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「白痴群」前後・片恋の詩12「雪の宵」

その1
 
「雪の宵」は
北原白秋の詩集「思い出」中の「青いソフトに」を素材にした
いはば「本歌取り」で
流麗な75調をきっかりと
破調もなく作りあげた詩(歌)です。
 
「山羊の歌」では
「秋」の章に配置されたのは
「恋」も秋に差しかかっていたことを示すでしょうか。
 
第4連の、
ほんに別れたあのおんな、
いまごろどうしているのやら。
――が、「女」の遠さを歌っていますが
 
第5連の、
 
ほんにわかれたあのおんな、
いまに帰ってくるのやら
――には、まだ寄り戻しの希望が見えています。
 
 
雪の宵
 
        青いソフトに降る雪は
        過ぎしその手か囁きか  白 秋
 
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁(ささや)きか
 
  ふかふか煙突(えんとつ)煙吐(けむは)いて、
  赤い火の粉(こ)も刎(は)ね上る。
 
今夜み空はまっ暗で、
暗い空から降る雪は……
 
  ほんに別れたあのおんな、
  いまごろどうしているのやら。
 
ほんにわかれたあのおんな、
いまに帰ってくるのやら
 
  徐(しず)かに私は酒のんで
  悔(くい)と悔とに身もそぞろ。
 
しずかにしずかに酒のんで
いとしおもいにそそらるる……
 
  ホテルの屋根に降る雪は
  過ぎしその手か、囁きか
 
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。
 
 
白秋の「青いソフトに」は、
 
青いソフトに降る雪は
過ぎしその手か、ささやきか、
酒か、薄荷(はっか)か、いつのまに
消ゆる涙か、なつかしや。
 
――という75調の4行詩です。
 
歌謡のメロディーが
聞こえてきそうな定型です。
 
中原中也は、
その冒頭の2行の中の
「青いソフト」を
「ホテルの屋根」と置き換えました。
 
 
「老いたる者をして」が
バリトンで独唱されたように
「雪の宵」は
低音の声で歌われて遜色(そんしょく)のないムードがあり
リズミカルでもあります。
 
詩人がそれを意図していたかは分かりませんが
「歌曲」にしたことで
声に出して歌われることになれば
「恋」は
客体化され、対象化されていきます。
 
「恋」は
詩のモチーフと化していきます。
 
 
「雪の宵」ははじめ
「白痴群」第6号に
「生い立ちの歌」
「夜更け」
「或る女の子」
「時こそ今は……」
――とともにまとめて発表されました。
 
同号にはほかに
「落穂集」の標題付きで
「盲目の秋」
「更くる夜」
「わが喫煙」
「汚れっちまった悲しみに……」
「妹よ」
「つみびとの歌」
「無題」
「失せし希望」
――の8篇が掲載されています。
 
これら計13篇の詩は
すべて「山羊の歌」にも
再配分されて収録されます。
 

 
その2
 
「雪の宵」の雪は
ホテルの屋根に降る雪であり
過ぎ去った(女)のその手か、囁きかのようであり
暗い空から降る雪であるのに
 
「汚れっちまった悲しみに……」の雪のように
やわらかく
ほのかな熱があり
冷たいだけの雪ではないのは
雪が消してしまうはずの過去が
まだ息づいているからです。
 
雪は冷たいのですが
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上り
ふかふか煙突も
赤い火の粉も
今手に取れる近い過去の思い出のように
僕の心の中で跳(刎)ねているのです。
 
雪と煙や火の粉が
とろけあって
まるで「あったかい雪」を錯覚させます。
 
理詰めに追うと
「嘘っぽく」なってきますが
詩が「錯綜」しているわけではありません。
 
 
雪をモチーフにしているところが
「山羊の歌」の中では
「汚れっちまった悲しみに……」や
「生い立ちの歌」とともに「雪の宵」は
「雪3部作」といえる詩です。
 
これら雪を借りて歌われた恋は
どれもこれも
「過去のものになった恋」を示しながら
「現在」も消えていない「思い出」のような恋です。
 
「雪の宵」の恋は
「過ぎしその手か、囁きか」ですし
 
「汚れっちまった悲しみに……」の恋は
「なすところもなく日は暮れる……」どうすることもできない恋ですし
 
「生い立ちの歌」の恋は
「花びらのように」降る雪のようですし
個人の歴史に刻印された一こまでありながら
恋の「今」以外を歌っていません。
 
 
雪は
過去を消し去る存在でありながら
かつて確かに存在したことを証(あか)すものであり
過去を明るみに出し浮き彫りにする装置です。
 
雪中花の雪です。
花は恋です。
 
 
生い立ちの歌
 
   Ⅰ
 
    幼 年 時
私の上に降る雪は
真綿(まわた)のようでありました
 
    少 年 時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のようでありました
 
    十七〜十九
私の上に降る雪は
霰(あられ)のように散りました
 
    二十〜二十二
私の上に降る雪は
雹(ひょう)であるかと思われた
 
    二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪(ふぶき)とみえました
 
    二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……
 
   Ⅱ
 
私の上に降る雪は
花びらのように降ってきます
薪(たきぎ)の燃える音もして
凍(こお)るみ空の黝(くろ)む頃
 
私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸(さしの)べて降りました
 
私の上に降る雪は
熱い額(ひたい)に落ちもくる
涙のようでありました
 
私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生(ながいき)したいと祈りました
 
私の上に降る雪は
いと貞潔(ていけつ)でありました
 
 
汚れっちまった悲しみに……
 
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
 
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
 
汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む
 
汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
 
 
雪の宵
 
        青いソフトに降る雪は
        過ぎしその手か囁きか  白 秋
 
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁(ささや)きか
 
  ふかふか煙突(えんとつ)煙吐(けむは)いて、
  赤い火の粉(こ)も刎(は)ね上る。
 
今夜み空はまっ暗で、
暗い空から降る雪は……
 
  ほんに別れたあのおんな、
  いまごろどうしているのやら。
 
ほんにわかれたあのおんな、
いまに帰ってくるのやら
 
  徐(しず)かに私は酒のんで
  悔(くい)と悔とに身もそぞろ。
 
しずかにしずかに酒のんで
いとしおもいにそそらるる……
 
  ホテルの屋根に降る雪は
  過ぎしその手か、囁きか
 
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。
 
 
中原中也は「雪3部作」のほかに
「在りし日の歌」の「雪の賦」や
未発表作品の「雪が降っている……」や
晩年作「僕と吹雪」などを歌っていますが
これらも兄弟のような詩です。
 

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