ツイッター

  • 中原中也(bot)
    (詩の全文が読めるリンク付)
  • 「中原中也」に関するツイート

末黒野

中原中也全詩集

  • おすすめ本

広告

中原中也詩集

  • おすすめ本

« 夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<2>鈴木信太郎の「都に雨のふるごとく」 | トップページ | 夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<4>ベルレーヌとランボーの「出会いの瞬間」 »

夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<3>1973年の堀口大学訳「ヴェルレーヌ詩集」

堀口大学は
昭和2年(1927年)に
「ヴェルレエヌ詩抄」(第一書房)を出して以来、
1973年の「ヴェルレーヌ詩集」(新潮文庫第34刷)まで
すでに発表した訳詩に
度重ねて改訂を加え
新訳を追加しました。
 
2011年現在、
堀口大学の訳として読める
「ヴェルレーヌ詩集」は
この第34刷以後に大きな改変はなく
「最後の定本」といえるのですが
平成21年(2009年)には
第61刷を記録しています。
第34刷の改版は
81歳の仕事でした。
 
この定本までに
中原中也が読んだであろう
「言葉なきロオマンス」から
半世紀近くの時が流れましたが
鈴木信太郎訳と比較しても
どんな変更がなされたのかが想像できますから
「夜更の雨」を読む参考に
見ておくことにします。
 
「ヴェルレエヌ詩抄」では
「言葉なきロオマンス」のタイトルでしたが
「無言の恋歌」の章が立てられ
「忘れた小曲」は「その一」から「その九」まで
全作が訳されて収められています。
 
「巷に雨の降るごとく」は
「その三」の冒頭行にあり
 
雨はしとしと市(まち)にふる。
      アルチュール・ランボー
 
と、エピグラフも現代表記に改変されていますし
本文も新漢字、ひらがなへの変更など
現代かな遣いでの表記に変えられました。
 
「忘れた小曲」は
「わすられた」小曲と読むのでしょうか
そのまま「わすれた」小曲と読むのでしょうか
「わすれられた」とは読みにくいので
前者であるなら
歴史的表記の名残が
とどめられているということになります。
 
  ◇
 
無言の恋歌
 忘れた小曲
  その三
 
   雨はしとしと市(まち)にふる。
      アルチュール・ランボー
 
巷(ちまた)に雨の降るごとく
わが心にも涙ふる。
かくも心ににじみ入る
このかなしみは何やらん?
 
やるせなき心のために
おお、雨の歌よ!
やさしき雨の響きは
地上にも屋上にも!
 
消えも入りなん心の奥に
ゆえなきに雨は涙す。
何事ぞ! 裏切りもなきにあらずや?
この喪(も)そのゆえの知られず。
 
ゆえしれぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし。
恋もなく恨みもなきに
わが心かくもかなし。
 
        Il pleure dans mon cœur……
 
 
 *
 夜更の雨
 
――ヱ゛ルレーヌの面影――
 
雨は 今宵も 昔 ながらに、
  昔 ながらの 唄を うたつてる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
 と、見るヱ゛ル氏の あの図体(づうたい)が、
倉庫の 間の 路次を ゆくのだ。
 
倉庫の 間にや 護謨合羽(かつぱ)の 反射(ひかり)だ。
  それから 泥炭の しみたれた 巫戯(ふざ)けだ。
さてこの 路次を 抜けさへ したらば、
  抜けさへ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにや 相違も あるまい?
 
自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
  あかるい 外燈(ひ)なぞは なほの ことだ。
酒場の 軒燈(あかり)の 腐つた 眼玉よ、
  遐(とほ)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴つてる。
 
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
 
 

« 夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<2>鈴木信太郎の「都に雨のふるごとく」 | トップページ | 夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<4>ベルレーヌとランボーの「出会いの瞬間」 »

スポンサードリンク

「山羊の歌」〜羊の歌

未発表詩篇〜ダダ手帖(1923年〜1924年)

おすすめ本

中原中也の手紙から

中原中也の手紙

ランボー詩集

  • おすすめ本

中原中也が訳したランボー(はじめに)

ランボー詩集〜附録

ランボー詩集〜後記

ランボー〜ノート翻訳詩

ランボー〜翻訳草稿詩篇

ランボー