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恋の行方(ゆくえ)/「寒い夜の自我像」番外篇1

「白痴群」創刊号に
「寒い夜の自我像」とともに発表されたのが
「詩友に」です。

詩集「山羊の歌」の「寒い夜の自我像」を読むために
遠回りのようですが
「詩友に」を読んでおきましょう。

といっても「詩友に」というタイトルの詩を
「山羊の歌」にも
「全集」のどこにも見つけることはできません。

「白痴群」創刊号に発表されただけで
「詩友に」は姿を消してしまったからですが……。

まず「白痴群」第6号(昭和5年4月)に「無題」(第3節)として発表され
次に山羊の歌」の「汚れっちまった悲しみに……」に続いて配置されて
「無題」として「よみがえり」ました。

「無題」の第3節が
「詩友に」だったのです!

「詩友に」は
あらかじめ作られてあった(または同時に作られた)長詩「無題」が
「白痴群」創刊号に発表されたときに第3節だけ取り出され
ソネット(4―4―3―3)として独立したものです。

隠された(未発表だった)ほかの節が
「白痴群」第6号で「無題」として現われ(復活し)
「山羊の歌」にもそのまま全行が現われました。

「詩友に」は
「白痴群」にだけ存在するものですから
ここでは「無題」第3節読んでその代わりとします。

Ⅲのところに
「白痴群」では「詩友に」のタイトルがあったわけです。

   Ⅲ

かくは悲しく生きん世に、なが心
かたくなにしてあらしめな。
われはわが、したしさにはあらんとねがえば
なが心、かたくなにしてあらしめな。

かたくなにしてあるときは、心に眼(まなこ)
魂に、言葉のはたらきあとを絶つ
なごやかにしてあらんとき、人みなは生れしながらの
うまし夢、またそがことわり分ち得ん。

おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて
悪酔の、狂い心地に美を索(もと)む
わが世のさまのかなしさや、

おのが心におのがじし湧(わ)きくるおもいもたずして、
人に勝(まさ)らん心のみいそがわしき
熱を病(や)む風景ばかりかなしきはなし。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰ「無題」より抜粋。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「な」は「汝(なんじ)の意味で泰子、
「われ」が詩人です。

「かたくなにしてあらしめな」は
「頑(かたく)なであってほしくない」の意味です。

詩人が泰子に直接訴えた詩を
「寒い夜の自我像」とともに発表したのです。



「詩友」には
友というより同志(同士)のイメージがありますが
内容は「愛の告白」をも含んでいます。

「言葉を失って」「熱病を病んだ現代人の」「悲しさ」を歌いながら
おおっぴらにこんな「告白」ができたのですが……。

<番外編2へ続く>

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