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きらきら「初期詩篇」の世界/2「臨終」番外篇「むなしさ」

その1

臨 終
 
秋空は鈍色(にびいろ)にして
黒馬の瞳のひかり
  水涸(か)れて落つる百合花
  ああ こころうつろなるかな

神もなくしるべもなくて
窓近く婦(おみな)の逝きぬ
  白き空盲(めし)いてありて
  白き風冷たくありぬ

窓際に髪を洗えば
その腕の優しくありぬ
  朝の日は澪(こぼ)れてありぬ
  水の音(おと)したたりていぬ

町々はさやぎてありぬ
子等の声もつれてありぬ
  しかはあれ この魂はいかにとなるか?
  うすらぎて 空となるか?

「臨終」は大正15年に制作され
「スルヤ」演奏会で諸井三郎の作曲の歌曲として演奏されたのが
昭和3年5月でした。

中原中也年譜には
「大正15・昭和元年(1926) 19歳」の項に
この年「臨終」を書く。
――と「特記」されています。

同じ年の2月には
「むなしさ」を書く。
――とも記述されています。

「臨終」と「むなしさ」とは
同じ年に制作され「むなしさ」が先に作られたことを推定するものですが
「臨終」は年内制作であることだけが記述されたものです。

ここで「むなしさ」を読んでおきましょう。
「在りし日の歌」の冒頭詩であるはずでしたが
長男文也の急死により
「含羞(はじらい)」に取って替えられました。
そのために2番手に配置されています。

むなしさ
 
臘祭(ろうさい)の夜の 巷(ちまた)に堕(お)ちて
 心臓はも 条網(じょうもう)に絡(から)み
脂ぎる 胸乳(むなぢ)も露(あら)わ
 よすがなき われは戯女(たわれめ)

せつなきに 泣きも得せずて
 この日頃 闇を孕(はら)めり
遐(とお)き空 線条(せんじょう)に鳴る
 海峡岸 冬の暁風(ぎょうふう)

白薔薇の 造花の花弁
 凍(い)てつきて 心もあらず
明けき日の 乙女の集い
 それらみな ふるのわが友

偏菱形(へんりょうけい)=聚接面(しゅうせつめん)そも
 胡弓(こきゅう)の音 つづきてきこゆ

第1連に
よすがなき われは戯女(たわれめ)
――とあり、
この詩が娼婦を歌ったものであることを理解できます。
この女性と「臨終」で亡くなる女性は同一人物でしょうか?

事実はもはや永遠に分からなくなってしまったことですが
そうと読めない理由を探すほうが
不自然なことになりそうです。

しかし、その事実よりも
二つの詩こそが大事です。

そのつながりについては
想像の域にとどめておいて
詩の読みの妨げになるものではありません。

一方が生前の女性で
一方が逝った女性ならば
「むなしさ」が先に歌われ
「臨終」が後に歌われたと理解するのが自然の流れでしょうが
そう読むのは想像力の範囲のことです。

二つの詩は
独立した詩です。

臘祭(ろうさい)の「臘」は「陰暦12月」のことで
「12月のお祭り」を意味します。
横浜の中華街の年末には
このようなお祭りが行われ
現在も行われているでしょうか。

第3連の
白薔薇(しろばら)の 造化の花瓣(くわべん)
 凍(い)てつきて 心もあらず
――の「白薔薇」は
遊女をダリアに見立てたベルレーヌの詩「ダリア Un Dahlia」の影響といわれます。

中原中也の詩に現れる
フランス象徴詩の最も早い時期の反映です。

「むなしさ」には
この時期に影響を受けた
詩(人)の影響が他にも見られます。

そこのところを

詩句には岩野泡鳴流の小唄調と田臭を持ったものであるが、「遐き空」「偏菱形」等の高踏的な漢語は、富永太郎や宮沢賢治の影響である。これだけでもダダの詩とは大変な相違であるが、重要なのは、ここで中原がよすがなき戯女に仮託して叙情していることであろう
――と大岡昇平は書いています。(新全集Ⅱ解題篇)

横浜の街の娼婦に
詩人は己の孤独を重ね合わせ
ふるえるような悲しみの旋律を
シンクロさせました。

その2

むなしさ
 
臘祭(ろうさい)の夜の 巷(ちまた)に堕(お)ちて
 心臓はも 条網(じょうもう)に絡(から)み
脂ぎる 胸乳(むなぢ)も露(あら)わ
 よすがなき われは戯女(たわれめ)

せつなきに 泣きも得せずて
 この日頃 闇を孕(はら)めり
遐(とお)き空 線条(せんじょう)に鳴る
 海峡岸 冬の暁風(ぎょうふう)

白薔薇の 造花の花弁
 凍(い)てつきて 心もあらず
明けき日の 乙女の集い
 それらみな ふるのわが友

偏菱形(へんりょうけい)=聚接面(しゅうせつめん)そも
 胡弓(こきゅう)の音 つづきてきこゆ

第1連に「臘祭(ろうさい)の夜」とあり
第3連に「明けき日の 乙女の集い」とあり
この詩が、年の瀬(大晦日)から元旦を迎えた港町(横浜)の娼婦たちが
新年会に集う様子を歌ったものであることを知ります。

前半が「臘祭(ろうさい)の夜」を歌い
後半が「明けき日の 乙女の集い」を歌った詩なのです。

「それらみな ふるのわが友」に注目しましょう。

新年の賀に集る乙女らは
みな詩人の古くからの友だちである、ときっぱりした口調で歌います。

おお、あの女性も元気にやっている
あの子も年を越したな
あの女性の姿がみえないが……

「偏菱形(へんりょうけい)=聚接面(しゅうせつめん)」は
中華街の建物を飾る「マーク」でしょうか。

その間を縫って
胡弓の音がひゅるひゅると聞えてきます。

年を越した詩人の胸のうちには
泰子のことがあったでしょうか。

泰子が小林秀雄と暮らしはじめたのは
年の明けない11月のことでした。

詩人の思いは
泰子へ向かったのでしょうか
それとも泰子を忘れる方へと向かったのでしょうか。

 

港町への散策は
はじまったばかりです。

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