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中原中也詩集

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幸 福

 
  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
  無疵(むきず)な魂(もの)なぞ何処にあろう?
 
  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
 
私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱(のが)れ得よう。
 
ゴールの鶏(とり)が鳴くたびに、
「幸福」こそは万歳だ。
 
もはや何にも希うまい、
私はそいつで一杯だ。
 
身も魂も恍惚(とろ)けては、
努力もへちまもあるものか。
 
  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える。
 
私が何を言ってるのかって?
言葉なんぞはふっ飛んじまえだ!
 
  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える!

 

 

 


ひとくちメモ その1

「幸福」Bonheurに辿りつきました。

季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?

――の2行、とりわけ、後の1行が
多くの青春の中で
流行歌の一節(ひとふし)のように
諳(そら)んじられ、
口ずさまれ、
あるいは、心に刻まれ
口から口へと歌い継がれ
若い人々を勇気づけてきました。

そのあたりを鈴木信太郎は

日本に於いてもランボオは古くは先師上田敏に愛読され、その訳詩「酩酊船」の未定稿は1923年に遺稿として発表されたが、まだ一般には識られなかった。昭和初期1930年代に到ると、小林秀雄の激越な「ランボオ論」や、「地獄の季節」や、「酩酊船」の訳詩や、中原中也の「ランボオ詩集」の翻訳が、陸続と発表されて、忽ち若い世代に強烈な影響を与えた。恐らくその頃の青年で、「季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える」や、「また見付かつた、何が、永遠が、海と溶け合ふ太陽が。」などという句を、口遊(くちずさ)まなかったものはあるまい。

――と、昭和27年に刊行した
「ランボオ全集」第1巻の付録「ランボオ手帖」の中に記しています。
(新漢字を使用するなど、現代表記に改めました。編者。)

中原中也訳の「幸福」Bonheuは
「飾画篇」の13番目に配置されています。
「飾画篇」の、あと2篇を残すだけという位置です。

季節(とき)
城寨(おしろ)
無疵な魂(もの)
脱(のが)れ得よう
ゴオルの鶏(とり)
恍惚(とろ)けて

翻訳された詩を読んでいて
はじめに気づくのが
これらの「振り仮名」の
なんともいえない心地よさです。

中原中也は
「振り仮名の名手」と言えるほど
詩句に「ルビ」を振って
詩の言葉に独特の意味を付与したり
語呂をよくして、
音律を整えたりしたりという「技」に
様々なところで念を入れているのですが
この「幸福」は
その「技」が見事に実った例だということに気づくのです。

 

「ルビ」は
過剰になると
うるさく
暑苦しく
わずらわしく
詩そのものを損ねかねないものですが
この翻訳は
それがなければ「詩の味」が減退してしまうというほどに
「ルビ」が効いているのです。

ひとくちメモ その2

中原中也訳の「幸福」Bonheuは
「翻訳詩ファイル」に記された
七つの未定稿詩篇のうちの一つで
それが「ランボオ詩集」に収録されて
完成稿となった詩篇です。

「翻訳詩ファイル」にある7篇とは、
「(彼の女は帰つた)」(「永遠」の第1次形態)
「ブリュッセル」
「彼女は舞妓か?」
「幸福」
「黄金期」
「航海」の6篇と
ギュスタブ・カーンの詩1篇です。

「幸福」も
「翻訳詩ファイル」が第1次形態、
「ランボオ詩集」が第2次形態になり、
両者には異同が多いことから
別個に翻訳されたものと推定されているのは
「(彼の女は帰つた)」や
「彼女は舞妓か?」と同様です。

また、
中原中也の「幸福」は
昭和12年9月、
「ランボオ詩集」の発行元である
野田書房の雑誌「手帖」に発表され、
これは第2次形態異文となります。

「幸福」は
「地獄の季節」の中で
ランボー自身が引用している詩の一つですが
これを小林秀雄が訳し
昭和5年に発表、
中原中也がこの小林秀雄訳を参照したことは間違いなく
影響の跡がしばしば指摘されてきました。

これらの翻訳を
一つひとつ
見てみましょう。

まずは、
昭和4年~8年の制作(推定)とされる
「翻訳詩ファイル」の「幸福」です。

幸福   

おゝ季節、おゝ砦、
如何なる魂か欠点なき?

