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夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<1>堀口大学の「巷に雨の降る如く」

「在りし日の歌」第3番の「夜更の雨」は、
ポール・ベルレーヌの詩で
「巷に雨の降る如く」のフレーズが有名な
「言葉なき恋歌」を下敷にしています。
 
「言葉なき恋歌」は
現在でこそ
いくつかの翻訳を読むことができますが
中原中也が「夜更けの雨」を作ったであろう昭和初期には
堀口大学や上田敏、鈴木信太郎らによる
限られた翻訳しか読めませんでした。
 
角川新全集は
堀口大学訳を同時代訳として参照していますから
まず
それを読んでみますと
 
「言葉なきロオマンス」2 
      雨は静かに市(まち)にふる。
       アルチュウル・ラムボウ
 
巷に雨の降る如く
われの心に涙ふる
かくも心に滲(にじ)み入る
この悲みは何ならん?
(「ヴェルレエヌ詩抄」第一書房、昭2)
 
「言葉なき恋歌」の
フランス語原本には
第一詩群「忘れられた小曲」の章題がありますが
堀口大学は
章立てを無視して訳したようです。
 
中原中也は
原本のメッサン版全集を
大正15年5月に購入していますから
日本大学予科文科に在籍していた頃
大学に通うのは熱心ではなかったのかもしれませんが
フランス語やフランスの象徴詩への関心は
並々ならぬものであったことが分かります。
 
堀口大学訳で読んだのか
ほかの訳だったのか
ベルレーヌとランボーのパリ彷徨を知っていたのか
ブリュッセルでのベルレーヌの発砲事件や
「言葉なき恋歌」が監獄で書かれたことなどを
中原中也は知っていたのか
……
 
詩作品の外で展開した
ベルレーヌとランボーの「劇」が
自分の詩の確立に命がけだった
この時期の詩人・中原中也に
どのように受け止められていたのか
……
 
昭和元年、
19歳の詩人の足取りを
もう少し追いかけてみます。
 
 *
 夜更の雨
 
――ヱ゛ルレーヌの面影――
 
雨は 今宵も 昔 ながらに、
  昔 ながらの 唄を うたつてる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
 と、見るヱ゛ル氏の あの図体(づうたい)が、
倉庫の 間の 路次を ゆくのだ。
 
倉庫の 間にや 護謨合羽(かつぱ)の 反射(ひかり)だ。
  それから 泥炭の しみたれた 巫戯(ふざ)けだ。
さてこの 路次を 抜けさへ したらば、
  抜けさへ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにや 相違も あるまい?
 
自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
  あかるい 外燈(ひ)なぞは なほの ことだ。
酒場の 軒燈(あかり)の 腐つた 眼玉よ、
  遐(とほ)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴つてる。
 
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
 
 
 

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