恋(人)ふたたび/「無題」その4
恋人を「おまえ」と呼ぶのは
「盲目の秋」「Ⅲ」の
おまえが情けをうけてくれないので、
とにかく私はまいってしまった……
――とあるのと同じで
それというのも私が素直でなかったからでもあるが、
それというのも私に意気地がなかったからでもあるが、
――と「盲目の秋」が続くのも
「無題」の冒頭、
こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに、
私は強情だ。
――と歌うのと似ています。
どちらも恋の終焉の原因を自分にあると認め
しきりに自分を責めます。
◇
「盲目の秋」はしかし
もう永遠に帰らない(Ⅰ)
去りゆく女が最後にくれる笑いのように(Ⅰ)
せめて死の時には(Ⅲ)
――といったように恋は「過去」のものでした。
「無題」は
ゆうべもおまえと別れてのち、
酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝
目が覚めて、おまえのやさしさを思い出しながら(Ⅰ)
――とふたたび恋は現在に戻ったかのようです。
ゆうべ二人は会ったのですし
その直後のことを歌ったのが「無題」です。
◇
一度壊れた男と女の関係が回復するようなことは
起こるわけがありません。
「愛し愛された」という京都での記憶は
それからほど遠くにある現在から見れば
強固で確実なものになっていきますが
あくまでも記憶にとどまるものです。
◇
そのことを知っているのは
ほかならぬ詩人自身のはずです。
第2節で
3人称「彼女」を主語にして歌うのは
そのことと相応します。
彼女の境涯と現在の境地について
第3者の冷静な眼差しであるかのように歌いますが……。
◇
Ⅱ
彼女の心は真(ま)っ直(すぐ)い!
彼女は荒々しく育ち、
たよりもなく、心を汲(く)んでも
もらえない、乱雑な中に
生きてきたが、彼女の心は
私のより真っ直いそしてぐらつかない
彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に
彼女は賢くつつましく生きている。
あまりにわいだめもない世の渦(うず)のために、
折(おり)に心が弱り、弱々しく躁(さわ)ぎはするが、
而(しか)もなお、最後の品位をなくしはしない
彼女は美しい、そして賢い!
甞(かつ)て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめていたかは!
しかしいまではもう諦めてしまってさえいる。
我利(がり)々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、
彼女は出遇(であ)わなかった。おまけに彼女はそれと識らずに、
唯(ただ)、人という人が、みんなやくざなんだと思っている。
そして少しはいじけている。彼女は可哀想(かわいそう)だ!
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
「わいだめもない」は
「理不尽な」とか「どうしようもない」とかの意味でしょうか。
世間の荒波を
品位を失わずに賢く生きる中で
少しはいじけている彼女に同情するのです。
« 恋(人)ふたたび/「無題」その3 | トップページ | 恋(人)ふたたび/「無題」その5 »
「はるかなる空/「みちこ」」カテゴリの記事
- <はるかなる空/「みちこ」インデックス>(2014.11.12)
- ドラマの内部/「つみびとの歌」その4(2014.11.09)
- 下手な植木師たち/「つみびとの歌」その3(2014.11.09)
- クロスオーバーする内面/「つみびとの歌」その2(2014.11.09)
- 愚行告白/「つみびとの歌」(2014.11.09)