おゝ季節、おゝ砦、

何物も欠くるなき幸福について、
げに私は魔的な研究をした。

ゴールの牡鶏が唄ふたびに、
おお生きたりし彼。

しかし私は最早羨むまい、
牡鶏は私の生を負ふた。

この魅惑! それは身も心も奪つた、
そしてすべての努力を散らした。

私の言葉に何を見出すべきか?
それは逃げさり飛びゆく或物!

 おゝ季節、おゝ砦!

(「新編中原中也全集 第3巻 翻訳・本文篇」より)
※ ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

次に
「手帖」に発表した第2次形態異文。

幸福

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
  無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?
  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、

私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱(のが)れ得よう
ゴオルの鶏(とり)が鳴くたびに
「幸福」こそは万歳だ。
もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。
身も魂も恍惚(とろ)けては、
努力もへちまもあるものか。

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える。

私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える

(「新編中原中也全集 第3巻 翻訳・解題篇」より)

次に読むのは
「ランボオ詩集」収録の第2次形態です。
昭和11年6月~12年8月28日の間か、
昭和9年9月~10年3月末の間か
いずれかの制作(推定)とされています。

 幸福

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
  無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、

私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱(のが)れ得よう。

ゴオルの鶏(とり)が鳴くたびに、
「幸福」こそは万歳だ。

もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。

身も魂も恍惚(とろ)けては、
努力もへちまもあるものか。

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える。

私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える!

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

次に
小林秀雄訳「地獄の季節」の中の引用詩ですが、
これには詩題はありません。

季節(とき)が流れる、城砦(おしろ)が見える。
無疵な魂(こころ)が何処にある。

俺の手がけた幸福の
魔法を誰が逃れよう。

ゴオルの鶏(とり)が鳴くごとに、
幸福(あれ)にお礼を言ふことだ。

ああ、何事も希ふまい、
生(いのち)は幸福(あれ)を食ふ過ぎた、

身も魂も奪はれて、
意気地も何もけし飛んだ。

季節(とき)が流れる、城砦(おしろ)が見える。

幸福(あれ)が逃げるとなつたらば、
ああ、臨終(おさらば)の時が来る。

季節(とき)が流れる、城砦(おしろ)が見える。

ざっと読んですぐ分かるのは
「翻訳詩ファイル」の未定稿詩篇の
未完成さです。
直訳に止(とど)めて
声調を整えていないままの感じがあります。
しかし、よく読んでみると
詩の芯を外していませんから
素朴に原詩に触れる感覚を抱かせてくれて
これはこれなりの味を感じることができます。

もう一つは、
第2次形態は
小林秀雄訳の影響をもろに受けていることです。

もろに影響されながらも
用語に微妙な違いを
打ち出そうとしているところがはっきり見えます。

そして、
何度も読んでいると
これでよしとした詩人の心意気さえ感じられてきて
それがまた面白いところです。

ひとくちメモ その3

中原中也訳の「幸福」Bonheurは
昭和初期に
東京帝大仏文科の教授・鈴木信太郎の
「一番弟子」の位置にあった小林秀雄と
その文学仲間であった中原中也とが
コラボレーションで訳したような結果を生んでいるのですが
そのようなことが行われた事実は明らかになっていません。

中原中也と小林秀雄の
この頃の関係は
長谷川泰子をめぐる「奇怪な三角関係」(小林秀雄)にありましたから
まるで「鏡の関係」のように進行していた
ランボーの翻訳をめぐる関係は
背後に沈んでいるかのようです。

泰子をめぐる関係が
どのようなものであったにせよ
中原中也と小林秀雄は
「文学」の中で
「気の置けない仲」でありながら
一触即発の緊張を孕(はら)み続け、
ことさら、
ランボーをめぐっての関係は
一方(中原中也)が韻文詩の翻訳、
一方(小林秀雄)が散文(詩)の翻訳と
それぞれが体重をかける程度を違(たが)える方向を次第に選ぶようになり、
結果として、
韻文は中原中也、
散文は小林秀雄と「棲み分ける」ことになっていきます。

このような話し合いが持たれたわけでもないのに
文学の領域を
一定の時間をかけて
それぞれが選択することになりました。

この二人が
「幸福」を翻訳していた頃に
堀口大学、
西条八十、
金子光晴、
……ら、
ランボーの翻訳に取り組んでいたであろう文学者たちは
「幸福」の同時代訳を発表しませんでしたが
数少ない同時代訳に
一人、大木篤夫の訳がありますので
それをまずみておきましょう。

