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「むなしさ」からはじまった「在りし日の歌」<5>ベルレーヌの「ダリア」

中原中也が
ポール・ベルレーヌの名を
はじめて知ったのは
「彼より仏国詩人等の存在を学ぶ」(詩的履歴書)と
後に記されるように
京都を訪れた富永太郎を通じてといわれていますから
その時から数えても
まもなく2年になろうとしています。
 
はじめのうちは
フランス語の勉強をしていなかったため
上田敏訳のランボー「酔いどれ船」を
「ノート1924」の空きページに筆写して
フランス詩の片鱗を味わう程度の接触でしたが
2年のうちには
小林秀雄や
小林周辺の帝大仏文科の学生
もしくは教官であった
辰野隆や鈴木信太郎からということもあったのか
または日大予科やアテネ・フランセでの
授業や学友を通じて……
 
といった具合に
フランス詩の趨勢を知り
ベルレーヌを知り
ランボーも知り
ボードレールも知り……
とりわけ象徴詩は
詩作に摂取するための
糧(かて)のような存在で
単なるテクスト以上の意味がありました。
 
「むなしさ」が
ベルレーヌの「ダリア」に
ヒントを得ているといわれているのは
「ダリア」が収められた
「ヴェルレーヌ全集」の原書を
大正15年5月に購入したことを
読書記録に残していることや
川路柳虹の翻訳が収められた
「ヹルレーヌ詩集」を所蔵していることなどから分かるのですが
なによりも
詩に登場する遊女の共通性です。
 
ベルレーヌは
娼婦をダリアに喩えますが
中原中也は
戯女(たわれめ)を白い薔薇に喩えました。
 
原文のフランス語を
辞書を引きながら読み解き
川路柳虹訳を参照しながら
なお理解の届かない部分を
近辺のだれかに尋ねることもあったのでしょうか
 
詩人が
「ダリア」のイメージを
「白い薔薇」に結晶させるまでには
長い時間をかけたことが
想像できます。
 
ここでは
「ダリア」の川路柳虹訳を
角川新全集から孫引きしておきます。
 
 
ダリア
 
固き胸もつ遊女(たはれめ)、暗く褐色(ちやいろ)の瞳もて
牡牛(をうし)のごとくゆるやかにうち開く、
いと大きなる汝(な)が茎は新しき大理石(マルブル)のごと耀(かがや)けり。
 
太(ふと)りたる花、裕かなる花、されど君が傍(かたはら)に
漂ひきたる匂ひなし、君が姿は晴れやかに美しけれど、
えも云へぬよく調(とゝの)ひし風(ふり)はあれども。
 
きみのからだに匂ひなし、もし敢てそを求むれば
秣草(まぐさ)乾すそのにほひにも譬ふべき
きみが幹(みき)こそ香気(にほひ)感ぜぬ偶像(イドル)なれ。
 
――かくの如くダリアは衣(ころも)燦爛と耀きわたる王なれど
香(にほひ)なきその頸(うなじ)をばいとつゝましくもたげつつ
蓮葉(はすは)なる素馨(ヂヤスマン)の花さくなかに苛立(いらだ)つごとく見えにけり。
(「ヹルレーヌ詩集」新潮社、大正8年)
 

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