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死の時へ祈る/「羊の歌」その2

「羊の歌」の初稿の制作が
昭和6年(1931年)3月~4月と推定されている(「新全集」)のは
同年2月16日付けで中也が安原喜弘に書いた手紙の内容からの判断です。

この手紙の中に
「君にデディケートする筈だった詩は、流産しちまいました」とあり
後にこの手紙へコメントした安原が

永い間の約束であった私への贈り物の詩はこの後暫らくして私の手許に送り届けられた。
――と記していることに拠(よ)ります。

「羊の歌」は
「白痴群」の僚友・安原喜弘へ献呈された詩であるほかに
どのメディアへも発表されていません。

安原に献呈した詩であるという意味と同程度に
詩集「山羊の歌」の最終章のために作られた詩という意味をもつものと考えられます。

最終章「羊の歌」の冒頭に置かれているという
戦略的意図もこうして見えてきます。

羊の歌
        安原喜弘に

   Ⅰ 祈 り

死の時には私が仰向(あおむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかったことのために、
罰されて、死は来たるものと思うゆえ。

ああ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

   Ⅱ

思惑(おもわく)よ、汝(なんじ) 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚(せいそ)のほかを希(ねが)わず。

交際よ、汝陰鬱(いんうつ)なる汚濁(おじょく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!
われはや孤寂(こじゃく)に耐えんとす、
わが腕は既(すで)に無用の有(もの)に似たり。

汝、疑いとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるままに暫(しば)しは動かぬ眼よ、
ああ、己(おのれ)の外(ほか)をあまりに信ずる心よ、

それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興(きょう)ぜず

   Ⅲ

     我が生は恐ろしい嵐のようであった、
     其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。
                    ボードレール

九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるように
またそれは、凭(よ)っかかられるもののように
彼女は頸(くび)をかしげるのでした
私と話している時に。

私は炬燵(こたつ)にあたっていました
彼女は畳に坐っていました
冬の日の、珍(めずら)しくよい天気の午前
私の室には、陽がいっぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは)陽に透(す)きました。

私を信頼しきって、安心しきって
かの女の心は密柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって
鹿のように縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(じゅくどくがんみ)しました。

   Ⅳ

さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて
思いなき、思いを思う 単調の
つまし心の連弾(れんだん)よ……

汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば
旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思いなき、おもいを思うわが胸は
閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)
酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐えもする
さびしさこそはせつなけれ、みずからは
それともしらず、ことように、たまさかに
ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

なぜ「死の時」が歌われたのでしょうか?
なぜ「小さな顎(あご)」が歌われたのでしょうか?

その理由を歌うことから
「羊の歌」がはじまっています。

その理由を明らかにしたうえで
「!」が4回も打たれました。

「祈り」と題した第1章はそれだけで閉じます。

中に、
感じ得なかった
感ずる者
――と「感じ」「感ずる」とい言葉が現われますが
これはまもなく歌われる「山羊の歌」の最終詩「いのちの声」の
最終行へと振動していきます。

「羊の歌」の冒頭行が
詩集「山羊の歌」の最終詩「いのちの声」の
最終行
ゆうがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事(ばんじ)に於(おい)て文句はないのだ。
――へこだましていくのです。

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