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中原中也が訳したランボーの手紙・その1

「中原中也が訳したランボー」というタイトルで
ランボーの詩を読んできた流れの終りに
「中原中也が訳したランボーの手紙」を読むことにします。

中原中也は、
ランボーの作品では、韻文(詩)しか翻訳していませんが、
散文として手紙4篇を訳しています。

その4篇は、
①ドラエー宛書簡1873年5月、
②ベルレーヌ宛書簡1873年7月4日、
③同1873年7月7日、
④バンビル宛書簡1870年5月24日
――で、すべて雑誌に発表しています。

①と②は、「紀元」昭和9年新年小説号(昭和9年1月1日発行)、
③は、「苑」第二冊(昭和9年4月1日発行)、
④は、「ヴァリエテ」第6号(昭和9年6月5日発行)
――にそれぞれ発表されました。
制作は、いずれも発行日の3か月前(推定)です。

「紀元」に発表した散文ということで
「散文」の中の「生前発表翻訳散文」に分類・配置されます。

ランボーが「1873年5月」の日付けを記して
シャルルビル高等学校以来の友人エルネスト・ドラエーに宛てた手紙①は
「地獄の季節」執筆の経緯(いきさつ)を知る資料としても
重要な位置づけをされるもので
現在では、多くの翻訳が行われていますが、
中原中也は、これを
昭和9年1月1日発行の「紀元」新年小説号に発表しました。

「新字・新かな」表記で読みます。
洋数字変換したところもあります。
原作にない行アキを加え、読みやすくしてあります。

 *

 ランボー書簡1 ドラエー宛

シャルルビル在住
 エルネスト・ドラエー宛

               ライトゥにて(アティニー郡)
                     千八百七十三年五月

 拝啓、同封の水彩画ご覧になって、小生現在の生活がお分かりのことと存じます。
 おお自然よ! おおわが母よ! です。

   ペン画

〔空には、顕置台の上に、鋤を持った小さな無邪気な人物が居て、その口からはこんな言葉が出ている、《おお自然、おおわが妹!》――地には、上のよりもっと大きい男が、木靴を穿いて手にシャベルを持って、綿(めん)の頭巾を冠って花や草や木の中に立っている。草の所では鵞鳥がその嘴でこんなことを言っている、《おお自然、おおわが叔母!》〕

これらの田舎者達は、なんと朴訥な怪物達でしょう! 夕方には、2里の道を辿らなければならず、飲むためにはもっと歩かなければなりません。母が小生をこの悲しい土地に押し込めたのです。

   ペン画

〔『地獄の季節』が書かれた家、その家では又、印刷に付されたその小著はランボー自(みずか)らの手に棄却された、その家から眺められたローシュの部落。この素描の下方には《我が村、ライトゥ》とある。〕

 小生には、ここからどうして、抜け出したものか分かりません。どっちみち出るつもりではいますが、小生はシャルルビルと、カッフェ・ユニーベールと、図書館等を懐かしく思います……。勉強の方はキチキチと運んでいます。数篇の小話を書きました。それらには、異端の書、もしくは黒ん坊の書という題を付けるつもりです。それらの小話は愚直にして無辜なものです。おお無辜、無辜、無辜、無辜……もう沢山!

べルレーヌは、ノール・デスト紙の印刷者、ドバン氏と商議するという難題を貴下に持ち掛けたことと存じます。ドバン氏は、ベルレーヌの本(註。―『言葉なき歌』のこと。)を安く、小綺麗に作りもしましょう。ただ、ノール・デスト紙に使い古した活字を用いてさえくれなければよいと思います。

 右、自然の観賞に夢中だということをお知らせしたかったまでです。
 再会を期して貴下の手を握ります。
                                       R

 ベルレーヌは貴下に、18日日曜日、ブイヨンにて会いたい旨言ってやったことと思いますが、小生はその日は、行くことが出来ません。貴下が行かれれば、ベルレーヌはきっと、小生もしくは彼の散文の数篇を小生に返すようお托しすることと存じます。(註。―この会合はブイヨンで5月24日に行われた。そこでベルレーヌとランボーとは英国に向けて再度旅行することとなり、7月にはまた帰って来たが、かのブリュッセルでの不幸な事件は、ついで起こったことであった。)

 母はシャルルビルに来る6月中には帰ります。それは確かです。小生もあの綺麗な町に、暫く滞在したいものと思っています。

 太陽はやりきれなく、今朝は氷が張っております。一昨日は、人口1万の郡庁所在地、ブージェに例の普露西人達を訪ねました。ここから2里足らずの所です。それは小生の元気を回復させました。

 小生は今、大変困っています。1冊の本もありません。近くに居酒屋もなく町に事件もありません。なんとこのフランスの田舎のやりきれないことでしょう。小生の運命は、全くこの書(註。―『地獄の季節』のこと。)この狂暴な小話は、なお6篇ばかり書かなければなりません。その狂暴さを今ここで、どんなに申したらよいでしょうか? 既に出来上がっているのが3篇ありますが、(註。『地獄の季節』は9章よりなる。)今日はお送りしますまい、お金がかかるからです!(註。―ランボーは例によって、母から1銭も持たされず、うっちゃらかしにされていた。)やれやれ!
                             ではさようなら、御機嫌よう
                                            Rimb

近々に切手お送りしますから、普及版屋のゲーテのファウスト御送付下さい。送料は1スーだったと思っています。
 なお本屋の新刊中に、シェークスピアの訳本あらば、御報知下さい。
 その最近のカタログお送り下されば幸甚に存じます。
                                     R

※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、「新字・新かな」で表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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