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恋の行方(ゆくえ)/「寒い夜の自我像」その1

 

中原中也の恋の行方(ゆくえ)は

大岡昇平が書いた伝記などが

詳細にわたって追跡しているところですが。

伝記が詩の成り立ちについて

どんなに詳細に追求しても

それは詩の背景にしか過ぎません。

詩を味わうには

なんといっても詩を読むのに限ります。

その上で

詩の来歴を知れば

味わいは深まるということになります。

にょきにょきとペーブ(舗道)歩む

モガ(モダンガール)・泰子の足。

彼女との濃密な時間を歌った――「わが喫煙」

人っ子一人いない夜の野原で

風の音に泰子の幻の声を聞く――「妹よ」

実存的な「恋人」と非在(不在)の「恋人」を歌った後に

「寒い夜の自我像」が置かれました。

タイトルにある「自我像」は

「自らを描いた像=Self-portrait」であると同時に

「自我の像=Ego-images」という意味を含ませた造語です。

「恋人(泰子)」は姿を隠し

「詩人の決意」のようなものが歌われて

「恋愛詩」は途絶えたように見えますが

そうではありません。

寒い夜の自我像

きらびやかでもないけれど 

この一本の手綱(たずな)をはなさず 

この陰暗の地域を過ぎる! 

その志(こころざし)明らかなれば 

冬の夜を我(われ)は嘆(なげ)かず 

人々の憔懆(しょうそう)のみの愁(かな)しみや 

憧れに引廻(ひきまわ)される女等(おんなら)の鼻唄を 

わが瑣細(ささい)なる罰と感じ 

そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、 

聊(いささ)かは儀文(ぎぶん)めいた心地をもって 

われはわが怠惰(たいだ)を諫(いさ)める 

寒月(かんげつ)の下を往(ゆ)きながら。

陽気で、坦々(たんたん)として、而(しか)も己(おのれ)を売らないことをと、 

わが魂の願うことであった!

(「新編中原中也全集」第1巻・詩より。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

第6行、第7行の、

人々の憔懆(しょうそう)のみの愁(かな)しみや 

憧れに引廻(ひきまわ)される女等(おんなら)の鼻唄を

――という下りに「泰子」は隠されていません。

ここに歌われているのは

泰子ですし……

「寒い夜の自我像」の原形は

泰子を歌った3節構成の詩でした。

「白痴群」創刊号に発表されたとき

第2節と第3節をカットして

第1節を独立させたのです。

カットされた第2、第3節は

まぎれもなく「恋の歌」でした。

その原形詩は

「新全集」に「未発表詩篇」として収録されていますから

ここで読んでおきましょう。

寒い夜の自我像

 

   1

きらびやかでもないけれど、 

この一本の手綱(たづな)をはなさず 

この陰暗の地域をすぎる! 

その志(こころざし)明らかなれば 

冬の夜を、我は嘆かず、 

人々の憔懆(しょうそう)のみの悲しみや 

憧れに引廻(ひきまわ)される女等の鼻唄を、 

わが瑣細(ささい)なる罰と感じ 

そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、 

聊(いささ)か儀文めいた心地をもって 

われはわが怠惰を諌(いさ)める、 

寒月の下を往きながら、

陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、 

わが魂の願うことであった!……

   2

恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、 

おまえの魂がいらいらするので、 

そんな歌をうたいだすのだ。 

しかもおまえはわがままに 

親しい人だと歌ってきかせる。

ああ、それは不可(いけ)ないことだ! 

降りくる悲しみを少しもうけとめないで、 

安易で架空な有頂天を幸福と感じ倣(な)し 

自分を売る店を探して走り廻るとは、 

なんと悲しく悲しいことだ……

    

   3

神よ私をお憐(あわ)れみ下さい!

 私は弱いので、 

 悲しみに出遇(であ)うごとに自分が支えきれずに、 

 生活を言葉に換えてしまいます。 

 そして堅くなりすぎるか 

 自堕落になりすぎるかしなければ、 

 自分を保つすべがないような破目(はめ)になります。

神よ私をお憐れみ下さい! 

この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。 

ああ神よ、私が先(ま)ず、自分自身であれるよう 

日光と仕事とをお与え下さい! 

        (一九二九・一・二〇、)

→その2へ

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