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恋(人)ふたたび/「無題」その4

恋人を「おまえ」と呼ぶのは
「盲目の秋」「Ⅲ」の
おまえが情けをうけてくれないので、
  とにかく私はまいってしまった……
――とあるのと同じで

それというのも私が素直でなかったからでもあるが、
  それというのも私に意気地がなかったからでもあるが、
――と「盲目の秋」が続くのも

「無題」の冒頭、
こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに、
私は強情だ。
――と歌うのと似ています。

どちらも恋の終焉の原因を自分にあると認め
しきりに自分を責めます。

「盲目の秋」はしかし
もう永遠に帰らない(Ⅰ)
去りゆく女が最後にくれる笑いのように(Ⅰ)
せめて死の時には(Ⅲ)
――といったように恋は「過去」のものでした。

「無題」は
ゆうべもおまえと別れてのち、
酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝
目が覚めて、おまえのやさしさを思い出しながら(Ⅰ)
――とふたたび恋は現在に戻ったかのようです。

ゆうべ二人は会ったのですし
その直後のことを歌ったのが「無題」です。

一度壊れた男と女の関係が回復するようなことは
起こるわけがありません。

「愛し愛された」という京都での記憶は
それからほど遠くにある現在から見れば
強固で確実なものになっていきますが
あくまでも記憶にとどまるものです。

そのことを知っているのは
ほかならぬ詩人自身のはずです。

第2節で
3人称「彼女」を主語にして歌うのは
そのことと相応します。

彼女の境涯と現在の境地について
第3者の冷静な眼差しであるかのように歌いますが……。

   Ⅱ

彼女の心は真(ま)っ直(すぐ)い!
彼女は荒々しく育ち、
たよりもなく、心を汲(く)んでも
もらえない、乱雑な中に
生きてきたが、彼女の心は
私のより真っ直いそしてぐらつかない

彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に
彼女は賢くつつましく生きている。
あまりにわいだめもない世の渦(うず)のために、
折(おり)に心が弱り、弱々しく躁(さわ)ぎはするが、
而(しか)もなお、最後の品位をなくしはしない
彼女は美しい、そして賢い!

甞(かつ)て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめていたかは!
しかしいまではもう諦めてしまってさえいる。
我利(がり)々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、
彼女は出遇(であ)わなかった。おまけに彼女はそれと識らずに、
唯(ただ)、人という人が、みんなやくざなんだと思っている。
そして少しはいじけている。彼女は可哀想(かわいそう)だ!

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「わいだめもない」は
「理不尽な」とか「どうしようもない」とかの意味でしょうか。

世間の荒波を
品位を失わずに賢く生きる中で
少しはいじけている彼女に同情するのです。

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