幸福

おゝ、季節よ、おゝ、城よ、
どんな魂が過(あやま)ちなかろう。

おゝ、季節よ、おゝ、城よ、

俺に習った、幸福の魔法を、
こいつは誰も免れぬ。

おゝ、奴は万歳だ、
勇ましいゴオルの雄鶏(おんどり)が歌う度に。

だが、もう俺は羨むまい、
奴が背負ってるんだ、俺の生活(くらし)は。

この魅力!それが心も身も奪って
すべての努力を蹴散らしたのだ。

俺の言葉が誰に解ろう、
飛んで逃げるようにされちまった。

おゝ、季節よ、おゝ、城よ。

(「近代佛蘭西詩集」1928年、ARS)
※ 新漢字、現代表記に改めました。編者。

 

大木篤夫の「幸福」は
同じ時代を生き
同じ時代に公開された作品という意味での
中原中也訳の「同時代訳」ですから
中原中也が読んだ可能性が残っていますが
その事実を裏付けるものはありません。

ひとくちメモ その4

中原中也訳の「幸福」Bonheurは、

季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?

――の、冒頭2行が
「永遠」の、

また見付かつた。
何がだ? 永遠。

――という冒頭2行と同列のインパクトで
初めてランボーを知った人の脳裡に
鮮やかに記憶され、
おっ、これが、ランボーって具合に
引きずり込まれていくきっかけになる詩であるようですが、
「幸福」の原詩は、

Ô saisons, ô châteaux,
Quelle âme est sans défauts ?

――で、フランス語を知らない人が読んでも
冒頭行と最終行のルフランが

季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、

――とは、読めないで

おお、季節よ、おお、城よ

――としか、読めないところを

流れる
見える、という動詞を補って訳されたのに触れて
誰でもが納得して
口ずさむようになったし
口から口へと伝わっていったワケが
手に取るように理解できます。

翻訳の勝利! というようなことが
ここで起こったワケです。

このように訳したのは
小林秀雄、中原中也だけでした。

他の訳を
見ておきましょう。

金子光晴訳
幸福

     このよい季節よ。うつくしい館(やかた)よ。
     誰だって、まちがいをしでかさないとはかぎらない。

     おお、よい季節よ。うつくしい館よ。

 誰にだってはずれっこのない
幸福の不可思議な術を僕は学んだ。

ゴールの雄鶏が‘とき’をつくると、
うまいぞ。そのたびに幸福をうむ。

ところで僕はもう幸福に用がない。
僕の一生はそのことで終わったのだ。

その魅惑(みわく)は、心も身も捉(とら)えて、
すべての労苦を追いちらした。

いくら喋ったって、なにをわからせることができよう?
言葉なんて、逃げて、ふっ飛ぶだけのことだ。

     おお、よい季節よ。うつくしい館よ。

(※‘とき’は、原作では傍点です。編者。)

堀口大学訳
幸福

     おお、歳月よ、あこがれよ、
     誰(たれ)か心に瑕(きず)のなき?

     おお、歳月よ、あこがれよ、

われ究(きわ)めたり魔術もて
万人ののがれも得ざる幸福を。

げにやゴールの鶏(にわとり)の久遠(くおん)の希望歌うたび
おお、幸福はよみがえる。

けだしやおのれ幸福を求めずなりつ
そを得てしその時よりぞ。

この妙悟(みょうご)、霊肉の二つを領し
一切の労苦は失(う)せつ。

わが言(こと)あげになん事か人解すべき?
まことそは、束(つか)の間(ま)に消えてあらぬに!

     おお、歳月よ、あこがれよ!

西条八十訳
季節よ、城よ

おお、季節よ、おお、城よ。
無疵な魂なぞ何処にあろう?

おれがつくった幸福の
魔法を誰が脱れ得よう。

だが、もうなんにも欲しかない、
おれは幸福でいっぱいだ。

この呪縛! 身も魂もがんじがらめ、
すべての努力を霧と消した。

このおれの言葉で何がわかろうぞ?
言葉なんぞふっ飛べだ!

