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きらきら「初期詩篇」の世界/5「深夜の思い」

その1

「生活者」に発表された「港市の秋」を振り出しに
「臨終」(山羊の歌)
「むなしさ」(在りし日の歌)
「かの女」(未発表詩篇)
「春と恋人」(未発表詩篇)
「秋の一日」(山羊の歌)
――と「横浜もの」と呼ばれる詩群を読んできました。

「山羊の歌」では
「臨終」「秋の一日」「港市の秋」の順に配置されましたが
これらが扱う季節はみな「秋」でした。

「臨終」が歌った女性には
泰子の影が落ちている(大岡昇平)のであれば
「朝の歌」の「うしないし さまざまのゆめ」にも同じことがあてはまり
「黄昏」「深夜の思い」と
「山羊の歌」の「初期詩篇」中にも
泰子を歌った詩の流れを見つけることができることになります。

「深夜の思い」は
「初期詩篇」22篇の10番目にあり
「黄昏」に続いて配置されました。

深夜の思い

これは泡立つカルシウムの
乾きゆく
急速な――頑(がん)ぜない女の児の泣声だ、
鞄屋の女房の夕(ゆうべ)の鼻汁だ。

林の黄昏は
擦(かす)れた母親。
虫の飛交(とびか)う梢(こずえ)のあたり、
舐子(おしゃぶり)のお道化(どけ)た踊り。

波うつ毛の猟犬見えなく、
猟師は猫背を向(むこ)うに運ぶ。
森を控えた草地が
  坂になる!

黒き浜辺にマルガレエテが歩み寄(よ)する
ヴェールを風に千々(ちぢ)にされながら。
彼女の肉(しし)は跳び込まねばならぬ、
厳(いか)しき神の父なる海に!

崖の上の彼女の上に
精霊が怪(あや)しげなる条(すじ)を描く。
彼女の思い出は悲しい書斎の取片附(とりかたづ)け
彼女は直(じ)きに死なねばならぬ。

長谷川泰子が中也との暮らしをたたんで
小林秀雄と同居しはじめたのは
大正14年の秋(11月)のことでした。
それからどれほど経って
この詩は書かれたのでしょうか。

深夜の詩人を襲う
「泡立つカルシウムの」
「急速な」
「頑(がん)ぜない」
もの思い――。

ラムネサイダーかなにかのように
ふーっと「急速に」しぼんだかと思うと
今度はわーっと
聞き分けのない
赤ん坊の泣声のような
鞄屋の女房の夕(ゆうべ)の鼻汁のような
頑固でしつっこい思い。

はじめそれは
林の黄昏に
母親が掠(かす)れて見えたり。
虫が飛び交っている梢に
おしゃぶり咥(くわ)えた子どもがお道化て踊る様子。
(第2連)

駆り立てた猟犬の姿が見えなくなって
猟師は猫背の姿勢でそれを追う。
森にぶつかって
草地は坂になって落ちている!
(第3連)

第2連も第3連も
ランボーのイメージでしょうか。

いずれもこれは
夢にうなされて目ざめるという場面ではありません。

夜中にもの思いに耽る詩人が
見る映像(幻想幻視)です。

第4連では
ゲーテの劇詩「ファウスト」のヒロイン、グレートヒェン(愛称マルガレエテ)が現われますが
映像の中にマルガレエテが出てきたものではないでしょう。

実際に見えた映像は
泰子であったに違いありません。

詩語にしたときに
マルガレエテとしただけです。

その2

「深夜の思い」には
長谷川泰子らしき女性が
ゲーテ「ファウスト」のヒロインであるマルガレエテに擬して登場します。

「初期詩篇」で
はっきりとした形で泰子が現われるのはこれが初めてです。

深夜の思い

これは泡立つカルシウムの
乾きゆく
急速な――頑(がん)ぜない女の児の泣声だ、
鞄屋の女房の夕(ゆうべ)の鼻汁だ。

林の黄昏は
擦(かす)れた母親。
虫の飛交(とびか)う梢(こずえ)のあたり、
舐子(おしゃぶり)のお道化(どけ)た踊り。

波うつ毛の猟犬見えなく、
猟師は猫背を向(むこ)うに運ぶ。
森を控えた草地が
  坂になる!

黒き浜辺にマルガレエテが歩み寄(よ)する
ヴェールを風に千々(ちぢ)にされながら。
彼女の肉(しし)は跳び込まねばならぬ、
厳(いか)しき神の父なる海に!

崖の上の彼女の上に
精霊が怪(あや)しげなる条(すじ)を描く。
彼女の思い出は悲しい書斎の取片附(とりかたづ)け
彼女は直(じ)きに死なねばならぬ。

「朝の歌」や「黄昏」では
泰子は前面に現われることはなく
「うしなわれたもの」に含まれていました。

「臨終」では
いわばダブルイメージとして
死んだ女性の「影」でした。

「朝の歌」や「臨終」や「黄昏」などには
泰子は前面に出ることはありませんでしたが
「深夜の思い」では
彼女の思い出は悲しい書斎の取片附(とりかたづ)け
――と具体的に「行為する人」として現われました。

「深夜の思い」に現われたのは
マルガレエテという「直喩」の中ですが
現われたことに変わりありません。

マルガレエテは
「深夜の思い」の中で
「ファウスト」の中の役を演じつつ
「書斎の後片づけ」を行います。

第3連と最終連は
「ファウスト」の中のマルガレエテが辿った運命ですが
そのマルガレエテの行為の中に
中也から去った日の泰子が混ざります。

マルガレエテの運命に
泰子の運命を重ね
彼女は直(じ)きに死なねばならぬ。
――と歌うのは
詩人がファウストになっているからで
マルガレエテ=泰子への愛(慈悲)によってです。

泰子をモチーフにした恋愛詩群は
「白痴群」へ発表し
「山羊の歌」の「少年時」以降の章へと配置されるのが大勢なのですが
「初期詩篇」へ配置された作品が幾つかあります。

「秋の一日」
「深夜の思い」
「冬の雨の夜」
「凄じき黄昏」
「夕照」
「ためいき」
――の6篇です。

 

「初期詩篇」後半部に
これらは配置され
やがて「少年時」へと流れ込んでいきます。

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