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中原中也の詩に出てくる「人名・地名」10

「地名・人名」を通覧して
めぼしいものに解説を加えていますが
「寄り道」になることが楽しく
「迷子(まいご)」になればもっと楽しいのかもしれません。
 
 
【カラカネ】 
「カラ」は「唐(から)」、「カネ」は「金」または「銅」のことらしく、「唐金」「唐銅」と書いて「カラカネ」と読むことが推奨されています。唐の時代に「青銅」が生産され、その製法が日本に伝わり、その製法で作られた「金(かね)」を「カラカネ」と呼んで使い分けました。
 
【ボヘミアン】 
ロマは、かつてはジプシーと呼ばれ、蔑(さげす)まれたことが多く、「ジプシー」は、そのため差別的な呼称として使われなくなっています。移動生活者として知られてきましたが、現代では定住する者も多いことが知られています。自由奔放な生活をしていて、フランスなどではボヘミアからやってきたロマをボヘミアン(流浪の人)と見なしました。ビゼーの小説「カルメン」やプッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」には、主役として登場しています。中原中也は、「ボヘミアンな詩人」ネルバルの作品を翻訳していて、(かつては私も)に使ったときにはネルバルのことが頭の中にあったかもしれません。(かつては私も)を掲出しておきます。
 
 
(かつては私も)
 
かつては私も
何にも後悔したことはなかった
まことにたのもしい自尊(じそん)のある時
人の生命(いのち)は無限であった
 
けれどもいまは何もかも失った
いと苦しい程多量であった
まことの愛が
いまは自ら疑怪(ぎかい)なくらいくるめく夢で
 
偶性(ぐうせい)と半端(はんぱ)と木質(もくしつ)の上に
悲しげにボヘミヤンよろしくと
ゆっくりお世辞笑いも出来る
 
愛するがために
悪弁(あくべん)であった昔よいまはどうなったか
忘れるつもりでお酒を飲みにゆき、帰って来てひざに手を置く。
 
 
【ガリラヤ】 
イエスが宣教をはじめた地として有名な「ガリラヤの丘」。この丘は「ガリラヤ湖」という「海」にも面しています。パレスチナの地名。現在のイスラエル北部とヨルダンの一部を含む地域です。
 
【マグデブルグ】 
ドイツの都市の名前。17世紀、この町の市長ゲーリケは「大気圧」の存在を証明する実験を公開で行いました。その実験で用意したのが金属製の半球で、これを「マグデブルグの半球」と後世の人が呼び習わし、中原中也も使ったのです。この半球二つを密着し、中を真空にすると引っ張っても離れなかったことで、大気圧を証明しました。「マグデブルグ」が現われる「地極の天使」は、河上徹太郎へ中原中也が宛てた手紙の中に同封されていたもので、「文学界」(昭和13年)に「中原中也の手紙」として紹介された後、この手紙は戦災で焼失したため、原稿が存在しない作品です。河上は「中原中也の手紙」でこの詩を紹介して後の昭和28年に「詩人との邂逅」のタイトルで再び案内し、「アヴァンギャルド精神の典型」と論評しました。「地極の天使」の最後の部分を引用しておきます。
 
 マグデブルグの半球よ、おおレトルトよ! 汝等祝福されてあるべきなり、其(そ)の他はすべて分解しければ。
 マグデブルグの半球よ、おおレトルトよ! われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、汝等ぞ、讃(たた)うべきわが従者!
 
 
詩語を一つ一つ分析し解釈しているうちに
「意味の迷宮」の中に入り込んで
詩そのものと遠く離れてしまいそうになります。

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