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「一筆啓上、安原喜弘様」昭和6年10月8日、9日

その1
 
有名な易者というのは高島易断系の占いのことでしょうか
昭和6年9月下旬(推定)に母・フクに宛てた手紙の日付けからまもなく
弟・恰三は死んでしまいます。
 
この頃の手紙にそのことは直接書かれません。
 
しかし、「70 10月8日 安原喜弘宛 葉書」は
どうも賑やかにしすぎました、神経不調の折柄、――ほいなきことでありました。
――と書き出される、葉書にしては長めの文ですが
「弔い酒」を過剰に嗜(たしな)んだ跡をうかがわせます。
 
 
恰三の死は手紙に書かれることはなかったのですが
そのことは詩人が受けた衝撃の大小を示すものではありません。
手紙の文にできなかったものこそが
詩に書かれたということもできます。
 
恰三の死に関しては
やがて小説「亡弟」が書かれることになりますが
死の直後に書かれたのは詩でした。
 
それが
71 10月9日 安原喜弘宛 封書
――という、封筒だけが現存する「記録」となります。
中には
未発表詩篇「疲れやつれた美しい顔」、「死別の翌日」が同封されていました。
 
ここで、二つの詩を読んでおきましょう。
 
 
疲れやつれた美しい顔
 
疲れやつれた美しい顔よ、
私はおまえを愛す。
そうあるべきがよかったかも知れない多くの元気な顔たちの中に、
私は容易におまえを見付ける。
 
それはもう、疲れしぼみ、
悔とさびしい微笑としか持ってはおらぬけれど、
それは此(こ)の世の親しみのかずかずが、
縺(もつ)れ合い、香となって蘢(こも)る壺(つぼ)なんだ。
 
そこに此の世の喜びの話や悲しみの話は、
彼のためには大きすぎる声で語られ、
彼の瞳はうるみ、
語り手は去ってゆく。
 
彼が残るのは、十分諦(あきら)めてだ。
だが諦めとは思わないでだ。
その時だ、その壺が花を開く、
その花は、夜の部屋にみる、三色菫(さんしきすみれ)だ。
 
 
死別の翌日
 
生きのこるものはずうずうしく、
死にゆくものはその清純さを漂(ただよ)わせ
物云いたげな瞳を床にさまよわすだけで、
親を離れ、兄弟を離れ、
最初から独りであったもののように死んでゆく。
 
さて、今日は良いお天気です。
街の片側は翳(かげ)り、片側は日射しをうけて、あったかい
けざやかにもわびしい秋の午前です。
空は昨日までの雨に拭(ぬぐ)われて、すがすがしく、
それは海の方まで続いていることが分ります。
 
その空をみながら、また街の中をみながら、
歩いてゆく私はもはや此(こ)の世のことを考えず、
さりとて死んでいったもののことも考えてはいないのです。
みたばかりの死に茫然(ぼうぜん)として、
卑怯(ひきょう)にも似た感情を抱いて私は歩いていたと告白せねばなりません。
 
 
 
その2
 
豪徳寺の酒場で大酔いして下宿に帰ると死亡の電報が来ていた。
 
――と大岡昇平は、弟・恰三の訃報を受け取ったときの中原中也の様子を伝えています(旧全集「詩Ⅱ」解説)。
 
小田急線豪徳寺駅周辺は
2013年現在も鄙(ひな)びたところのある路地や商店が残っていて
この地に立つと中原中也が飲んだ酒場を自然と探す眼になっていることがあるのですが
もちろん見つかるはずがありません。
 
吉田秀和を前年(昭和5年)秋に知ったのも
この駅から三つ先へ行ったところの砧(きぬた、成城学園駅近く)でしたから
下宿の南新宿(当時は千駄ヶ谷新田駅か山谷駅)を基点に
小田急線に乗って豪徳寺へも成城学園へも出掛けたことが想像されます。
 
昭和4年に住んでいた渋谷町神山も
渋谷駅へ出て帝都電鉄(井の頭線)で下北沢へ出るよりも
歩けば小田急の東北沢駅や代々木上原駅へもわけなく行けた距離でした。
 
 
「70 10月8日 安原喜弘宛 葉書」にある
どうも賑やかにしすぎました、神経不調の折柄、――ほいなきことでありました。
――は、恰三の死を知った後に安原喜弘と飲んだ酒についての記述ですから
渋谷とか麻布とかで飲んだのかもしれませんが
豪徳寺や南新宿やであっても不思議ではありません。
 
 
未発表詩篇「疲れやつれた美しい顔」、「死別の翌日」が同封された「71 10月9日」書簡は
「72 10月16日」の
「元気もなんにもありません。自分ながら情けない気持で生きています。」とはじまる手紙へつながっていきます。

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