 

おお、季節よ、おお、城よ。

ひとくちメモ その5

中原中也訳の「幸福」Bonheurについては
大岡昇平が、

十五年戦争が進み、一般に外国語を知る者が減ったので、当時の若者
はみな小林、中原訳でランボーを読み、「季節(とき)が流れる、お城が見
える」と歌ったのであった。
(「中原中也全集」解説・翻訳)

――と書いています。

これは、
大岡周辺だけの状況のように受け取られそうですが
「ランボオ詩集」の評判についてのコメントに続けて書かれたもので
世間一般の青年を見渡しての観察です。

「ランボオ詩集」は
春山行夫の否定的書評があったものの
おおかた好評をもって迎えられ
中でも「幸福」は
大岡のコメント通りの
小さな流行現象のようなインパクトで広がりました。

「小林、中原訳」という言い方が微妙ですが
富永太郎にはじまる「ランボーという事件」の中心に
二人がいたことは
動かしようにない事実でした。

戦争の足音が次第に高まっていく時代に
中原中也は他界してしまうのですが
「ランボオ詩集」は
自作詩集「山羊の歌」や「在りし日の歌」とともに
十五年戦争下の若者に読み継がれたのです。

そして、
戦後になって本格的なランボーの全集3巻本が
鈴木信太郎の監修で人文書院から発行され、
中原中也の翻訳も11篇が採用されたことによって
ランボー訳者としての中原中也は
自他共に認める評価を得ることになり
現在へと繋がります。

ランボー翻訳(研究)のその後については
いずれ触れることにして
戦後に発表された「幸福」の翻訳を
手当たり次第、
読んでおきましょう。

制作の順序も
なにもかも
アトランダムです。

寺田透訳

「地獄の季節」中の引用詩の訳ですから
題名はありません。

  おお季節よ、おお城よ。
  どの魂にも瑕はある。

幻妙の研究をして見たが
幸福、これは遁れえぬ。

ゴールの鶏の鳴くたびに
その幸福に敬礼だ。

ああもう羨望とは縁切りだ。
幸福がわたしの生はひきうけた。

身心そいつに魅惑され、
努力はみんなけしとんだ。

  おお季節よ、おお城よ。

そいつが逃げるときこそは、
哀れ、落命のときだろう。

  おお季節よ、おお城よ。

清岡卓行訳

「地獄の季節」中の引用詩の訳ですから
題名はありません。

おお季節よ、おお城よ!
どんな魂が、無疵なのだ?

だれも、避けては通らない幸福について
ぼくは、魔法のような研究をした。

敬礼だ、あいつに。
ゴールの雄鶏が鳴くたびごとに。

ああ! ぼくはもう羨望などしないだろう。
あいつが、ぼくの生活を引き受けたのだ。

この魅惑に、身も魂も捉えられ、
つらい努力は散り散りになった。

  おお季節よ、おお城よ!

それが逃げ去るときは、やんぬるかな!
どこかへ身まかるときだろう。

おお季節よ、おお城よ!

粟津則雄訳

「地獄の季節」中の引用詩の訳ですから
題名はありません。

 おお季節よ、おお城よ!
無疵(むきず)な心があるものか?

幸福の魔法をおれは究めてきた、
誰にもこれは逃げられぬ。

さあ幸福に挨拶だ、ゴールの国の
鶏が、歌い鳴くそのたびに。

ああ! もう何も欲しくない。
幸福に養われてきたこのいのち。

この呪縛、身も魂も奪われて
努める気持もすっ飛んだ。

  おお季節よ、おお城よ!

幸福が逃げてゆくときは、ああ!
おさらばのときとなるだろう。

 おお季節よ、おお城よ!

平井啓之訳

(※引用元の「テキストと実存」中の論考「ランボー『後期詩篇』の問題点」では題がつけられていません。編者)

おお季節よ、おお楼閣よ、
無傷な魂など世にあるものか?

おお季節よ、おお楼閣よ、

ぼくが究めた‘幸福’の
奥儀を、誰も避けられない。

おお 幸福万歳、彼のゴールの雄鶏が
鳴く音をあげるその度に。

まったくだ! ぼくはもう何も欲しくない、
幸福がぼくの生命を引き受けた。

この‘魅惑’! 身も魂もうばわれて、
努力もなにも散りうせた。

ぼくの言葉の意味だって?
言葉が飛んで逃げたのも彼のせいさ!

おお 季節よ、おお楼閣よ!

〔不幸がぼくを引込むときは、
 彼の不興がたしかなときさ。

 彼の侮りを身に受けては、ああきっと!
 即座にくたばることだろう!〕

ひとくちメモ その6

「幸福」Bonheurの翻訳で
最近のものをもう少し読んでおきます。

鈴木創士訳

 〔おお、季節よ、おお、城よ…〕

おお、季節よ、おお、城よ
無疵な魂がどこにある?

