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はるかなる空/「みちこ」その3

「みちこ」の美しい肉体が息絶えるところが
「空」でした。

逆に言えば
「空」の向こうには「みちこ」がいるということになります。

こちらにはいないけれど
あちらにはいる
――という存在として
「みちこ」は歌われた(=現われた)ということになります。

みちこ

そなたの胸は海のよう
おおらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あおき浪、
涼しかぜさえ吹きそいて
松の梢(こずえ)をわたりつつ
磯白々(しらじら)とつづきけり。

またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしいて
竝(なら)びくるなみ、渚なみ、
いとすみやかにうつろいぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆(ほかたほ)
沖ゆく舟にみとれたる。

またその顙(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡(ごすい)の夢をさまされし
牡牛(おうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯(ふ)しぬ。

しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かいな)して
絃(いと)うたあわせはやきふし、なれの踊れば、
海原(うなばら)はなみだぐましき金にして夕陽をたたえ
沖つ瀬は、いよとおく、かしこしずかにうるおえる
空になん、汝(な)の息絶(た)ゆるとわれはながめぬ。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

ここへ来て「みちこ」が歌われたのは
新たな「恋(人)」が生じたからなのではなく
心の歴史が終焉した(「夏」)とか
過去が亡びた(「心象」)とかしたからです。

「みちこ」はいま存在しないのです。

ですから「みちこ」は
特定の誰それである必要がありません。

特定の誰それであってもおかしくはありませんが
心の歴史の一こまに現われた「女性」であったり
亡びたる過去のすべてのうちの一つである「女性」であったりするだけで
十分です。

固有名は意味を持たないのです。

そのために「みちこ」は
完璧な女性美として歌われました。

失われた恋(人)は
失われた故に完璧であり
今ここに存在しない故にかつて確かにあったのです。

それは歌うことによってしか
現前しない存在でした。

中也の詩に現われる
多くの女性の「普遍性」も
このような由来を持つといえるかもしれません。

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