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中原中也の詩に出てくる「人名・地名」 8

中原中也が詩に登場させた「地名・人名」のうちの幾つかに
解説を加えてみます。
 
地名と人名を分けますが
出所は明示しません。
順序その他もアトランダムで案内します。
案内できるものを先行し
他は一つ一つにを調べるのに
時間がかかるものと予想されるからです。
 
 
「地名」をじっと眺めていますと
それが現われた詩が浮かんできたり来なかったり。
 
それで詩集を開いて
もう一度パラパラめくってみたり。
 
「山羊の歌」「在りし日の歌」の作品は馴染みが深く
あの詩の中の重要な位置をこの地名が占めているを発見し
満ち足りた気分になったりもして……。
 
 
【隼人】(はやと)
薩摩隼人の略。古代、現在の鹿児島県の薩摩や大隈に住んでいた人々のこと
を大和(やまと)の側から指した呼び方。
 
【大原女】(おはらめ)
京都郊外の古い町で、薪炭の産地として名高い大原の女。薪炭を売る姿
が独特。島田髷に手拭いをかぶり、薪を頭にのせて行商した。
 
【長門峡】(ちょうもんきょう)
山口市北東にある峡谷(きょうこく)。景勝地として有名で、中原中也
は生涯に何度か訪れている。
 
【丸ビル】
丸の内ビルディングの略。東京駅と皇居外苑の間の一帯。隣りの大手町とともにオフィス街として発展し、日本の金融・経済の中心地の一つ。東京都庁も、1991年、現在の西新宿に移転する前は、ここにあった。三菱グループの本社が集中していることでも知られている。昼間の人口と夜間の人口の差が大きいのが特徴で、平日の昼間はサラリーマンでにぎわう。
 
 
「生前発表詩篇」の「ピチベの哲学」の【チャールストン】とは
なぜここに「ダンス」が登場したのだったか――と
詩をひもといてみる気になりました。
 
 
ピチベの哲学
 
チョンザイチョンザイピーフービー
俺は愁(かな)しいのだよ。
――あの月の中にはな、
色蒼(あお)ざめたお姫様がいて………
それがチャールストンを踊っているのだ。
けれどもそれは見えないので、
それで月は、あのように静かなのさ。
 
チョンザイチョンザイピーフービー
チャールストンというのはとてもあのお姫様が踊るような踊りではないけれども、
そこがまた月の世界の神秘であって、
却々(なかなか)六ヶ敷(むつかし)いところさ。
 
チョンザイチョンザイピーフービー
だがまたとっくと見ているうちには、
それがそうだと分っても来るさ。
迅(はや)いといえば迅い、緩(おそ)いといえば緩いテンポで、
ああしてお姫様が踊っていられるからこそ、
月はあやしくも美しいのである。
真珠(しんじゅ)のように美しいのである。
 
チョンザイチョンザイピーフービー
ゆるやかなものがゆるやかだと思うのは間違っているぞォ。
さて俺は落付(おちつ)こう、なんてな、
そういうのが間違っているぞォ。
イライラしている時にはイライラ、
のんびりしている時にはのんびり、
あのお月様の中のお姫様のように、
なんにも考えずに絶えずもう踊っていりゃ
それがハタから見りゃ美しいのさ。
 
チョンザイチョンザイピーフービー
真珠のように美しいのさ。
 
 
【チャールストン】
「中原中也全詩集」(角川ソフィア文庫)所収の語註にアメリカ南部の町チャールストン発祥のダンスの一種。第一次大戦後ブームとなり、日本でも昭和初期に流行。
――と、的確な解説があります。
 
ロングスカートのヤンキー娘が両脚を交差させるような仕草の活発感あふれるダンスを
映像で見たことがある人は多いはずでしょう。
 
中原中也は
銀座や新宿などの繁華街かどこかで
実演を見たことがあったのでしょうか。
あるいは新聞や雑誌で見たのでしょうか。
 
モガ(モダンガール)として時代の先端を行っていた長谷川泰子を通じて
このダンスを知っていたということも大いに考えられます。
 
 
ピチベという人物の由来は不明ですが
これは詩人のことであると捉(とら)えて問題ないでしょう。
呪文を唱えるような職業の人物なのか
詩人が呪文を唱えているのか
ピチベと詩人が同じなら
どちらが唱えているかを詮索(せんさく)することもないでしょうが。
 
ピチベが
お月様は美しいと言いながら
「俺は愁(かな)しいのだよ」とも言っているところが
この詩の「肝」(きも)ですね。
 
月の中にはかぐや姫が住んでいるというイメージとのオーバーラップを意図したのか
それを否定しようとしたのか
チャールストンを踊るお姫様の姿は
月にいるので実際には見えないので月は静かなのだ。
 
けれども「ああして」お姫様が踊っているからこそ
月はあやしく美しい。
 
なんとも矛盾したようなことが歌われていて
でも、チョンザイチョンザイピーフービーなんて呪文をかけられて
ああそうか
真珠のように美しいのだと思わされてしまいます。
そういう詩です。
不思議な詩です。
あやしい詩です。
 
ますます「ピチベ」って誰だ?
お姫様って誰だ?
泰子のことか?
夫人となったばかりの孝子さんのことか?
――などと想像をたくましくしてしまいます。
 
タイトルの「哲学」も意味深長です。
「月の哲学」を主張したいのでしょうか――。
 
 
 
「地名」と「人名」を追っているうちに
こんな詩と再会することになるなんて
これだけで収穫があったようなものと満足します。
 
中原中也は「月」をよく歌います。
「山羊の歌」と「在りし日の歌」の巻頭部に
それぞれ「月」というタイトルの詩を配置していますし
この「ピチベの哲学」も月の歌ですね。
 
もちろん「花鳥風月」の「月」ではありませんが
「在りし日の歌」の中の絶唱「永訣の秋」に
「幻影」「月夜の浜辺」「月の光 その一」「月の光 その二」という詩群があり
それら「月光詩群」への流れへと響き合っていることにも驚かされます。
 
「ピチベの哲学」は
その意味でも目が開かれる思いでした。

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