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パラドクサルな人生/「修羅街輓歌」その3

「修羅街輓歌」の「Ⅱ 酔生」には
省略または飛躍がほどこされてあり
そのことによって
リアリティー(生々しさ)がもたらされるよい例になっています。

ほんに前後もみないで生きて来た……
私はあんまり陽気にすぎた?
――無邪気な戦士、私の心よ!

この第2連、
前後もみないで生きて来た
あんまり陽気にすぎた?
無邪気な戦士、私の心
――は、まさしく「酔生」の実体なのでしょうが
そのように生きてきたことを励ます語調があります。

この中で「陽気にすぎた?」の「?」は
自身への疑問(迷い)ではなく
「陽気すぎたんだよ」とアドバイスする他者への反問ととらえると
くっきり見えてくるものがあります。

「?」には
問い返しの響きがあるのです。

陽気に生きてきたのだよ、私は。
――と相手に向かって言いたげな「?」なのです。

修羅街輓歌

       関口隆克に

   序 歌

忌(いま)わしい憶(おも)い出よ、
去れ! そしてむかしの
憐(あわれ)みの感情と
ゆたかな心よ、
返って来い!

  今日は日曜日
  椽側(えんがわ)には陽が当る。
  ――もういっぺん母親に連れられて
  祭の日には風船玉が買ってもらいたい、
  空は青く、すべてのものはまぶしくかがやかしかった……

     忌わしい憶い出よ、
     去れ!
        去れ去れ!

   Ⅱ 酔 生(すいせい)

私の青春も過ぎた、
――この寒い明け方の鶏鳴(けいめい)よ!
私の青春も過ぎた。

ほんに前後もみないで生きて来た……
私はあんまり陽気にすぎた?
――無邪気な戦士、私の心よ!

それにしても私は憎む、
対外意識にだけ生きる人々を。
――パラドクサルな人生よ。

いま茲(ここ)に傷つきはてて、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
おお、霜にしみらの鶏鳴よ……

   Ⅲ 独 語(どくご)

器(うつわ)の中の水が揺れないように、
器を持ち運ぶことは大切なのだ。
そうでさえあるならば
モーションは大きい程いい。

しかしそうするために、
もはや工夫を凝(こ)らす余地もないなら……
心よ、
謙抑(けんよく)にして神恵(しんけい)を待てよ。

   Ⅳ

いといと淡き今日の日は
雨蕭々(しょうしょう)と降り洒(そそ)ぎ
水より淡き空気にて
林の香りすなりけり。

げに秋深き今日の日は
石の響きの如(ごと)くなり。
思い出だにもあらぬがに
まして夢などあるべきか。

まことや我(われ)は石のごと
影の如くは生きてきぬ……
呼ばんとするに言葉なく
空の如くははてもなし。

それよかなしきわが心
いわれもなくて拳(こぶし)する
誰をか責むることかある?
せつなきことのかぎりなり。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

陽気に生きてきた無邪気な戦士である私です。
そのことは認めます。
そうであるから……。

それにしても私は憎むのです。

それを押しつぶそうとするものを
私は憎むのです。
対外意識にだけ生きる人々を。



このなんという
パラドクサルな人生であることか!

フランス語で「パラドックスparadox(逆説・矛盾)」は
男性名詞では「paradoxe」で
その形容詞形がparadoxal(パラドクサル)です。
英語はparadoxical(パラドキシカル)。

「パラドクサルな人生」を導くこの「――」は
ここでも「地の声」を表わすものです。

「対外意識」にしても
「パラドクサル」にしても
分かりやすい言葉ではありません。

ここでは
「前後もみない」とか
「陽気な」とか
「無邪気な」とかの反意語として「対外意識」が使われていますが
一般的にそのようには使われません。

ここに飛躍や省略はあります。

「Ⅱ 酔生」は
過ぎてしまった青春を歌います。

酔生夢死の青春が
傷つきはててしまったことを歌うのです。

詩人を傷つけたものこそ
対外意識にだけ生きる人々でした。

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