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どこにもいない「恋人」/「妹よ」

その1
 
「わが喫煙」に続いて配置されるのは
またしても「恋愛詩」の絶品「妹よ」です。
 
 
妹よ
 
夜、うつくしい魂は涕(な)いて、
  ――かの女こそ正当(あたりき)なのに――
夜、うつくしい魂は涕いて、
  もう死んだっていいよう……というのであった。
 
湿った野原の黒い土、短い草の上を
  夜風は吹いて、 
死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、
  うつくしい魂は涕くのであった。
 
夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
  ――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった……
 
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
 
◇ 
 
この詩には
タイトルである「妹」
その「妹」を3人称で示した「かの女」
「わたくし」
――が現われます。
 
「妹」と「かの女」は同一人物のはずですが
「かの女」が現われるのは
行頭と行末の「――」で挟まれてのことで
よく読めば
「わたくし」も同様に「――」に挟まれて現われます。
 
どちらも詩人の「地の声」を示す「――」の間に現われるのです。
 
 
「かの女」も「わたくし」も現実の存在を示していますが
「かの女」である「妹」が涕く声には
この世のものではないような非在感があります。
それはこのような詩の構造が第一に生み出すものです。
 
いったい「妹」は
どこに存在するのだろうか、という眼差しで
読者は詩行を辿ることになります。
 
 
すると
「妹」はどこにもいないのです。
 
声だけが聞えているのですが
声の出ている場所は見えません。
 
湿った野原の黒い土、
短い草の上を
夜風は吹いて、
……
 
そのただ中から
死んだっていいよう、死んだっていいよう
――という声が聞えるだけです。
 
まるで夜風が声そのもののようです。
 
その2
 
死んだっていいよう
――という声が聞えてきても姿は見えず
夜風が吹いているだけ。
 
夜の彼方(かなた)の
「み空」は高く、
吹く風はこまやか……。
 
 
「み空」の下にいるのはわたくし(詩人)だけです。
 
そのために
わたくしには祈ることしかできないのです。
 
そばにいて
生きる執着を放棄しようとしている「妹」に
手を差し伸べることができない――。
 
「妹よ」の「よ」は呼びかけを表わしますが
相手はそこにいないのです。
 
 
そこにいない女性(妹)は
長谷川泰子であるに違いありません。
 
死んだっていいよう、死んだっていいよう
――と「甘え」を含んだ声調で泣いているのは
泰子のはずです。
 
その泰子の「いいよう、いいよう」という声に応えて
詩人は兄になったのです。
「妹よ」と応じたのです。
 
 
何かの折にそういう応答が
2人の間にあったのでしょう。
 
それは危機の時ではなく
幸福な時であったのでしょう。
 
「いも(妹)」と「せ(兄)」の間柄のような。
 
 
あの時にも十分に応えられなかったではないか……。
 
いままた応えることができない……。
 
 
風の声を聞きながら
「み空」に向かって
詩人は祈るほかにありません。
 

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