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生きているうちに読んでおきたい名作たち9・「永訣の秋」京都のわかれ・「ゆきてかえらぬ」

その1

「正午」が「東京のわかれ」であれば
「ゆきてかえらぬ」は「京都のわかれ」と読むことができます。
「永訣の秋」に
二つの「街へのわかれ」は不可欠でした。
(※原詩は文語「ゆきてかへらぬ」ですが、ここでは口語表示にしました。編者。)

「大正十二年春、文学に耽りて落第す。京都立命館中学に転校する。生れて始めて両親を離れ、飛び立つ思ひなり」

――と後に「詩的履歴書」に京都の生活のはじまりは記されますが
この時からおよそ2年間が
中原中也の京都時代です。

「ゆきてかえらぬ」は
サブタイトルに「京都」とあるように
この京都時代を10余年後に回想する詩ですが
「永訣の秋」に収められて
自ずと回想を超えた意味を持つことは、

僕は此の世の果てにゐた。

――という、ただならぬ1行で
「永訣の秋」の冒頭詩がはじめられることで
すぐにもに理解できます。

このフレーズもどこかで聞いた覚えがあるので記憶をたどれば
「少年時」に思いいたるのは容易なことです。

地平の果に蒸気が立って、
世の亡ぶ、兆のようだった。
(第2連)

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めていた……
嗚呼、生きていた、私は生きていた!
(最終連)

 

――が、すぐさま浮かんできます。

 

その2

 僕は此の世の果てにいた。陽は温暖に降り洒《そそ》ぎ、風は花々揺っていた。

――という「ゆきてかえらぬ」の冒頭行は
そこが、地の果てでありながら温暖で花々が風に揺らいでいる
背反するするような場所であったことを歌います。

地の果てとは、
まだ16歳になる前にやって来た京都との距離感を示すものであっても
僻地(へきち)とか流刑地とかを指しているものではありません。

このあたりは
もろにランボーの詩の影響ですが
孤独な感情とか疎外された意識とかを物語っていることに
偽(いつわ)りがあるわけでもありません。

詩人は寄宿舎に入ったわけでもなく
遠く離れた生地を後に
中学生でよくも一人暮らしをはじめられたものと感心しますが
落第した現実は
きっと想像以上に深刻なものがあって
「地の果て」という意識が大げさではなかった時間を経験したのでしょう。

にもかかわらず
温暖な陽の光と風にそよぐ花々があったのですから
地の果ては結構過ごしやすい土地だった――。

実際の暮らしはどうだったか。

第2連は街の風景
木橋、埃り、ポスト、風車を付けた乳母車……とメタファーで描写します。

第3連は街の中の詩人
街に住む人に親類縁者がいるわけでもなく
風見の上の空ばかり見ている孤独なときを「仕事」と言っています。

第4連は
孤独でありながら退屈ばかりではなく
空気には「蜜」があったし
飲み食い暮らすよい場所だったと楽しかった思い出へ。

第5、6連はその中身。
煙草を吸うにも自分を律し
布団もなく、歯ブラシ1本、本1冊という質素さ。

第7連は女たちとの関係。
慕わしかったがみだりに会うことはなかった。

 名状しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

――と第8連では
暮らしの実態を総括します。

ここいらは

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めていた……
嗚呼、生きていた、私は生きていた!

――という「少年時」とピタリと対応しています。

(つづく)

ゆきてかへらぬ
      ――京 都――

 僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒《そそ》ぎ、風は花々揺つてゐた。

 木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々《あかあか》と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停つてゐた。

 棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者《みより》なく、風信機《かざみ》の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。

 さりとて退屈してもゐず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食すに適してゐた。

 煙草くらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかつた。

 さてわが親しき所有品《もちもの》は、タオル一本。枕は持つていたとはいえ、布団ときたらば影だになく、歯刷子《はぶらし》くらゐは持つてもいたが、たつた一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。

 女たちは、げに慕はしいのではあつたが、一度とて、会いに行かうと思はなかつた。夢みるだけで沢山だつた。

 名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。

        *           *
              *

 林の中には、世にも不思議な公園があつて、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情してゐた。
 さてその夜には銀色に、蜘蛛《くも》の巣が光り輝いてゐた。

 

 
※「新編中原中也全集」より。《》で示したルビは、原作者本人によるものです。

 

その2

「ゆきてかえらぬ」の第8連で

 名状しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

――と京都での一人暮らしの実態を総括的に回顧した詩人は
そこで終ったはずの詩に加えるようにして
最終連を記しました。

 林の中には、世にも不思議な公園があって、不気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。
 さてその空には銀色に、蜘蛛《くも》の巣が光り輝いていた。

――それがこの3行です。

第1連から第8連までを
簡約にしたかのような詩句です。

「林」とは、京都の街そのものでありましょう。
「公園」とは、近辺の知人友人隣人たちとの交流圏のことでありましょう。

最終行「さて」以下のフレーズに
この詩の最大のポイントがあります。

空に、銀色に光り輝く、蜘蛛の巣。

蜘蛛の巣があり
蜘蛛のイメージは見えませんが
巣の奥に蜘蛛は潜んでいる。

ひっそりとしていて
確固としていて
不気味で
得体の知れない
恐ろしいような
俗から超然として
しぶとい生命力のある
魔物のような
人を魅惑する存在――。

不気味なほどにもにこやかな
女や子供、男達散歩していて
僕に分らぬ言語を話し
僕に分らぬ感情を、表情していた
世にも不思議な公園の中にいた
孤絶した詩人が発見したものが
銀色に輝く蜘蛛の巣でした。

 

外側から蜘蛛の巣を見ただけで
その中の世界がどんなものか
明確に見たわけではありませんが
目の覚めるような銀色の輝きに
詩人は「生」そのものを見たに違いありません。

 

その3

 名状しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

――という「ゆきてかえらぬ」の第8連と

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めていた……
嗚呼、生きていた、私は生きていた!

――という「少年時」の最終連は
同じことの異なる表現といってよいほどに対応しているのですが
銀色に輝く蜘蛛の巣は
ギロギロする目がようやく探り当てたかのような生そのものでありながら
ほかの言葉で言ってしまうのは憚(はばか)られるもの。

ズバリ言ってしまえば
詩の道。

魔性(ましょう)と言えば過剰だが
生命の原型と言えばおとなし過ぎる
文学の道に魅惑(みわく)されたということでしょうか。

それに向けて高まり逸る気持ちを
いまや距離をおいて眺めている
遠い日への回顧なのです。

「ゆきてかえらぬ」は
公刊された自選詩集である「山羊の歌」「在りし日の歌」を通じて
珍しい散文詩ですが
その「センテンス」は過去形「た」で終わっています。

果てにいた。
揺っていた。
停っていた。
仕事であった。
適していた。
吹かさなかった。
ものだった。
思わなかった。
沢山だった。
高鳴っていた。
表情していた。
光り輝いていた。

――と「たたたた」と動詞の過去形か過去を表わす助動詞で終始します。

銀色の蜘蛛の巣が光り輝いていたのも
過去のことなのです。

「少年時」の少年が10歳ほどの年齢であるとすれば20年、
「ゆきてかえらぬ」の京都の暮らしのはじめから15年。

みんな遠い日のことになり
もう帰ってくることはない。

 

そうした過去をノスタルジーに流さないで
一歩距離をおいて見ようとすれば
(対象化し客体化しようとすれば)
散文詩にするしかなかったということになります。

 

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