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恋の過去/「木蔭」

「木蔭」は「夏」とともに
「白痴群」第3号(1929年9月1日発行)に「詩2篇」として発表されました。
その時は「夏」の後に配置されていますが
「山羊の歌」では逆になりました。

もとは「ノート小年時」に書かれ
末尾に「1929年7月20日」の制作日があり
「後悔」のタイトルが消されて
「木蔭」に変えられてありました。
(「新全集」解題篇)

木 蔭

神社の鳥居が光をうけて
楡(にれ)の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭(こかげ)は
私の後悔を宥(なだ)めてくれる

暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔
馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は
やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり
やがて根強い疲労となった

かくて今では朝から夜まで
忍従(にんじゅう)することのほかに生活を持たない
怨みもなく喪心(そうしん)したように
空を見上げる私の眼(まなこ)――

神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

恋(人)はどこへ行ってしまったでしょうか?

神社の木蔭にたたずんで
詩人が見ているのは楡(にれ)の葉のさざなみばかりです。

初夏の真昼にここへやってきて
見慣れた光景である木蔭が
疲労を取ってくれることを発見したのです。

後悔に後悔を重ねても離れていかない
しつこい後悔を抱えて
幾日を過ごしてきたものか。

ああでもないこうでもないと繰り返し思い出しては
馬鹿馬鹿しくなって笑えてしまうほどの「過去」は
やがて涙まじりの黒ずんだ悔いの塊となり
ついには疲労となって積もってしまった。

こうして今では朝から晩まで
忍の一字の生活
怨みもなく心を失くしたように
空を見上げているだけの眼になっていたが。

あの青々しい楡の木立ちを見ていると
つかの間ではあるけれど
この後悔を忘れさせてくれるよ。

後悔の正体に
きっと恋(人)はあるでしょう。

しかし、それには
一言も触れません。

すべては「過去」なのです。
「過去」にすべてが含まれました。
「恋(人)」もその中に入っていることでしょう。

きっと
大きな比重を占めていることでしょう。

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