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四行詩

 
星は汝が耳の核心に薔薇色に涕(な)き、
無限は汝(な)が頸(うなじ)より腰にかけてぞ真白に巡る、
海は朱(あけ)き汝(なれ)が乳房を褐色(かちいろ)の真珠とはなし、
して人は黒き血ながす至高の汝(なれ)が脇腹の上……

 

 

 


ひとくちメモ その1

「四行詩」Quatrainは
ランボーの妹イザベルの夫パテルヌ・ベリションが
便宜的に付けたもので
もとはタイトルのない詩です。

「母音」の由来が
「地獄の季節」中の「錯乱Ⅱ」で
「言葉の錬金術」によって作られたものとする
ランボー自身の種明かしがありますが
この「四行詩」も
錬金術によって生れた詩のようです。

耳、
項(うなじ)から腰、
乳房、
脇腹――

これら人間の肉体、とりわけ女性の肉体の部分を
色で表すとこうなる、という詩で
「俺は母音の色を発明した。」という「母音」と
繋がっています。

耳は、バラ色
首から腰は、真白
乳房は、褐色(かちいろ)
脇腹は、黒――となりますが
そんなに単純ではなく
星はお前の耳の真ん中でバラ色に泣いている
無限はお前の首から腰にかけて真っ白に巡り
海は朱色のお前の乳房を褐色の真珠と化し
そして人(男)は黒い血を流す最高のお前の脇腹の上を……
――と、肉体の部分の色は、
森羅万象(星、無限、海、人)のイメージと絡まりながら
万華鏡のような色彩の乱舞となります。

音も聞えてこなければなりませんが
「俺は翻訳を保留した。」とあるように
色彩とともに、
韻、喩、律動などの音が
翻訳されることなどあり得ないことはすでに宣言されています。
(「保留した」という言い方は、わずかな可能性をほのめかしてはいますが)

ここで突然、李白、杜甫、白楽天などの詩が想起されてしまいます。
唐詩(漢詩)制作上のルールのことが
ランボーのアイデアの中にあってもおかしくはない、と
だれもが思い至るに違いない
字数、句数、押韻、対句、平仄……といったルールと
ランボーの試みた詩作とが
ダブってくるのです。

ここに深入りはしませんが
「四行詩」と絶句(五言、七言)は
パッと見て分かる共通点を持ちますし
パッと見ただけでは見えない別物かもしれませんが
一応、比べて見ても無駄にはならないはずのものです。

L’étoile a pleuré rose au cœur de tes oreilles,
L’infini roulé blanc de ta nuque à tes reins,
La mer a perlé rousse à tes mammes vermeilles
Et l’Homme saigné noir à ton flanc souverain.

これは
ランボーの「四行詩」の原文です。
フランス語を少し知っていれば
各行の頭と末尾の韻が見えるはずです。

絶句では五言で
知らない者はいないほど
有名な孟浩然(もうこうねん)の「春暁」

春眠不覚暁
処処聞啼鳥
夜来風雨声
花落知多少

春眠 暁を覚えず
処処 啼鳥を聞く
夜来 風雨の声
花落つることを知る多少ぞ

この詩も
漢語の発音ができるだけで
行末の韻=脚韻が踏まれているのが
判然としています。
「曉」「鳥」「少」は
漢音で「ぎょう」「ちょう」「しょう」ですから
中国語の発音を知らなくても韻とわかります。

 

韻を翻訳しようなんて
所詮、無理ということが分かろうということですが
古今東西の翻訳者は
多少なりとも
韻をさえ翻訳しようとしてきた形跡があり
その歴史に満ちています。

ひとくちメモ その2

「四行詩」Quatrainは

L’étoile星
L’infini無限(永遠)
La mer海
Et l’Homme (そして)人(男)

――を行頭に主語として置いていますから
星は、
無限は、
海は、
人(男)は、
――と訳せば、
逐語的な訳になり
中原中也もそうしていますが
ここを意訳して原作に近づこうとする訳者もあって
人それぞれの個性的な訳ができあがります。

ベルレーヌの案内――

○彼は決して平板な韻は踏まなかつた。
○しつかりした構へ、時には凝つてさへゐる詩。
○気儘な句読は稀であり、句の跨り一層稀である。

――を思い起こしたり
「見者の詩論」と突き合わせたりして
この「四行詩」もそのように作られているものと
目を凝らして読み返すのが習いになり
ランボー作品の中で最も短いこの詩の各行を
原作に当たってまでして
何度も何度も口ずさんでみることになります。

L’étoile a pleuré rose au cœur de tes oreilles,
L’infini roulé blanc de ta nuque à tes reins,
La mer a perlé rousse à tes mammes vermeilles
Et l’Homme saigné noir à ton flanc souverain.

