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「一筆啓上、安原喜弘様」昭和7年5月19日ほか

「92 5月7日 安原喜弘宛 葉書」は奈良発で
「いま猿沢池畔で陶然として おりますよう」と詩人は書いたのですが
「おりますよう」と途切れたような筆跡ですから
どのようにして「陶然と」なったのかが不明です。
 
鹿の鳴き声を聞きながら
はるか白鳳・飛鳥に思いを馳せ
アルカイックな幸せにワープしたのでしょうか
 
文面には曖昧さが残るのですが
「陶酔する時」(=「最も高い塔の歌」)とか
「恍惚(とろ)けて」(=「幸福」)などと
「陶然と」と似ている詩語を
ランボーの詩の翻訳でも使っているのが思い出されます。
 
中原中也という詩人が生み出す
詩の言葉の発生現場に立ち会うようであり
目が覚める思いを抱いても
根拠のないことではないのかもしれません。
 
想像の羽根は広がっていきますが
手紙をもう少し読みます。
 
 
「94 5月18日 安原喜弘宛 封書」は
中身のない封筒だけが現存するものですが
 
「95 5月19日 安原喜弘宛 葉書」は
 
 同便にて短文お送りしました
 こんなものでどうかと思いますが、採れれば日大新聞にお願いします。
 
 Bon Marchand氏は、仏大使館の通訳官で、忙しく、とても教えなぞしないだろうとのこと、外語の先生が云っていました。
                      怱々
 
――と続いています。
「同便」とは「94」を指しています。
 
安原の弟が、日大新聞部に関係があって
詩人の原稿の掲載の話が進んでいたらしい。
 
Bon Marchand氏は、「ボンマルシャン」という名の通訳。
当時、安原の家の近くに住んでいたので
安原はフランス語の個人教授を詩人を通じて頼んでみたのです。
それが無理であることの報告です。
 
 
フランス語は
ランボーなどの翻訳のためもあり
個人に教えて生計の足しにするためもあり
自身の勉強のためでもあり
詩人として立って行くための有力な道であり
希望でもあったようです。

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