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鳥が飛ぶ虫が鳴く・中原中也の詩2「山羊の歌」から

「山羊の歌」の詩に現われる鳥獣虫魚(動物)を見ていきます。
 
「深夜の思い」
虫の飛交(とびか)う梢(こずえ)のあたり、
舐子(おしゃぶり)のお道化(どけ)た踊り。
波うつ毛の猟犬見えなく、
猟師は猫背を向(むこ)うに運ぶ。
 
「帰 郷」
椽(えん)の下では蜘蛛(くも)の巣が
    心細そうに揺れている
 
「凄じき黄昏」
――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。
 
「逝く夏の歌」
山の端(は)は、澄(す)んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んで来るあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。
 
「夕 照」
少児(しょうに)に踏まれし
貝の肉。
 
「港市の秋」
むこうに見える港は、
蝸牛(かたつむり)の角(つの)でもあるのか
 
「ためいき」
神様が気層(きそう)の底の、魚を捕っているようだ。
空が曇ったら、蝗螽(いなご)の瞳が、砂土(すなつち)の中に覗(のぞ)くだろう。
 
「失せし希望」
今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して
  獣(けもの)の如くは、暗き思いす。
 
「みちこ」
午睡(ごすい)の夢をさまされし
牡牛(おうし)のごとも、あどけなく
 
「汚れっちまった悲しみに……」
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
 
「無 題」
我利(がり)々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、
彼女は出遇(であ)わなかった。おまけに彼女はそれと識らずに、
 
「更くる夜」
その上に月が明るみます、
と、犬の遠吠(とおぼえ)がします。
 
「秋」
秋蝉(あきぜみ)は、もはやかしこに鳴いている、
草の中の、ひともとの木の中に。
 
草がちっともゆれなかったのよ、
その上を蝶々(ちょうちょう)がとんでいたのよ。
 
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
 
「修羅街輓歌」
私の青春も過ぎた、
――この寒い明け方の鶏鳴(けいめい)よ!
 
いま茲(ここ)に傷つきはてて、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
おお、霜にしみらの鶏鳴よ……
「羊の歌」
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって
鹿のように縮かむこともありませんでした
 
「憔 悴」
青空を喫(す)う 閑(ひま)を嚥(の)む
蛙(かえる)さながら水に泛(うか)んで
 
 
以上「山羊の歌」に登場する動物です。
文脈を無視して
動物だけを列記してみると……。
 
鰯(いわし)
牡蠣殻(かきがら)
小鳥
黒馬(くろうま)
軟体動物
猟犬
蜘蛛(くも)
雑魚(ざこ)
金魚
昆虫
蝸牛(かたつむり)
蝗螽(いなご)
獣(けもの)
牡牛(おうし)
獣(けもの)
秋蝉(あきぜみ)
蝶々(ちょうちょう
鶏鳴(けいめい)
鹿
蛙(かえる)
――となります。
 
 
なんと、「山羊の歌」の最終章の詩に
「蛙」が登場していました!
「在りし日の歌」の最終詩「蛙声」とすでにかすかに呼応しています!
 
<追記>
 
後で調べましたら
「憔悴」は「山羊の歌」中で
最も新しい制作(昭和7年2月)ということがわかりました。
 
詩集巻末部に
蛙(声)に擬(ぎ)した詩人としてのメッセージを盛り込むというポリシー(編集意図)が
「山羊の歌」の編集時に発想され
これは「在りし日の歌」の編集にも生かされたのです。
そのことを物語る証拠の一つがここにありました。
 

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