俺は魔術的な研究を行った
誰ひとり避けられない「幸福」について。

おお、幸福、万歳、
ガリアの雄鶏が鳴くたびに。

しかし! 俺はもう欲しがったりはしないだろう、
幸福が俺の人生を引き受けた。

この「魔力」! そいつが身も心も奪い、
あらゆる努力を蹴散らした。

俺の言葉を聞いて何を理解する?
幸福のせいで、言葉は逃げて、飛んでいく!

おお、季節よ、おお、城よ!

〔そして、もし不幸が俺を引きずるなら、
俺がその不興を買うのは間違いない。

その軽蔑は、ああ!
できるだけ早く俺を死にゆだねるべきなのだ!

――おお、季節よ、おお、城よ!〕

宇佐美斉訳

 〔おお 季節よ 城よ……〕

おお 季節よ 城よ
無疵な魂などどこにいよう

おお 季節よ 城よ

‘幸福’についてぼくは魔法の探究を行った
そいつは誰にも逃れられない

おお 幸福に万歳を言おう
あいつのガリアの雄鶏が歌うたびに

それにしても もはや欲しがりはすまい
あいつがぼくの生を引き受けたのだ

この‘魅惑’ こいつに身も魂も捉えられては
努力もみんなふっ飛んだ

ぼくのことばにどんな意味があるというのか
幸福のせいでことばはどっかへ飛んで逃げた

おお 季節よ 城よ

〔さて ぼくが不幸に引きずられるのなら
あいつの不興を買うのは必定(ひつじょう)だ

あいつの侮蔑を浴びるのなら ああ
すみやかにいまわの際(きわ)に導くがいい

おお 季節よ 城よ
――無疵な魂などどこにいよう〕 

※‘幸福’‘魅惑’は、原作では傍点になっています。編者。

鈴村和成訳

 〔季節よ、城よ、……〕

季節よ、城よ、
無傷なこころがどこにある?

季節よ、城よ!

逃れられない、《幸福》の
魔法を僕は研鑽した。

ゴールの鶏が鳴くたびに、
幸福には万歳だ。

そうさ! もう僕はなんにも欲しくない、
そいつが僕の人生を引き受けた。

この《魅惑》! 身もたましいも奪い去り、
努力なんかちりぢりさ。

僕の言葉のなにが分かる?
言葉なんか逃げて飛んでけ!

 

季節よ、城よ!

ひとくちメモ その7

中原中也訳の「幸福」Bonheurが
強い浸透力で
十五年戦争下の、
および、戦後の、
そして、現代の若者に
諳(そら)んじられ、
口から口へと歌い継がれていくのは、
まず、第一に

季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、

――のルフランの心地よさからであることは
間違いありません。

魅力のワケを
色々に分析することができるのですが
まずは

Ô saisons, ô châteaux (オー セゾン、オー シャトー)
というフランス語を、

季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、

――と、「流れる」と「見える」を補って、
●●●-●●●●、●●●●-●●●
3-4、4-3とリズミカルに仕立てた、というところに求めても
まったく間違いではないでしょう。

リズムを刻むために
「季節」を「とき」と2音に読ませ、
「城寨」を「おしろ」と3音で読ませました。

結果、ルビ(振り仮名)のわずらわしさが消え、
文字面(もじづら)がやわらかくなり
意味が明瞭になりました。

この1行で
このようなことが言えます。

この1行は3度現れるルフランですが
第2行の

無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?

――も、
●●●●-●●●●-●●●-●●●
4-4-3-3と、
リズムをくづさず、

第1行と対(ペア)になった第1連には
深遠な意味が加わりました。

季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?

