恋の行方(ゆくえ)/「寒い夜の自我像」その2
「寒い夜の自我像」の原形詩は
「ノート小年時」に草稿が残っています。
◇
第2節(2)は、
恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、
――という泰子への呼びかけで、
第3節(3)は、
神よ私をお憐(あわ)れみ下さい!
――という神への告白(懇願)で、
それぞれ「恋」が歌いだされていることを知ります。
ともに、第1節(1)を受けた詩行といえますが……。
◇
末尾に(一九二九・一・二〇)とある制作日の直後。
1929年(昭和4年)4月発行の「白痴群」創刊号に発表したときに
ばっさりとこれらを削除したのです。
◇
このようにして
「寒い夜の自我像」は
詩人の決意表明のような詩である第1節が独立しましたが
「恋の歌」の片鱗を残しました。
これらのことを知った上で
「寒い夜の自我像」を読んでみれば
「わが喫煙」「妹よ」からの流れ(連続性と非連続性)は
自ずと理解できることでしょう。
◇
公表された詩「寒い夜の自我像」は
「白痴群」のものであれ
「山羊の歌」のものであれ
「恋の歌」というよりも
「詩人のマニフェスト(宣言)」の意味合いを持つことになりました。
「わが喫煙」「妹よ」を読んできて
断絶感があるのはそのためですが
中也の「恋愛詩」には
単に「相聞」であるという以上のものが目指されてあることは
「盲目の秋」などで明らかですから
これは落差ではなく
「幅」と取ったほうがよいのかもしれません。
◇
詩の来歴は複雑です。
「寒い夜の自我像」は
「白痴群」創刊号に
もう一つの詩「詩友に」とともに発表されましたが
この詩を併せて読むことで
詩の背景は一層すっきりと見えてきます。
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