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死ぬまえってへんなものねえ/「秋」その2

「秋」は
「盲目の秋」「Ⅳ」の
せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでしょうか。
――が実現したような「死の時」を歌います。

ナレーションがあり(Ⅰ)
会話があり(Ⅱ)
モノローグ(独白)があり(Ⅲ)
またじっくり読めば
「Ⅰ」は4行×3の定型を維持し
音数律を放棄してはいないようだし
「Ⅱ」も4行×3を維持しながら
劇の1場面であるようなしゃべり言葉の生々しさが目論(もくろ)まれ
「Ⅲ」は形を壊したぶっ通しのモノローグ
――といったように
「形」の上でのさまざまな試みが行われ
ドラマツルギーの原型を仄(ほの)見させてくれます。

   1

昨日まで燃えていた野が
今日茫然として、曇った空の下につづく。
一雨毎(ひとあめごと)に秋になるのだ、と人は云(い)う
秋蝉(あきぜみ)は、もはやかしこに鳴いている、
草の中の、ひともとの木の中に。

僕は煙草(たばこ)を喫(す)う。その煙が
澱(よど)んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎(かげろう)の亡霊達が起(た)ったり坐(すわ)ったりしているので、
――僕は蹲(しゃが)んでしまう。

鈍い金色を滞びて、空は曇っている、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯(うつむ)いてしまう。
僕は倦怠(けんたい)を観念して生きているのだよ、
煙草の味が三通(みとお)りくらいにする。
死ももう、とおくはないのかもしれない……
 
   2

『それではさよならといって、
みょうに真鍮(しんちゅう)の光沢かなんぞのような笑(えみ)を湛(たた)えて彼奴(あいつ)は、
あのドアの所を立ち去ったのだったあね。
あの笑いがどうも、生きてる者ののようじゃあなかったあね。

彼奴(あいつ)の目は、沼の水が澄(す)んだ時かなんかのような色をしてたあね。
話してる時、ほかのことを考えているようだったあね。
短く切って、物を云うくせがあったあね。
つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』

『ええそうよ。――死ぬってことが分っていたのだわ?
星をみてると、星が僕になるんだなんて笑ってたわよ、たった先達(せんだって)よ。

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たった先達よ、自分の下駄(げた)を、これあどうしても僕のじゃないっていうのよ。』

   3

草がちっともゆれなかったのよ、
その上を蝶々(ちょうちょう)がとんでいたのよ。
浴衣(ゆかた)を着て、あの人縁側に立ってそれを見てるのよ。
あたしこっちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々(ほうぼう)で聞えていたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、ってあの人あたしの方を振向(ふりむ)くのよ、
昨日三十貫(かん)くらいある石をコジ起しちゃった、ってのよ。
――まあどうして、どこで?ってあたし訊いたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒ってるようなのよ、まあ……あたし怖かったわ。

死ぬまえってへんなものねえ……
 
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「2」の語尾「たあね」で語る前半部は
なんともおどけていて不気味でもあります。

自分のことを「彼奴」という3人称で呼んで
泰子らしき女性と「彼奴」の最期を語るのですから。

「彼奴」は「きゃつ」と読ませたいところですが
全集編集者は「あいつ」とルビを振っています。

僕の最期を僕が語っているというおかしさを
方言らしきこの「たあね」で表わし
狂気さえ感じさせる言葉使いになっているのは
詩の末行
死ぬまえってへんなものねえ……
――の「へん」に呼応しています。

草が揺れない上を黄色い蝶がとび
その蝶をジッと見ているあの人。
豆腐屋の笛がなり
「ぼく、30貫くらいの石をこじあげちゃった」と話す。

おかしいような恐ろしいような
死ぬ前の「へんな」様子が
散漫であると思われがちな会話の中に
歌われていて実に緻密です。

読めば読むほど
「さまざまな意匠」が見えてくる詩です

やがて「骨」(昭和9年)や
「一つのメルヘン」などへと続く
「在りし日の世界」が
「山羊の歌」の中に現われるというのも驚きです。

また「1」に登場する「陽炎の亡霊達」は
「在りし日の歌」の冒頭詩「含羞」の亡霊に連なりますから
この詩「秋」は
いろいろな流れの「渦」になっています。

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