「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・4「逝く夏の歌」
その1
「生活者」第9号に
「都会の夏の夜」とともに発表された詩の一つに
「逝く夏の歌」はあり
この詩もやがて「山羊の歌」に収録されます。
◇
逝く夏の歌
並木の梢(こずえ)が深く息を吸って、
空は高く高く、それを見ていた。
日の照る砂地に落ちていた硝子(ガラス)を、
歩み来た旅人は周章(あわ)てて見付けた。
山の端(は)は、澄(す)んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んで来るあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。
風はリボンを空に送り、
私は嘗(かつ)て陥落(かんらく)した海のことを
その浪(なみ)のことを語ろうと思う。
騎兵聯隊(きへいれんたい)や上肢(じょうし)の運動や、
下級官吏(かきゅうかんり)の赤靴(あかぐつ)のことや、
山沿(やまぞ)いの道を乗手(のりて)もなく行く
自転車のことを語ろうと思う。
◇
「逝く夏の歌」を読むと
並木の梢(こずえ)が深く息を吸って、
空は高く高く、それを見ていた。
(第1連)
山の端(は)は、澄(す)んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
(第2連)
風はリボンを空に送り、
(第3連)
――のような「擬人法」と
飛んで来るあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。
(第2連)
――のような「暗喩」がからみあう複雑さにぶつかります。
その上に
私は嘗(かつ)て陥落(かんらく)した海のことを
その浪(なみ)のことを語ろうと思う。
騎兵聯隊(きへいれんたい)や上肢(じょうし)の運動や、
下級官吏(かきゅうかんり)の赤靴(あかぐつ)のことや、
山沿(やまぞ)いの道を乗手(のりて)もなく行く
自転車のことを語ろうと思う。
――と「類推」や「連想」だけでは想像もできない
この詩人固有の題材(体験や記憶)が混ざる構成であることを知ります。
◇
擬人法、喩、「私的」題材……。
これらが重層するため
イメージが錯綜しそうですが
決してそうならないのは
「逝く夏の歌」のタイトル(=テーマ)から
一歩もはみ出さない求心力が
この詩にあるからです。
夏が終わって、その後に、秋がやってくるという
「季節の移り変わり」に焦点を向けたのではなく
夏が終わったことそのものを歌う詩ですから
「逝った夏」から離れていないのです。
◇
この詩の最大の謎(なぞ=難しさ)はおそらく
「陥落した海」や
「その浪」や
「騎兵聯隊や上肢の運動」や
「下級官吏の赤靴」
「乗手もなく行く自転車」にあります。
これらは
作者である詩人も見たことのない未体験の話です。
それを題材にしていることを
初めてこの詩を読む人が知ることはできません。
◇
「陥落した海」とは
どうやら日露戦争の「旅順港」で
日本軍が陥落させたロシア軍の要塞のことです。
詩人は幼時、
父謙助が赴任した旅順へ
母に負われて滞在したことがありますから
その時のことを後になって繰り返し繰り返し聞かされ
記憶に残るはずもないこの「経験」を
あたかも目で見、耳で聞いたかのように記憶に刻みました。
それらのことを
「語ろうと思う」と歌ったのです。
◇
最後に現われる「乗手もなく行く自転車」は
旅順の「経験」ではないかもしれませんが
やはり遠い日の経験でありそうです。
◇
その2
梢が息を吸って空は見ていた
旅人は見付けた
山の端は清くする
私が塗っておいた
風が送る
……
第1連、第2連、第3連冒頭行の主語と述語だけを追えば
このようになります。
各連が
擬人法を交互に使っているのが分かります。
擬人法は第3連冒頭行まで使われて消え
以降、末行まで「人間=私」を主語とします。
◇
始めに出てくる「旅人」は「私=詩人」らしく
後半連の主格も「私」であることに気づけば
この詩の骨格は見えたことになります。
逝く夏を歌う主人公は
旅人であり
私である
詩人です。
◇
全体の骨格が見えて
ふたたび詩を読み返してみれば
第2連
飛んで来るあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。
――の「暗喩(あんゆ」が立ちふさがります。
擬人法の中に紛れ込むようにある
「私」が「飛行機に」「昆虫の涙を塗っておいた」という動作が
どのような意味を表現しているのかと立ち止まります。
この2行の「意味」を受け止めないことには
この詩を読み進むことはできません。
◇
ここでも
前後関係あるいは全体から類推するという方法にたより
想像力をフルに生かすしか手はありません。
なぜ昆虫か
なぜ涙か
昆虫の涙を飛行機に塗る、という行為に
詩人は何を込めたのか――。
◇
近景と遠景。
過去と現在。
「風」が時空を移動するバネになって……。
遠い遠い日の「記憶」が
ざわざわと蠢(うごめ)きはじめます。
◇
こんな時に
詩人は
詩人の歌いたいものを見出します。
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