食器戸棚
古き代の佳い趣味(あじ)あつめてほのかな檞材(かし)。
食器戸棚は開かれてけはいの中に浸っている、
古酒の波、心惹くかおりのように。
満ちているのは、ぼろぼろの古物(こぶつ)、
黄ばんでプンとする下着類だの小切布(こぎれ)だの、
女物あり子供物、さては萎んだレースだの、
禿鷹の模様の描かれた祖母(ばあさん)の肩掛もある。
探せば出ても来るだろう恋の形見や、白いのや
金褐色の髪の束、肖顔(にがお)や枯れた花々や
それのかおりは果物のかおりによくは混じります。
おおいと古い食器戸棚よ、おまえは知ってる沢山の話!
おまえはそれを話したい、おまえはそれをささやくか
徐(しず)かにも、その黒い大きい扉が開く時。
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ひとくちメモ その1
中原中也訳の「ランボオ詩集」を
読み進めます。
「谷間の睡眠者」の次にあるのは
「食器戸棚」Le Buffetというタイトルの
これまで読んだ詩とは一風変わって
マチスに通じる室内描写か、と
目を凝らしたくなる作品です。
とはいっても
ランボーがとらえたのは
台所用品としての食器戸棚というより
古いワインの香りが心を引く
古物や古い下着類や布切れやレースなどがしまわれてある
収納用のタンスのようなもののアップで
第2連以下に登場するのは
婆さんの肩掛けや
探せばきっと出てくる恋の形見や
ブロンドの髪の束や
肖像画や
枯れてドライフラワーになった花や
それらには果物の香りさえほのかに漂う
クローゼットのような
押入れのような
不用品や思い出のつまった品々を収納しておくキャビネットに近いもののようです。
おお年季の入った食器戸棚よ!
お前は、知っているのだね、たくさんの物語を。
お前は、それを話したがっているのだね
しずかに
しずかに
その黒い大きな扉が開く時……。
「しずかに」を「徐かに」と当てる
言葉使いは
中原中也独特のものでしょう
詩人の実作の中で紡がれる言葉が
自然に翻訳の中に現われます。
開ける気持ちがあるならば
埋もれてしまった
誰も知らない歴史の秘密が
明らかになりますよ、などとランボーが言いたかったかどうか
中原中也には
「村の時計」(「在りし日の歌」)という作品があり
どこだかは特定できないある村に
古びた大きな時計があって
それは今でも時を打つ仕事をしている
時を知らせる前には
ぜいぜいと鳴る
それがどうしたという、なんのこともない内容の詩ですが
それを、ふっと連想させるかもしれません。
日常生活にひろったモチーフにしても
爆弾が仕掛けられてあるかにみえて
そうでもなさそうで
そのなんでもない情景描写にとどまるところがよい
これから何かがはじまる、というところで
終わってしまう詩――
ひとくちメモ その2
「食器戸棚」Le Buffetと大岡昇平
「食器戸棚」Le Buffetは
大岡昇平がその著作「中原中也」中の
「中原中也全集」解説「翻訳」の章で伝えるエピソードが
広く知れわたっています。
大岡昇平は
昭和3年に私は中原と知り合ったわけだが、その頃から漠然とランボーの韻文詩を全訳しようという意図を持っていた。小林秀雄にも『地獄の季節』『飾画』を訳す意図があり、一部ははじめられていた。(中略)
個人的な回想を記すなら、私は昭和3年、2か月ばかり中原からフランス語を習った。飲み代を家から引き出すための策略だが、『ランボー作品集』をテクストに、一週間の間に各自、一篇を訳して見せ合った。私の記憶では中原が「飾画」を、私が「初期詩篇」を受け持った。彼は「眩惑」「涙」などを、私は「谷間の睡眠者」「食器戸棚」「夕べの辞」「フォーヌの頭」「鳥」「盗まれた心」を訳し、二人で検討した。「盗まれた心」は中原が昭和5年1月「白痴群」第5号に訳載したヴェルレーヌ「ポーヴル・レリアン」に中に含まれている。
――と記しているのですが
中に「食器戸棚」が見えます。
「初期詩篇」を大岡昇平が分担し
「飾画」を中原中也が分担して
それぞれが翻訳し
出来上がったところで見せ合って
どのような会話(授業?)が行われたのでしょうか
二人の若き文学青年のやりとりを思うだけで
ワクワクしてきますが
この二人、昭和4年には
同人誌「白痴群」の発刊に関わり
一方は、リーダーとなり
一方も、同人となって
文学の道を形にしていくのですが
やがては、小さな対立を生み
その対立が「白痴群」の解散(昭和5年)のきっかけとなってしまいます。
ランボーの翻訳に取り組んだのは
二人が小林秀雄の紹介で知り合った直後のことで
小林秀雄がすでにランボーの翻訳をはじめていたわけですから
ランボー絡みで交友が広がっていたことが
手に取るように分かります。
「食器戸棚」は
第1次形態が昭和7年(1932年)4月の制作と推定されていますが
大岡昇平の訳がどれほど参照されたのか
今になっては知る由もありません。
まったく参考にならなかったとも断定できず
なんらかの「呼吸」が
この訳出の中に漂っている、と感じられても
そう変なことではありません。
昔、大岡は
あんな風に訳していたなあ、などと
頭の片隅に置きながら
中原中也は独自の翻訳に取り組んだことでしょうが
感じるところがあれば
その一語を取り入れたこともあったかもしれません。
大岡昇平の回想も
どことなく遠慮がちで
どこそこに私の訳がある、とは主張していませんから
もしも訳語の一つでも
大岡のものが採用されているとすれば
想像する楽しみだけの話になりますが
楽しいというほかにありません。
同じようなことが
「谷間の睡眠者」
「夕べの辞」
「フォーヌの頭」
「鳥」
「盗まれた心」についても
言えることになります。
「食器戸棚」は
はじめに「白痴群」の僚友・安原喜弘宛の
昭和7年4月頃の書簡に同封されたもの(第1次形態)から
昭和9年3月に文学詩誌「椎の木」に初出発表されたもの(第2次形態)へ
昭和11年に「ランボオ詩集」に収録されたもの(第3次形態)へと
その都度、改訳されましたから
現在、一般に読めるのは第3次形態です。
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食器戸棚
これは彫物(ほりもの)のある大きい食器戸棚
古き代の佳い趣味(あぢ)あつめてほのかな檞材。
食器戸棚は開かれてけはひの中に浸つてゐる、
古酒の波、心惹くかをりのやうに。
満ちてゐるのは、ぼろぼろの古物(こぶつ)、
黄ばんでプンとする下着類だの小切布(こぎれ)だの、
女物あり子供物、さては萎んだレースだの、
禿鷹の模様の描(か)かれた祖母(ばあさん)の肩掛もある。
探せば出ても来るだらう恋の形見や、白いのや
金褐色の髪の束(たば)、肖顔(にがほ)や枯れた花々や
それのかをりは果物(くだもの)のかをりによくは混じります。
おゝいと古い食器戸棚よ、おまへは知つてる沢山の話!
おまへはそれを話したい、おまへはそれをささやくか
徐かにも、その黒い大きい扉が開く時。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。