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「一筆啓上、安原喜弘様」昭和8年11月10日

僕女房貰うことにしましたので 何かと雑用があり
――と文中にさりげなく「結婚」のことを書いたのは11月10日付けの手紙でした。
 
この手紙に
コルビエールの訳詩が同封されていました。
 
 
巴里
 
クレオルとブルトンとの合いの子の、
彼も亦、雑踏の巷にやって来た。
其処市場には石出来のものとてないので、
太陽は、てんで調子を欠いていた。
 
――ぼやぼやするねい! のろくさしてらあ……
やいこの間抜け奴、押すんじゃないよ!
……火事は消えたよ、すっかり消えたよ。
――バケツは往き来す、空のや重いの。
 
其処に、哀れな小さな娘は
辻君通りに現れる、男等は云う
あの小娘は、何を売るんだ?
 
――何にもよ。――愚かな女は立ちどまったまま
空のバケツの音さえ聞こえず
吹き行く風を見送っていた……
 
(「中原中也の手紙」より。「新かな」に変えました。編者。)
 
 
詩人は
どの詩にも会話体が入っていて
しかも、それらは外国の町言葉であり
原詩のシラブル(音節)なども目茶苦茶だと
苦戦したことを添えています。
 
 
この詩は
トリスタン・コルビエールの詩集「黄色い恋」(1873年刊行)の冒頭詩。
 
コルビエールの分身であるクレオルとブルトンの混血青年が
パリの街を生き生きと歌ったソネットばかりを集めた8篇の一つです。
(「新編中原中也全集」第3巻翻訳・解題篇より。)
 
コルビエールがパリ街頭で通りすがりに見た娘は
中原中也の創作詩「朝鮮女」をふと連想させますが
実際に連関があるかはわかりません。
 
それにしても
コルビエールがとらえた活気あふれるパリ街頭を
そのまんま生かした訳があじわいどころです。
 
コルビエールは
ポール・ベルレーヌが「呪われた詩人たち」に取り上げた一人で
中原中也は中の「トリスタン・コルビエール」を訳出し
昭和4年(1929年)11月発行の「社会及国家」にすでに発表していました。
 
30歳で夭逝したコルビエールに
30歳で亡くなるとは夢にも思っていなかったに違いない詩人が
感じるところがあったのでしょうか。
 
 
このほかにも
コルビエールの詩の一部分が同封されていました。
 
 
「ええ?」という詩の一節
 
随筆だと?――なにはさて、私は随筆書きはせなんだ!
研究?――のらくら者の私は剽窃(ひょうせつ)さえもしなかった!
本だって?――製本するにもあんまり粗略で……
原稿か?――いやはや悲しい、百(ひゃく)文にもならぬ!
 
詩だって?――へえ有難う、私は詩才を洗濯しました。
書物だと?――書物とは猶、読むものなりだ!……
紙だって?――いや、感謝する、綴られまする!
アルバムか?――それは白くはございません、それにあんまりグザグザです。
題韻詩?――何処に韻?……かんばしくもない!
著作だと?――つやもなければ光もござらぬ。
小唄だと?――そいつはいいや、いとしのミューズ!……
 
 
詩作にまつわる「諧謔(かいぎゃく)」が
「ダダイスト詩人」に届いたかのような詩です。
 
小唄は、いとしのミューズ!
 
詩人と、ぴたりシンクロしているではありませんか。

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