「一筆啓上、小出直三郎様」昭和7年6月19日ほか
「山羊の歌」の編集についての記述は
昭和7年5月、6月中の安原宛の手紙には見られませんでした。
安原宛の手紙をたどっていると
7月下旬まで詩集に関する記述は見当たらないのです。
しかし、7月には詩集の内容ではなく
詩集の予約募集の宣伝が進行していることが明らかになります。
7月19日付け安原宛の葉書の末尾に
予約の方大抵、早くやると使っちまうと云っている模様です。とんだ見当ちがいです。そうではありませんか。
――と書かれた件(くだり)がそれです。
安原が請け負ったゴッホに関する本の翻訳を
出版社に内密にして詩人が「代筆」するという2人のたくらみが進んでいて
そのことに関してのやりとりを書いた手紙です。
その末尾に「予約」についてすこしだけ書かれています。
◇
安原喜弘は「中原中也の手紙」の中で
7月19日のこの手紙に
この年の5月の初め頃より彼は愈々(いよいよ)これまでの魂の歴史の総決算をなし、一応それに終止符を打つために詩集の編纂に着手した。これが今日詩集「山羊の歌」となって遺るものである。
――とコメントしていますが
この手紙を読む前に
「予約」募集の印刷葉書を見ておきましょう。
6月19日と7月8日の消印を持つ小出直三郎宛の葉書が
旧全集(「中原中也全集」)刊行後に発見され
新全集(「新編中原中也全集」に収録されています。
成城高校の教師だった小出に宛てたこの葉書は
「山羊の歌」を予約出版する旨の宣伝をかねて
関係各所、友人知人へ知らせた印刷葉書でした。
◇
「98 6月19日 小出直三郎宛 印刷葉書」
表 市外砧村 成城学園 小出直三郎様
拝啓
小生この度皆様の御後援に俟(ま)ち詩集出版致したき念願につき何卒御予約被下度(くだされたく)願上候
尚御知合ひの方々にも御勧誘下さらば幸甚これに過ぐるものなく候 敬具
中原中也
中原中也詩集予約出版
1 口 金2円 郵便小為替にて前納被下度候
申込所 市外千駄ヶ谷町千駄ヶ谷874 隅田方
中原中也
◇
「99 7月8日 小出直三郎宛 印刷葉書」
表 市外砧村 成城学園 小出直三郎様
拝啓 先般御通知に及び候小生の詩集予約出版の件に関し不詳有之候間ここに更めて貴眼拝借致し候 余の儀にても無之、期日のことに候 されば締切7月20日、発行9月、以上の如くに御座候 何卒御予約被下度重ねて御願申上候 敬具
7月8日
中原中也
東京市外千駄ヶ谷町
千駄ヶ谷874隅田方
(※「新編中原中也全集」第5巻より。洋数字に変えてあります。編者。)
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