これを
中原中也の同時代訳である
西条八十訳で読んでみると――

星は君が耳のさなかに薔薇色に泣き、
無限は君が項(うなじ)より腰へと白くまろびぬ。
海は、君があかき乳房に鳶色(とびいろ)の真珠をちりばめ
かくて、男は君がこよなき脇腹に黒き血を流しぬ。
(中央公論社「アルチュール・ランボー研究」より)

――となります。

西条八十訳の「四行詩」は
昭和5年発行の「世界文学全集」の
第37巻「近代詩人集」(新潮社)に収録されていますから
中原中也は読む可能性の中にありましたが
読んだか否かは分かりません。

短い詩なので
同時代訳だけではなく
他の訳と比べて読めるチャンスでもありますから
少し脱線してみますと――。

金子光晴の訳は――

 四行詩

 星は、君の耳殻に墜(お)ちて、薔薇色(ばらいろ)にすすり泣き
君の頸(くび)すじから、腰のあたりへ、無限がその白さをころがした。
君のあたたかい乳房は、あこや珠に照りはえてゆらめき、
男は、その妙なる横腹に、黒い血を流した。
(角川文庫「イリュミナシオン アルチュール・ランボオ」より)

――となります。

堀口大学の訳は――

 四行詩
   別題 ヴィナス生誕

星泣きぬ、ばら色に、汝(な)が耳の、奥の奥。
無窮まろびぬ白妙(しろたえ)に、汝(な)が首(うなじ)より臀(いしき)かけ。
朱真珠(あけまだま)海の置けるよ、茜(あかね)さす汝(な)が胸に、
かくてこそ男たち、黒々と血をしたたらす、たぐいなき汝(な)がわき腹に。
                                Quatrain

 

――となります。

ひとくちメモ その3

「四行詩」Quatrainの
中原中也以外の訳を
もう少し見ておきましょう。

粟津則雄の訳は、

(星はおまえの耳のただなかで……)

星はおまえの耳のただなかで薔薇色に泣き、
無限はおまえのうなじから腰へと白くめぐり、
海は朱いおまえの乳房で褐色の玉となり、
男はおまえの至高の脇腹で黒い血を流した。
                 L’Étoile a pleuré……

――となります。

新城善雄の訳は、

星は薔薇色に泣いた おまえの耳の中心で
無限は白くめぐった おまえの首筋から腰へと
海は褐色の玉となった おまえの朱色の乳房で
そして男は黒い血を流した おまえの至上の脇腹で

――となります。

この訳が載っている「ランボー母音文学機械」(創樹社)は
ランボーの詩の
十四行詩「母音」と
四行詩(星は薔薇色に泣いた……)と
「涙」の3作品を「母音製図機」と呼び
フランスの哲学者ドゥルーズの「文学機械」のコンセプトを借りながら
「母音」を起点とする(に隠された)謎として分析し
解き明かそうとした研究書です。

鈴木創士の訳は、

(星はおまえの耳のまんなかで…)

星はおまえの耳のまんなかで薔薇色の涙を流した、
無限はおまえのうなじから腰にかけて白く転がった
海はおまえの朱色の乳房で赤茶色お雫となった
そして「人間」はおまえの至高の脇腹で黒い血を流した。

――となります。

宇佐美斉の訳は、

(星は薔薇色に泣いた……)

星は薔薇色に泣いた きみの耳の中核で
無限が白く走った きみの項(うなじ)から腰へと
海は赤茶色の玉となって浮かんだ きみの朱い乳首で
そして男は黒い血を流した きみの神々しい脇腹に

――となります。

鈴村和成の訳は、

(星はきみの耳の核心に……)

星はきみの耳の核心にバラ色の涙をながし、
無限はきみのうなじから腰へと白くめぐる、
海はきみの朱の乳首に褐色の真珠をかざり、
そして《人》は至高のきみのわき腹に黒い血をながす。

――となります。

今、手元にあるのは
これほどですが
名のあるランボー訳者は
ざっと数えるだけで30人を下りませんから
少なくとも30通りの翻訳が存在するはずです。

しかし、短詩であるゆえにか
「四行詩」は
それぞれの訳に
それほど差異は認められません。

ここで
まったく突然のことになりますが
ランボーの「四行詩」は
中原中也の創作詩「みちこ」にどこか似ている! という
ひらめきが涌きましたので
ここに引いておくことにします。

「みちこ」は
「山羊の歌」の中の「みちこ」の章のトップにあり
「汚れつちまつた悲しみに……」の前にあります。

女体を歌った詩が
なぜここに置かれているのか――
ランボーの「四行詩」の様々な形を読んでいて
その謎が少し解けるような
ひらめきがありました。

あくまで、ひ・ら・め・き・ですが。

 ◇

 みちこ

そなたの胸は海のやう
おほらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あをき浪、
涼しかぜさへ吹きそひて
松の梢をわたりつつ
磯白々とつづきけり。

またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしゐて
竝びくるなみ、渚(なぎさ)なみ、
いとすみやかにうつろひぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆
沖ゆく舟にみとれたる。

またその顙(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡の夢をさまされし
牡牛(をうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯しぬ。

しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かひな)して
絃(いと)うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
海原はなみだぐましき金(きん)にして夕陽をたたへ
沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
空になん、汝(な)の息絶ゆるとわれはながめぬ。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

 *

 四行詩

星は汝が耳の核心に薔薇色に涕き、

無限は汝(な)が頸(うなじ)より腰にかけてぞ真白に巡る、

海は朱(あけ)き汝(なれ)が乳房を褐色(かちいろ)の真珠とはなし、

して人は黒き血ながす至高の汝(なれ)が脇腹の上……

 

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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