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「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・7「朝の歌」

その1
 
「悲しみの朝」「黄昏」を読んできた流れで「朝の歌」を読むのも
「生活者」に発表されて後に「山羊の歌」に配置される詩だからですが
「悲しみの朝」「黄昏」は昭和4年9月号発表ですが
「朝の歌」は10月号の発表になります。
 
「朝の歌」が「生活者」に発表されていたこと自体に目を見張らされますが
「生活者」への発表は「スルヤ」よりも後のことになり
2度目の発表(第2次形態)です。
 
この詩にまつわるエピソードは数多くあるため
詩そのものを読むには「妨(さまた)げ」になるほどですから
ここでは詩を読むことに集中しましょう。
 
 
朝の歌
 
天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙(すき)を 洩(も)れ入(い)る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽(ぐんがく)の憶(おも)い
  手にてなす なにごともなし。
 
小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
  諫(いさ)めする なにものもなし。
 
樹脂の香(か)に 朝は悩まし
  うしないし さまざまのゆめ、
森竝(もりなみ)は 風に鳴るかな
 
ひろごりて たいらかの空、
  土手づたい きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。
 
 
この詩が、文語57調のソネットであり
詩人自らが書いた創作歴「詩的履歴書」(昭和11年)に
 
「大正十五年五月、『朝の歌』を書く。七月頃小林に見せる。それが東京に来て詩を人に見せる最
初。つまり「朝の歌」にてほゞ方針立つ。(略)」
 
――とあることくらいは
押さえておいたほうがよいかもしれませんが
知らなくてもよいでしょう。
 
そんなことを知らなくても
この詩を読むことができます。
 
 
天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙(すき)を 洩(も)れ入(い)る光、
 
――とはじまる第1連の2行を
「雨戸」から洩れて入っている朝の陽光が
寝床から見上げる天井へと伸び
朱色に燃えている、という情景を浮かべることができれば
この詩の世界へ入り込んでいます。
 
そうすれば
詩人は今、寝床にあり
遅い朝を迎えていますが
その詩人と同じ位置に自分を重ねていることになります。
これは詩を「体験」しているようなことです。
 
 
鄙(ひな)びたる 軍楽(ぐんがく)の憶(おも)い
  手にてなす なにごともなし。
 
この行は、「軍楽」の読みがさまざまに可能ですが
ここでは戸外から鼓笛隊の演奏が聞えてきて
(洗練されない)鄙びた音をあたりに響かせている
特定の誰かが聞き耳を立てていて
喝采を浴びているというわけでもない
その所在なげな響きが
気も遠くなるような「平和」なのです。
 
 
その音が止(や)んでみれば
小鳥の声さえも聞えない昼に近い時間帯
垣間見えた空はうっすら透明な青(はなだ色)の快晴らしい。
首を回して空を覗くのも
億劫(おっくう)な詩人。
 
昨晩の酒が残り
怠惰に休んでいるひとときを
だれもとがめるものもありません。
 
 
その2
 
第3連
樹脂の香に 朝は悩まし
うしないしさまざまのゆめ
 
――の「樹脂の香」は
平成の現在でこそほとんど嗅ぐことのできなくなった
木造建築が発する「脂(やに)」の匂いで
第1連の「戸の隙(すき)を 洩(も)れ入(い)る光」の「戸」と同じように
昭和初期の庶民の家屋に当たり前の景色でした。
 
詩人が借りて住んでいた下宿に
脂の滲み出る柱があったものか
近くの新築中の現場の木材からの匂いか
いろいろと考えられます。
 
鼻を突く匂いは不快なものではなく
朦朧(もうろう)とした目覚めの時間に
小さな覚醒をうながす清涼なものでしたが
その樹脂の香に
詩人はうしなった夢を呼び覚まされるのでした。
 
 
朝は悩まし
――は、さりげなく置かれたようなフレーズですが
穏やかに流れていたこの詩の時間が
ここで「内的に」動き出します。
 
他人にとやかく言われるようなことの何もなかった時間が
樹脂の香が呼び水となって
詩人の心をもざわざわと揺らしはじめます。
 
森竝が風に鳴るのを聞くのですが
詩人はまだ寝床から起き出しません。
 
 
第4連になって初めて
詩人の「目」が
広々とした空を見るようですが
実際に空を見たものか……。
 
見たとすれば
時が経過し
詩人は寝床から起き出して
雨戸を開け放ち
東京の中野か杉並あたりの
昼過ぎの空へ連なっていく「土手」を目撃したということになります。
 
 
詩人が寝床から立ち上がり
雨戸を開け放って空を眺めやったとなると
朱の光の反映を天井に見ていたときから
しばしの時間が流れて
詩人は覚醒したことになります。
 
 
東京にも土手はありますから
起き抜けに見た土手の景色を歌っておかしくはないのですが
うしなわれた時を「悩まし」く振り返るのですから
第4連は詩人の思念の中にある風景であると取ったほうが自然でしょう。
 