――と読んで心地よいのは、
語呂がよいだけでなく
意味も通りやすい訳になっているということです。

ここには
原作者ランボーがこの詩に込めた
シャンソン(chanson)への思い入れもが
翻訳されている、ということが言えそうです。

音数律にこだわった詩人が
「幸福」を流れるシャンソン=唄の響きを
捕らえたのです!
まさしく
ミートしました。

第1連には
このようなことが言えます。

語呂のよさは、
全篇にわたっています。

第2連は、
4-4-5。(8-5)
4-3-3-3。(7-6)

第3連は、
4-3-5。(7-5)
4-3-5。(7-5)

第4連は、
3-4-5。
4-4-5。

第5連は、
2-5-5。(7-5)
4-4-5。(8-5)

第6連は、
4-3-7。(7-7)
3-4-7。(7-7)

この間に、
ルフラン3-4-4-3(7-7)が
3回挿まれます。

詩の構成は
原作ランボーのものですが
「流れる」と「見える」で補われたリズミカルなフレーズが
3回繰り返されると
強烈なインパクトで
読む人の感覚を揺らします。

脱(のが)れ
ゴオルの鶏(とり)
恍惚(とろ)けて

――というルビも
読み手の頭脳に
多重な意味を刻ませますし、

第3連の
「幸福」の「 」は
ランボーとベルレーヌの「愛」がかぶさっていて
卓抜です。

中原中也は
ランボーとベルレーヌのただならぬ関係さえも
意識的にか
直感的にか
翻訳したことを想像させて
驚かせるほどです。

 

言葉の意味の領域から
リズムの領域
……
それから
道化っぽい声調まで
「幸福」には
中原中也の「詩の技」がぎっしり詰まっています。

「幸福」Bonheurには

Ô saisons, ô châteaux
(オー セゾン、オー シャトー)

――が、3度のルフランで現れるのですが
これを

季節(とき)が流れる、城砦(おしろ)が見える。
※中原中也訳は「城寨(おしろ)」です。

――と、「流れる」「見える」を捕捉して訳したのは
小林秀雄と中原中也のほかにありませんでした。

翻訳というものは、
可能なかぎり原典を忠実に再現させるのが原則で、
削除したり補完したりすれば
改竄(かいざん)になりかねませんから
極力、回避するべきという考えが普通ですから
小林秀雄、中原中也のような冒険には
誰も踏み切らなかったということなのでしょう。

小林秀雄は
昭和13年に岩波文庫版「地獄の季節」の第1刷で
「流れる」「見える」を削除し、

ああ、季節よ、城よ、

――と、このルフラン行を
原詩に近づける改訳を行いましたが、
そこには、
「翻訳の冒険」への
自戒の意味が込められていたのかも知れません。

「新編中原中也全集」の編集委員である宇佐美斉は、
最近になって、
小林秀雄のこの改訳に触れた
詳細な論考を発表し、

小林は自身の旧訳の影響をつよく受けた中原がおそらくは若干の逡巡のすえにほぼそのまま踏襲してしまったのであろう二行の詩句を、死者へのはなむけとしてひそかに譲る気になったのではないだろうか。フランス詩の翻訳に関しては五歳年長の小林がつねに先輩格であったことも、そこには微妙に関与していただろう。
(「中原中也とランボー」所収「唄は流れる――いわゆる「幸福」訳をめぐって」)

――と、実に興味深い見解を述べています。

「死者へのはなむけとして」
「ひそかに譲る気になった」という推測に
やや引っかかるものがありますが
論考全体に説得力があり、
中原中也と小林秀雄という文学者の
「和解」という角度から見ても
「楽しい見方」です。

中原中也は
「翻訳詩ファイル」を残しており
中で「幸福」のルフランを

おゝ季節、おゝ砦、

――と訳出していますから
宇佐美斉は、
「流れる」「見える」を捕捉したのは
小林秀雄の翻訳であることの根拠の一つにしています。

「翻訳詩ファイル」の制作は
昭和4年から8年の間と推定されていて
一方、小林秀雄が「地獄の季節」を発表したのは
昭和5年でしたから
小林秀雄の「捕捉ありルフラン」が先に翻訳され
中原中也は、
それを「踏襲」したと考えるのが自然であろうというのです。

そもそも
「季節(とき)が流れる、城砦(おしろ)が見える。」としたのは
小林秀雄と中原中也とどちらが先か、
と問わなければ、
コラボレーション(共作)という考えが成り立ちはしまいか――。

学問・研究に
そんなゆるい考えは許されないのでしょうが
「ファンの立場」からは
学問・研究に伍す見解を述べるのは無謀というものですから、
ここではこれ以上のことは言わないことにしておきます。

 *

 幸福

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、
  無疵な魂(もの)なぞ何処にあらう?

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、

私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱(のが)れ得よう。

ゴオルの鶏(とり)が鳴くたびに、
「幸福」こそは万歳だ。

もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。

身も魂も恍惚(とろ)けては、
努力もへちまもあるものか。

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える。

私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!

  季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える!

 

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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