ループする悲しみ/「汚れっちまった悲しみに……」
「山羊の歌」の「みちこ」の章は
「みちこ」の次に「汚れっちまった悲しみに……」を置き
次に「無題」を置きます。
◇
美しい女性の肉体を賛美した「みちこ」は
大海原の向こうの「空」にみちこが息絶えたのを
われ(=詩人)が目撃して終わりました。
「汚れっちまった悲しみに……」は
その余韻をかき消すような衝撃を与えるでしょう。
◇
汚れっちまった悲しみに……
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む
汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
ガーーンとやられてしまう感覚。
七五調のメロディーが
小雪の降る街の夜の底へと読者を誘(いざな)って
ループする悲しみの世界へ引きずり込みます。
◇
初めてこの詩に触れた者は
わけが分からないまま
強い衝撃の中にあります。
この衝撃は何でしょうか?
◇
詩人はいま這いつくばって
片方の頬を地べたに擦(こす)りつけ
片方の頬を小雪が降りつけています――。
その態勢で歌っているような
呻(うめ)き声のようでいて
哄笑の混じるような。
夜の帳(とばり)のおりてゆく
たそがれ時の地面の底から発せられたような声が
七五で繰り返されるのです。
◇
汚れた悲しみとは、悲しみが汚れていることか?
それとも、汚れてしまって悲しいのか?
狐の革裘?
キツネノカワゴロモ?
倦怠(けだい)のうちに
死を夢む?
……。
◇
疑問に思いながらも
ルフラン(繰り返し)に従っているうちに
だんだん馴染(なじ)んでくる「うた」。
いつしか口ずさんでいます。
◇
どこか懐かしいものもある。
このどん底の悲しみや孤独や悔しさ。
どこか身に覚えがある
自分にも……。
「汚れてしまった悲しみ」を
こんなふうにして誰しも
忘れられなくなります。
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