眼前に土手を見たとしても
その土手を見ているうちに
故郷の土手がかぶさってきます。
 
失われたゆめを振り返る思念の中に
故郷山口の土手が入り込んできます。
 
 
「うしないしさまざまのゆめ」は
つい最近失ったものばかりでなく
幼時から現在にいたる長い時間を孕(はら)んでいて
森並を揺する風にいざない出されるのです。
 
いつしかそこに
故郷の土手が現われ
その土手を伝って
空へ消えて行ったあの夢この夢。
 
なんと美しかった夢の数々!
 
 
その3
 
「黄昏」につづき「朝の歌」を読んで
二つの詩の類似性に気づいた人は
少なくはないはずです。
 
その一つが「失う=うしなう」という言葉使いです。
「黄昏」で歌われた「失われたもの」が
「朝の歌」には「うしないし さまざまのゆめ」として現われました。
 
二つの詩は
その詩世界への入り口に
この「失う=うしなう」という言葉を置いているようです。
 
二つの詩の世界へ入るのに
「失う=うしなう」という言葉が目印になります。
 
 
もう一つの類似性は
第3連と第4連の間にある
時間や空間の「切断」とか「飛躍」とかです。
 
「黄昏」を思い出してみれば
 
なにが悲しいったってこれほど悲しいことはない
草の根の匂いが静かに鼻にくる、
畑の土が石といっしょに私を見ている。
 
――竟(つい)に私は耕やそうとは思わない!
じいっと茫然(ぼんやり)黄昏(たそがれ)の中に立って、
なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩(あゆ)みだすばかりです
 
――という、この第3連と第4連の間のことです。
 
この「間」には
「時間の経過」や
「空間の移動」(または、その直前の静止)があります。
 
 
「朝の歌」では
 
森竝(もりなみ)は 風に鳴るかな
――と歌った後に
しばらくの時間があり、
その時間は停止していますが
やがて、
ひろごりて たいらかの空、
  土手づたい きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。
――と続いていきます。
 
ここにある「時間の経過」を読めば
「ひろごりて たいらかの空」は
「はなだ色らし」の空と異なる空であることに気づかされます。
 
 
寝床にあって「はなだ色らし」の空は
詩人が眼前に目撃している空(の色)ではなく
戸のすき間から洩れる光の具合を見てはなだ色「らしい」と感じた空ですが
「ひろごりて たいらかの空」は
微妙に変色した遅い朝の(昼過ぎの)生気を失った空(の色)で
詩人はこの空を実際に眺めたものかもしれません。
 
この「時間の経過」の中に思念は生まれ
目前に見える空に
故郷の空が混入してくるのです。
 
 
「黄昏」と「朝の歌」の
二つの詩のどちらが先に作られたかは確定できません。
 
どちらが先の制作であるかを知ることは重要なことですが
「山羊の歌」では
「朝の歌」が5番目
「黄昏」が9番目に置かれました。
 
どちらも「初期詩篇」22篇のうちの
前半部に配置されていますが
「朝の歌」が「黄昏」より前に置かれたというところに
詩人の意図があることは間違いありません。
 
 
どのような意図があったのでしょうか。
 
少年時
みちこ
羊の歌
――という明確な「テーマ性」で編集された「山羊の歌」の後半部に比べて
「初期詩篇」は「初期」という「時間軸」でまとめられたのですから
詩人の意図は見えてきません。
 
テーマ(性)そのものが詩人に見えていなかった時代の詩篇ということになりますが
テーマに沿って収斂(しゅうれん)し
深みを増していく詩群とは違って
多彩で多方向な詩篇が
味わい尽くされないままに蠢(うごめ)いているところが
「初期詩篇」の世界のようです。
 
 
「初期詩篇」の半数(11篇)が「生活者」発表です。
「初期詩篇」のまだ半分も読んでいません。

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