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ラフォルグ<7>上田敏「牧羊神」から

ジュール・ラフォルグは
どんな詩人だったのかと
それも
昭和初期に
どのように紹介されていたのだろうかと
探してみるのですが
「表徴派の文学運動」(アーサー・シモンズ、岩野泡鳴訳)とか
「信天翁の眼玉」(辰野隆、鈴木信太郎共著)や、
「近代仏蘭西象徴詩抄」(鈴木信太郎著)……などは
文庫本で読めるというわけではなく
いまだに
専門家、研究者、学者、好事家らにしか手の届かない
「高嶺の花」の状態で唖然とせざるを得ませんが
それらしきものが一つ。
 
新潮文庫の古書に
昭和28年(1953年)3月発行の「牧羊神」があり
これは
現在の岩波文庫「上田敏全訳詩集」(山内義雄、矢野峰人編)の
「前身」であろうと思われますが
この中の解説を
1952年(昭和27年)11月の日付で
矢野峰人が書いていまして
上田敏の業績のアウトラインが記されています。
 
この解説中に
ラフォルグに関するくだりがありますが
それは
上田敏が明治30年に訳出した
エミール・ヴェルハーレンの「悲哀」を引用する中のことになります。
 
上田敏訳のヴェルハーレン「悲哀」を
中原中也が読んだというものでもないのですが
(読んだかもしれませんが確定できるものでもありません)
漢文調の文語荘重体というのでしょうか
文学の言葉がこのようなものであったということを
知っていても無駄ではなさそうでもあるし
ここでこの解説の一部を読んでみます。
 
矢野峰人の解説は
トリスタン・コルビエルを案内する中で
ラフォルグにも触れ、
「悲哀」を引用しているのです。
(原文は、旧漢字・歴史的仮名遣いで表記されていますが新漢字に改めました。編者)
 
「(略)仏蘭西最近の哀観詩人、トリスタン・コルビエル、ジュル・ラフォルグは(既に没せし人のみを挙ぐれば)鬱憂の情緒に鋭利の刃を加へたり。大胆なる詩律の革新を道破して、微妙(いみ)じき成功ありしと共に根本の愁思を冷誚の文字に行りぬ。されば其最も侘しき歌を貫きて、怪しき歓、うれたき戯の走れるを覚ゆ。怜悧、人に秀れたる涙の市を、仏蘭西詩文に輸入したるは彼等なり。(略)」
 
そして
ジュル・ラフォルグの項で
 
象徴派に属するフランス詩人、その詩風は儕輩と大に趣を異にし、真の意味のユーモアとペイソスとに富み、繊細なる神経と複雑なる心理との泣き笑の状態を示す。また、フランス詩壇に於ける自由詩の開拓者としての功績も大きい。
 
と概括したあとで
「悲哀」からの引用を続けます。
 
 

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