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はるかなる空/「みちこ」その2

「木陰」に、
怨みもなく喪心(そうしん)したように
空を見上げる私の眼(まなこ)――

「失せし希望」に、
暗き空へと消え行きぬ
  わが若き日を燃えし希望は。

「夏」に、
睡(ねむ)るがような悲しさに、み空をとおく
血を吐くような倦うさ、たゆけさ

「心象」に、
あわれわれ、亡びたる過去のすべてに

涙湧く。
み空の方より、
風の吹く

――などとあるように
「空」は「少年時」の幾つかの詩篇に明示され(詩語化され)
章を飛び越えて「みちこ」にも
重要なモチーフとして現われ続けます。

みちこ

そなたの胸は海のよう
おおらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あおき浪、
涼しかぜさえ吹きそいて
松の梢(こずえ)をわたりつつ
磯白々(しらじら)とつづきけり。

またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしいて
竝(なら)びくるなみ、渚なみ、
いとすみやかにうつろいぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆(ほかたほ)
沖ゆく舟にみとれたる。

またその顙(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡(ごすい)の夢をさまされし
牡牛(おうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯(ふ)しぬ。

しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かいな)して
絃(いと)うたあわせはやきふし、なれの踊れば、
海原(うなばら)はなみだぐましき金にして夕陽をたたえ
沖つ瀬は、いよとおく、かしこしずかにうるおえる
空になん、汝(な)の息絶(た)ゆるとわれはながめぬ。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

第1連に
はるかなる空、あおき浪、
涼しかぜさえ吹きそいて

第2連に
またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしいて

――とあるのに続いて
決定打を放つかのように、
空になん、汝(な)の息絶(た)ゆるとわれはながめぬ。

――と最終連最終行を閉じるのです。

みちこという女性は
「空」に息絶えたのを
われ=詩人は見届けるのです。

「空」は
「木陰」以前に配置された「妹よ」にもあります。

夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
  ――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった……

――とあるのに遡ることができますが
詳しく読めば「初期詩篇」にも見つかるかもしれません。

やがては「在りし日の歌」で
多種多様な「空の世界」が展開されてゆきますから
中也の詩のコア(核)を占めるテーマであることも分かってきます。

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