴染(なじ)んでくる「うた」。

いつしか口ずさんでいます。

どこか懐かしいものもある。
このどん底の悲しみや孤独や悔しさ。
どこか身に覚えがある
自分にも……。

「汚れてしまった悲しみ」を
こんなふうにして誰しも
忘れられなくなります。

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