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末黒野

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シーザーの激怒

 
蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻咥(くわ)えて歩いている。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思う、
曇ったその眼(め)は、時々烈しい眼付をする。
 
皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き飽きしている。
かねがね彼は思っている、俺は自由を吹消そう、
うまい具合に、臘燭のようにと。
自由が再び生れると、彼は全くがっかりしていた。
 
彼は憑(つ)かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫えていたか? 何を口惜(くや)しく思っていたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼(め)は曇っていた。
 
恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでいた、
ーーサン・クルーの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるよう
その葉巻から立ち昇る、煙にジッと眼(め)を据えながら。
 
〔一八七〇、十月〕
 
 
 
 

ひとくちメモ その1

「シーザーの激怒」Rages de Césarは
古代ローマ皇帝、シーザーに喩えて
時の第2帝政の皇帝、ナポレオン3世を風刺した作品。

ナポレオン3世は
ナポレオン・ボナパルトの弟ルイの息子として生まれ、
1848年から1852年まで第2共和制の大統領、
1852年から1870年まで第2帝政の皇帝として在位、
この詩をランボーが作った当時は、
対プロシャ戦争を指揮する最高責任者ですから
相当、危険な内容でした。

顔面蒼白の男が、花咲く園を、
黒衣に身を包み、葉巻をくわえて歩んでいる。
蒼白の顔で、チュイルリーの花々(女たち、とりわけ皇后)を思っている。
曇った目に、時々、険しさがみなぎる。

皇帝は、過去20年間に行った饗宴の数々にうんざりしている。
前から彼は思っている、俺は自由なんて吹き消してしまおう、
うまい具合に、ろうそくの火のように、と。
自由がまた生まれて、彼は、茫然としていた。

彼は憑かれていた。その結ばれた口びるに、
誰の名前が震えていたか? 何がそんなに口惜しかったか?
誰にも、それは分からない、もともと皇帝の目は曇っていた。

おそらくはメガネをかけたあの教父、教父のことを恨んでいた、
――サン・クルーの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるように
くわえた葉巻から立ちのぼる、煙をジッと見すえながら。
                           1870年10月

チュイルリーは、パリのチュイルリー宮殿のこと。1564年にカトリーヌ・ド・メディシスにより建てられ、1871年のパリ・コミューンで火災にあい、倒壊した。
サン・クルーは、パリ近郊にあったナポレオン3世の離宮のこと。

1870年には、帝政は崩壊寸前
プロシャとの戦争は敗北が火を見るより明きらか。
そんな時、
花咲く庭園を
葉巻をくわえて散策する皇帝は
巻き起こる自由の声をつぶそうとし、
教父のヤツを憎々しく思っていた。
くゆらせた葉巻の煙が立ちのぼるのを
ジッと見つめながら。

ここに登場する教父は
プロシャに宣戦布告した当時の宰相エミール・オリヴィエのことで
原語Compereには「相棒」の意味があるそうです。
(「新編中原中也全集」第3巻 翻訳・本文篇)


 
ナポレオン3世が
教父を恨んだ理由は分かりませんが
ランボーは
仲間割れの事実を知っていたのでしょうか、
知らなくても
皇帝も教父も「同じ穴のムジナ」ですから
皮肉な眼差しを送っても不思議ではありません。

ひとくちメモ その2

「シーザーの激怒」Rages de Césarで
顔面蒼白の男、シーザー
すなわちナポレオン3世はどこにいるか――。

チュイルリー宮殿でもなく
サン・クルーの離宮でもなく
黒衣を装い、葉巻をくわえて歩むのは……

1870年9月2日、スダン陥落に際して、
ナポレオン3世はプロシア軍の捕虜となり、
そのとき幽閉されたヴィルヘルムスヘーエ城の庭園といわれています。
(宇佐美斉訳「ランボー全詩集」脚注)

ということまで分かれば
囚われの身になった原因の一つが教父で
そのことで教父を恨んでいる、という構図が見えますが
その事実があったのか
あったとすれば
それほどはっきりした歴史的事実に基いた詩というのにも
驚かされます。

<現代語訳による>
シーザーの激怒

顔面蒼白の男が、花咲く園を、
黒衣に身を包み、葉巻をくわえて歩んでいる。
蒼白の顔で、チュイルリーの花々(女たち、とりわけ皇后)を思っている。
曇った目に、時々、険しさがみなぎる。

皇帝は、過去20年間に行った饗宴の数々にうんざりしている。
前から彼は思っている、俺は自由なんて吹き消してしまおう、
うまい具合に、ろうそくの火のように、と。
自由がまた生まれて、彼は、茫然としていた。

彼は憑かれていた。その結ばれた口びるに、
誰の名前が震えていたか? 何がそんなに口惜しかったか?
誰にも、それは分からない、もともと皇帝の目は曇っていた。

おそらくはメガネをかけたあの教父、教父のことを恨んでいた、
――サン・クルーの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるように
くわえた葉巻から立ちのぼる、煙をジッと見すえながら。
                           1870年10月

「激怒」とは何だろう、という疑問が残りますが、
それを考えさせるのが
この詩の狙いかもしれません。

 *

<新字・新かな版>
シーザーの激怒

蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻咥えて歩いている。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思う、
曇ったその眼(め)は、時々烈しい眼付をする。

皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き飽きしている。
かねがね彼は思っている、俺は自由を吹消そう、
うまい具合に、臘燭のようにと。
自由が再び生れると、彼は全くがっかりしていた。

彼は憑かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫えていたか? 何を口惜(くや)しく思っていたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼(め)は曇っていた。

恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでいた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるよう
その葉巻から立ち昇る、煙にジッと眼(め)を据えながら。
                    〔一八七〇、十月〕
                
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新字・旧かな版>
 シーザーの激怒

蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻咥へて歩いてゐる。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思ふ、
曇つたその眼(め)は、時々烈しい眼付をする。

皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き/\してゐる。
かねがね彼は思つてゐる、俺は自由を吹消さう、
うまい具合に、臘燭のやうにと。
自由が再び生れると、彼は全くがつかりしてゐた。

彼は憑かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫へてゐたか? 何を口惜(くや)しく思つてゐたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼(め)は曇つてゐた。

恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでゐた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるやう
その葉巻から立ち昇る、煙にジツと眼(め)を据ゑながら。
                    〔一八七〇、十月〕

 

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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