鳥が飛ぶ虫が鳴く・中原中也の詩6「ノート小年時」ほか
中原中也の「未発表詩篇」に現われる鳥獣虫魚(動物)を
ピックアップしていきます。
「ノート1924」には
東京に出てきてから作った詩が幾つか記されています。
ダダが残りますが
明らかにダダを脱皮しつつある詩群です。
◇
「浮浪歌」
アストラカンの肩掛(かたかけ)に
口角の出た叔父(おじ)につれられ
「無 題」
緋(ひ)のいろに心はなごみ
蠣殻(かきがら)の疲れ休まる
明らけき土の光に
浮揚する
蜻蛉となりぬ
◇
ダダが動物の登場で
ダダらしからぬものになって
「まともな詩」ができた感じがしませんか?
<草稿詩篇(1925年―1928年)>
「地極の天使」
蜂の尾と、ラム酒とに、世界は分解されしなり。夢のうちなる遠近法、夏の夜風の小槌(こづち)の重量、それ等は既になし。
「無 題」
私は木の葉にとまった一匹の昆虫‥‥‥
それなのに私の心は悲しみで一杯だった。
「屠殺所」
屠殺所(とさつじょ)に、
死んでゆく牛はモーと啼(な)いた。
六月の野の土赫(あか)く、
地平に雲が浮いていた。
道は躓(つまず)きそうにわるく、
私はその頃胃を病(や)んでいた。
屠殺所に、
死んでゆく牛はモーと啼いた。
六月の野の土赫く、
地平に雲が浮いていた。
「夏の夜」
私の心はまず人間の生活のことについて燃えるのだが、
そして私自身の仕事については一生懸命練磨するのだが、
結局私は薔薇色の蜘蛛(くも)だ、夏の夕方は紫に息づいている。
「聖浄白眼」
曇った寒い日の葉繁みでございます。
眼瞼(まぶた)に蜘蛛がいとを張ります。
「冬の日」
外では雀が樋(とい)に音をさせて、
冷たい白い冬の日だった。
「秋の夜」
深い草叢(くさむら)に虫が鳴いて、
深い草叢を霧が包む。
◇
20篇中の7篇に動物が登場していますが
これが多いといえるのか少ないのか。
なんともいえません。
「屠殺所」は全行を掲出しました。
こんな名作が早い時期に生まれているという例として。
<ノート小年時(1928年―1930年)>
「女 よ」
さて、そのこまやかさが何処(どこ)からくるともしらないおまえは、
欣(よろこ)び甘え、しばらくは、仔猫のようにも戯(じゃ)れるのだが、
「冷酷の歌」
夕は泣くのでございます、獣(けもの)のように。
獣のように嗜慾(しよく)のうごめくままにうごいて、
その末は泣くのでございます、肉の痛みをだけ感じながら。
「雪が降っている……」
捨てられた羊かなんぞのように
とおくを、
雪が降っている、
とおくを。
「夏と私」
真ッ白い嘆かいのうちに、
海を見たり。鴎(かもめ)を見たり。
◇
「ノート小年時」はランボーの影響が漂うノートです。
ランボーの散文詩「少年時」を意識して
ノートのタイトルを「小年時」としたこともそうですが
中の「頌歌」はランボーの「感動(センサシオン)」のデフォルメといってもよさそうで
ほかにも影響を感じさせる詩がいくつかあります。
「頌歌」をここに引いておきます。
頌 歌
出で発(た)たん!夏の夜は
霧(きり)と野と星とに向って。
出で発たん、夏の夜は
一人して、身も世も軽く!
この自由、おお!この自由!
心なき世のいさかいと
多忙なる思想を放ち、
身に沁(し)みるみ空の中に
悲しみと喜びをもて、
つつましく、かつはゆたけく、
歌はなん古きしらべを
霧と野と星とに伴(つ)れて、
歌はなん、夏の夜は
一人して、古きおもいを!
(一九二九・七・一三)
ついでにランボーの詩「Sensation(センサシオン)」も引いておきましょう。
感動
中原中也訳
私はゆかう、夏の青き宵は
麦穂臑(すね)刺す小径の上に、小草(をぐさ)を踏みに
夢想家・私は私の足に、爽々(すがすが)しさのつたふを覚え、
吹く風に思ふさま、私の頭をなぶらすだらう!
私は語りも、考へもしまい、だが
果てなき愛は心の裡(うち)に、浮びも来よう
私は往かう、遠く遠くボヘミヤンのやう
天地の間を、女と伴れだつやうに幸福に。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは( )の中に入れ、一部、新漢字を使用しました。編者。
◇
「山羊の歌」や「在りし日の歌」などに収録された詩の
原詩(第1次形態)が「ノート小年時」には多々あります。
その間(はざま)にも名作がひっそり咲いているかのようなラインナップです。
「朝の歌」以後の詩ですから当然のことですが。
ぜひ、読んでみてください。
◇
以上を動物だけを列記しておきます。
アストラカン
蠣殻(かきがら)
蜻蛉
蜂
昆虫‥‥‥
牛
蜘蛛(くも)
蜘蛛
雀
虫
仔猫
獣(けもの)
羊
鴎(かもめ)
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