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夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<5>ベルレーヌとランボー「放浪から破局まで」

謎のようなこの少年は、当時17歳だった。
 
堀口大学は
ベルレーヌとランボーとの
出会い〜放浪〜破局の物語を
こう書き出し、次のように続けます。
 
ヴェルレーヌは悦(よろこ)び迎えると、そのまま自室にとめ置いた。傲慢で粗野、人を人とも思わぬランボーの行動は、ヴェルレーヌ以外の全家族を憤慨させるが、ヴェルレーヌだけは、全面的に魅了され、陶酔しきっていた。ヴェルレーヌはランボーを後年「わが悪霊」と呼んでいるが、この不吉な呼び名も、彼の一生に及ぼした災厄(さいやく)の大きさを思えば、必ずしも言いすぎとばかりも言えないようだ。新婚一年そこそこの夫妻の間に決定的な不和を招いたのも、数年後の離婚の理由を作ったのも、この若い友人だったのである。飲酒癖を増長させ、後年の不治の固疾(こしつ)にまで悪化させ、自分の放浪癖の道づれに連れ出し、家族をも忘れさせたのも、実にこの17歳の少年詩人ランボーだったのである。
(「ヴェルレーヌ詩集」堀口大学訳、新潮文庫より)
 
ランボーは
ヴェルレーヌの家庭を破壊し
離婚の原因となった
少年詩人として現れました。
 
しばらく
堀口大学のとらえた
「ヴェルレーヌ&ランボー物語」に
耳を傾けてみましょう。
 
ランボーの若々しい美貌(びぼう)、高い背たけ、がっちりした体格、明るい栗色(くりいろ)の頭髪、気味悪いほど碧(あお)く澄んだ瞳(ひとみ)に、陶酔しきったヴェルレーヌは、急にこの頃から、家庭生活の単調さを厭(いと)い、文壇、詩壇の風潮をあまりにも人工的、社交的だとして嫌(きら)い、冒険と放浪と自由な天地を夢想するようになるのだった。すると、ランボーがそばから、得意の予言者主義を吹き込み、「見者にならなければうそだ。詩人は長い間の、そして故意の、感覚混乱によって見者になれる」と説き、修養さえ積めばヴェルレーヌにも、太陽の子としての原始の姿に立ちかえれるとまで、おだてあげた。弱い気質のヴェルレーヌは、この嵐(あらし)のような若い予言者の熱気にあおられ、言われるままに連れ立って、1872年7月、漂泊の旅に出発、ベルギーを経て、イギリスへ渡るが、これが決行されるまでの間に、マッティルド夫人が、夫ヴェルレーヌに対し、何ひとつ引き留める努力をしなかったのも、また事実のようだ。(同書)
 
 
 

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